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 あれは確か、一か月前のことだったと思う。
 大学の抗議を受けていた最中、唐突に先生が課題を出した。内容は、「過去から現代の文学における思考の変遷。さらにその特徴について、二人一組となってレポートにまとめ、提出せよ」とのことだった。
 僕は、早速リュウセイを誘おうと思ったのだが、リュウセイは既にタケルと組んでいた。ならば、他の友達を…、と思って教室を見渡したのだが、うかうかしている間にみんなペアを作ってしまっていて、僕は一人取り残されていた。
「あ、ああ…」
 とうなだれていると、誰かが、僕の肩をちょんちょんと突いた。
 振り返るとそこには、女が立っていた。
「ねえ、君、リッカ君だよね。私、如月千草って言うんだけど」
「え…」
 渓流のようにうねった髪は、まるで鴉の翼のように艶やかな黒に染められ、肩の辺りまで伸びている。なで肩で、Vネックシャツの襟もとには、鎖骨がくっきりと浮き出ている。袖から伸びた腕はしなやかで、蛍光灯の灯りに反射して白く光っていた。華奢ながらも、メリハリのあるシルエットをしている。
「もしかして、一人?」
 控えめな胸をツンと張り、猫のような目で僕に聞いた。
「え、あ、うん」
 約一億年ぶりの女子との会話に、僕は喉に言葉を詰まらせながら頷いた。
 僕がまだペアを作っていないと気づくと、女子は自身の鼻を親指で指した。
「どう? 私も一人なんだけど、一緒にレポート、やらない?」
「え、いいの?」
「いいもなにも、このまま一人ではやれないでしょ?」
「ま、まあ、そうだけど…」
 僕と関わった人間は不幸になる。
 そんな言葉が頭を過ったが、すぐに「きのせいだ」と振り払い、深く頷いた。
「うん、君がそれでいいなら…」
「それでいいよ」
 すると、女子はにこっと笑った。可愛らしい顔をしていると思った。
 その時は、まだ締め切りまで時間があるということで、何も手を着けずに別れた。
 後からリュウセイに「お前、如月と組んだの? 羨ましいなあ」と肩を組んで言われた。
 話によると、如月千草は男子の中じゃかなり人気らしい。確かに、あの高校生っぽい発展途上の肉付きとか、見下すようなツンとした目は、男子の性癖の秘部を刺激すると思った。
 リュウセイは周りに女子がいるというのに、「童貞卒業おめでとう!」と、元気な声で言った。
 なんだ? そんな人気の女なら、僕を誘わずとも、協力してくれる人間が多くいるだろうに、と思ったが、そう上手い話は無いらしい。天は二物を与えない。神様は、彼女に周りが羨むような美貌を与えた代わりに、彼女から「人間性」を取り上げたという。

「まあ、気を付けろよ?」

 リュウセイが笑いながら言った言葉が、今思い出された。

「あの女、顔は良いし、成績もいいんだけど…、時々、変な方向を見つめたり、変な方向に話しかけたりするから、他の女子には気味悪がられて、避けられているんだわ。霊感少女ってやつ? 顔はいいんだけどなあ…、大学生にもなって『霊感少女』は似合わないさ」

 なるほど、そっち系の女か。
 僕は「大丈夫だろ」と頷くのと同時に、変な壺を買わされないように身構えた。