明日のことは明日考えよう。
きっと、何とかなるはずだ。だって、今まで何とかして生きてきたんだから。
そう高を括っていた僕の意思は、無惨に打ち砕かれることとなった。
部屋のベッドで惰眠にふけっていると、アパートのインターフォンが鳴らされた。鬱陶しく思いながらも起き上がり、出てみると、それはお隣のお姉さんだった。彼女は申し訳なさそうな顔をし、右手にパンパンに膨れ上がった旅行かばんを持っていた。
開口一番、彼女は言った。
「ごめんね、リッカくん」
「いや、気にしないでください」
お隣のお姉さんが謝ることではないと思った。
リュウセイとタケルの事故が起こった次の日、お隣のお姉さんは、心霊現象に悩まされる僕のためを思って、偉いお寺の住職さんを呼んでくれた。費用は彼女持ちだった。
住職さんは僕の顔を見るなり、渋い顔をして、「一応、お祓いをしてみましょう」と言った。
僕は寺に招かれ、軽いお祓いを受けた。その日は、心なしか肩が軽くなったような気がした。
これで全てが終わったのか? と思った矢先、その寺の住職が死んだ。寺に続く石段を踏み外し、百数段を転げ落ちたのだった。死体は見れなかったが、お隣のお姉さんが言うには、酷い有様だったらしい。
お隣のお姉さんは、引っ越しすることにした。
「ごめんね、リッカ君。リッカ君は悪くないの。君はすっごく優しいからね。君が作って持ってきてくれたカレーライスとか、すっごく美味しかったし、時々、お酒を飲むのに付き合ってくれてありがとうね」
お隣のお姉さんは、犬をあやすみたいに僕の冷たい頬を撫でた。
そして、去り際に言った。
「多分、君の背後にいる『何か』は、誰にも祓えないと思う。多分、『天災』か何かの類なんだ。だから、私はこれ以上何もできないし…、ここにいるべきではない。君は悪くないよ。君は悪くない。だから、落ち込んだらダメだよ? ただちょっと、人と関わるのを辞めた方がいい」
お隣の部屋は空室になった。
それから一週間、右隣に住むサラリーマンが僕の部屋に押しかけてきて、「毎晩うるせえんだよ!」と怒鳴った。彼もまた、僕の背後にいるものを見る…、いや、感じるなり、真っ青な顔をして逃げていった。次の日、サラリーマンは河原で死体になって発見された。一応、自殺とされたが、同じアパートに住む住人は、ひそひそと僕のことを陰口を叩いた。
一か月足らずで、右隣と、左隣の住人を失った。
閑散としたアパートは、一層静かになった。
リュウセイからの連絡は途絶えた。タケルに電話しても出てくれなかった。ミチルは、あまり喋ったことないから電話すらしなかった。
こう言うことが立て続けに起こると、嫌でも昔のことを思い出す。
高校の時に、クラスの自称霊感少女にはっきりと言われたことがあった。「ねえ! これ以上、学校に来ないでくれる?」と。
まだ、自分の身に憑いている「何か」の重大さに気づいていなかった僕は、当然反論した。「なんでだよ。僕は勉強しにこの学校に来ているんだ。勉強して、大学にいって、ちょっと給料のいい企業に就職したいと思っているんだよ。なんだ? お前はそれを邪魔したいのか?」って。
すると、自称霊感少女は、目に涙を浮かべて言った。僕に、と言うよりも、僕の背後の「何か」に向かって。
「あんたは、人が生きるのを邪魔したいわけ?」と。
霊感少女は愚かだった。自分と相手の力量を測れなかった。次の日、彼女は屋上から飛び降りた。死にはしなかったが、一生歩けない、一生子供が産めない身体になった。
霊感少女が飛び降りたことで、周りの僕に対する不信感は本物になった。「あいつはやばい」「あいつはおかしい」「あいつに関わるな」って噂が立ち。唯一僕と話してくれた友達さえもいなくなった。
ここまでくると、いっそ、罵倒されたり、はげしく蹴られたり殴られたりした方が清々しかった。だが、みんな僕に近寄らなかった。話しかけることも、目を合わせることもしなかった、時々、町で有名の不良に絡まれて、望み通り殴られたのだが。彼らは翌日にバイク事故を起こして一人残らず天国に旅立った。
相変わらず、僕に影響はない。
僕はまさに、「死神」…、いや、「疫病神」だった。
僕と関わると、誰かが不幸に見舞われる。怪我で済んだら幸運だった。
僕の心は案外繊細なんだ。だから、誰かが傷つくのを見るのは耐えられなかった。
だから、もう、人と関わるのは辞めよう。
そう決心した僕は、その日の内に、行動に出た。
片っ端から、神社や寺に赴き、魔除けの護符を大量に買った。僕の顔を見て、神主も坊さんも良い顔はしなかった。「お祓いしてやろう」とも言わなかった。多分、僕に憑いているものが手に負えないものだと判断したのだろう。
アパートに戻ると、作法なんてお構いなしで、僕は札を部屋の壁に貼りまくった。神道も仏教も関係無しだ。ただただ、糊やテープを使ってべた張りにした。
部屋の壁が札で覆われると、今度はスーパーで買ってきた業務用の塩を、部屋の四隅にどっさりと盛った。それだけじゃ物足りない気がして、すぐに百均に走り、手芸用の鈴を百個ほど買いこむと、それを糸で通し、蜘蛛の巣のように部屋に張り巡らせた。だめだ、まだ足りない。そんな気がした。桃に厄除けの効果があると知った僕は、果物屋で桃を買いこみ、その日の内に三個、胃の中に押し込んだ。消臭スプレーには、桃の香りがするものを選んだ。
どうだ、これでどうだ? これで大丈夫だろう?
部屋の壁一面に護符。部屋の隅には山のような盛り塩。天井には、百個の鈴が張り巡らされ、少し揺れる度に甲高い音を立てる。甘ったるい桃の香りが充満していた。
これで、大丈夫だろう…。
そう思い込むようにした僕は、ベッドの上に倒れこんだ。
そして、風もないのに鈴がチリンチリンと鳴り、塩がどろどろと溶け、壁の護符が黒く焦げていくのを目の当たりにしながら、深い眠りにへと落ちていった。
きっと、何とかなるはずだ。だって、今まで何とかして生きてきたんだから。
そう高を括っていた僕の意思は、無惨に打ち砕かれることとなった。
部屋のベッドで惰眠にふけっていると、アパートのインターフォンが鳴らされた。鬱陶しく思いながらも起き上がり、出てみると、それはお隣のお姉さんだった。彼女は申し訳なさそうな顔をし、右手にパンパンに膨れ上がった旅行かばんを持っていた。
開口一番、彼女は言った。
「ごめんね、リッカくん」
「いや、気にしないでください」
お隣のお姉さんが謝ることではないと思った。
リュウセイとタケルの事故が起こった次の日、お隣のお姉さんは、心霊現象に悩まされる僕のためを思って、偉いお寺の住職さんを呼んでくれた。費用は彼女持ちだった。
住職さんは僕の顔を見るなり、渋い顔をして、「一応、お祓いをしてみましょう」と言った。
僕は寺に招かれ、軽いお祓いを受けた。その日は、心なしか肩が軽くなったような気がした。
これで全てが終わったのか? と思った矢先、その寺の住職が死んだ。寺に続く石段を踏み外し、百数段を転げ落ちたのだった。死体は見れなかったが、お隣のお姉さんが言うには、酷い有様だったらしい。
お隣のお姉さんは、引っ越しすることにした。
「ごめんね、リッカ君。リッカ君は悪くないの。君はすっごく優しいからね。君が作って持ってきてくれたカレーライスとか、すっごく美味しかったし、時々、お酒を飲むのに付き合ってくれてありがとうね」
お隣のお姉さんは、犬をあやすみたいに僕の冷たい頬を撫でた。
そして、去り際に言った。
「多分、君の背後にいる『何か』は、誰にも祓えないと思う。多分、『天災』か何かの類なんだ。だから、私はこれ以上何もできないし…、ここにいるべきではない。君は悪くないよ。君は悪くない。だから、落ち込んだらダメだよ? ただちょっと、人と関わるのを辞めた方がいい」
お隣の部屋は空室になった。
それから一週間、右隣に住むサラリーマンが僕の部屋に押しかけてきて、「毎晩うるせえんだよ!」と怒鳴った。彼もまた、僕の背後にいるものを見る…、いや、感じるなり、真っ青な顔をして逃げていった。次の日、サラリーマンは河原で死体になって発見された。一応、自殺とされたが、同じアパートに住む住人は、ひそひそと僕のことを陰口を叩いた。
一か月足らずで、右隣と、左隣の住人を失った。
閑散としたアパートは、一層静かになった。
リュウセイからの連絡は途絶えた。タケルに電話しても出てくれなかった。ミチルは、あまり喋ったことないから電話すらしなかった。
こう言うことが立て続けに起こると、嫌でも昔のことを思い出す。
高校の時に、クラスの自称霊感少女にはっきりと言われたことがあった。「ねえ! これ以上、学校に来ないでくれる?」と。
まだ、自分の身に憑いている「何か」の重大さに気づいていなかった僕は、当然反論した。「なんでだよ。僕は勉強しにこの学校に来ているんだ。勉強して、大学にいって、ちょっと給料のいい企業に就職したいと思っているんだよ。なんだ? お前はそれを邪魔したいのか?」って。
すると、自称霊感少女は、目に涙を浮かべて言った。僕に、と言うよりも、僕の背後の「何か」に向かって。
「あんたは、人が生きるのを邪魔したいわけ?」と。
霊感少女は愚かだった。自分と相手の力量を測れなかった。次の日、彼女は屋上から飛び降りた。死にはしなかったが、一生歩けない、一生子供が産めない身体になった。
霊感少女が飛び降りたことで、周りの僕に対する不信感は本物になった。「あいつはやばい」「あいつはおかしい」「あいつに関わるな」って噂が立ち。唯一僕と話してくれた友達さえもいなくなった。
ここまでくると、いっそ、罵倒されたり、はげしく蹴られたり殴られたりした方が清々しかった。だが、みんな僕に近寄らなかった。話しかけることも、目を合わせることもしなかった、時々、町で有名の不良に絡まれて、望み通り殴られたのだが。彼らは翌日にバイク事故を起こして一人残らず天国に旅立った。
相変わらず、僕に影響はない。
僕はまさに、「死神」…、いや、「疫病神」だった。
僕と関わると、誰かが不幸に見舞われる。怪我で済んだら幸運だった。
僕の心は案外繊細なんだ。だから、誰かが傷つくのを見るのは耐えられなかった。
だから、もう、人と関わるのは辞めよう。
そう決心した僕は、その日の内に、行動に出た。
片っ端から、神社や寺に赴き、魔除けの護符を大量に買った。僕の顔を見て、神主も坊さんも良い顔はしなかった。「お祓いしてやろう」とも言わなかった。多分、僕に憑いているものが手に負えないものだと判断したのだろう。
アパートに戻ると、作法なんてお構いなしで、僕は札を部屋の壁に貼りまくった。神道も仏教も関係無しだ。ただただ、糊やテープを使ってべた張りにした。
部屋の壁が札で覆われると、今度はスーパーで買ってきた業務用の塩を、部屋の四隅にどっさりと盛った。それだけじゃ物足りない気がして、すぐに百均に走り、手芸用の鈴を百個ほど買いこむと、それを糸で通し、蜘蛛の巣のように部屋に張り巡らせた。だめだ、まだ足りない。そんな気がした。桃に厄除けの効果があると知った僕は、果物屋で桃を買いこみ、その日の内に三個、胃の中に押し込んだ。消臭スプレーには、桃の香りがするものを選んだ。
どうだ、これでどうだ? これで大丈夫だろう?
部屋の壁一面に護符。部屋の隅には山のような盛り塩。天井には、百個の鈴が張り巡らされ、少し揺れる度に甲高い音を立てる。甘ったるい桃の香りが充満していた。
これで、大丈夫だろう…。
そう思い込むようにした僕は、ベッドの上に倒れこんだ。
そして、風もないのに鈴がチリンチリンと鳴り、塩がどろどろと溶け、壁の護符が黒く焦げていくのを目の当たりにしながら、深い眠りにへと落ちていった。