「……」
 折り返し電話を掛けてみたが如月千草が出ることはなかった。
 僕は諦めてスマホをベッドの上に放り出した。
 三十分後に、彼女が内にやってくる。居留守を使うわけにもいかない。
「……」
 仕方がない。腹を括るか。
 僕は「よし!」と言って立ち上がった。
 気のせい…、気のせい…。「僕と関わった人間は不幸になる」なんて気のせいなんだ。
 そう自分に言い聞かせると、僕は部屋の片づけに移った。
 まずは、壁一面に貼られた護符と、天井から吊るされた鈴を引っぺがし、スーパーの買い物袋に詰めていく。一枚じゃ足りず、二枚目も広げることとなった。パンパンに膨れ上がった袋は、押し入れの扉を開けて、その中に突っ込んだ。部屋の隅に置いてあった盛り塩も、黒く変色していたので、そのまま洗面所に流す。容器は重ねてラックに立てかけた。
 絞った雑巾で軽く床を拭き、ベッドや座布団にはファブリーズを吹きかける。それでも黴っぽい臭いが残っていたので、桃の芳香剤を二つ開封して、部屋の隅に設置した。
 小説が乱雑に重なっていた机を上も整理し、埃は全て濡らした雑巾で拭く。エッチな本とか、見られたらまずい書類は全部段ボールの中に詰め、押し入れに放り込んだ。
 その間、約十五分。
 何とか、女の子がやってきてもドン引かれない程度に片付いた。
「よ、よし…、こんなものか…」
 そう呟いたところで、身体の血がさっと冷えた。
 まてよ…、レポートを書くには、「資料」という奴が必要なんじゃないか?
 確か…、レポートの内容は…、「過去から現代の文学における思考の変遷。さらにその特徴について、二人一組となってレポートにまとめ、提出せよ」だったな。ってことは、昔と今の小説を資料に用いないとダメってことだよな?
 僕は振り返り、本棚を見た。
 小説はあるけど…、レポートの資料にするには少なすぎるんじゃないか?
「……はは」
 僕は一人苦笑した。
 これは大変なことになりそうだ。
 そう思った時だった。
 ゲームを長時間していたわけでもないのに、突然、瞼がずしっと重くなった。目を閉じると、眼球の表面を血液が巡るような感覚がして涙が滲む。それだけではない、心なしか、肩が痛くて重くなった。まるで、筋線維の間に水銀でも注射されたみたいに、はたまた、肩甲骨の裏に、大きめの石をねじ込まれたように。
「……あ、か…」
 腰も痛い。まるで、百キロの重りを持ち上げた後のようだ。
 まち針でめった刺しにされたみたいに、喉が痛い。塩酸じゃないか? って言うくらい、唾を飲み込むと、痛みはさらに激しさを増した。
 あれ…、奥歯も痛い。
 そう思うと、今度は膝の裏が痛くなった。
 痛みのあまり、思わず身体を震わせると、その衝撃は、まるで雷に当てられたかのような痛みとなって、皮膚を駆け巡った。
「あ…、あ…」
 今すぐにでも、「痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い!」って叫んで、床の上をのたうち回りたくなる衝動が湧いて出たが、痛すぎて身体を動かすことができない。喋ることだってできない。
「………」
 まるで、死んでから火葬場で焼かれるような感覚に、僕は心の中でため息をついた。
「……あ、あ…、くそ…」
 痛い…、痛い、痛い…。
「な、なんで…」
 そう思った瞬間、僕は意識を失った。