その日、僕は二年間努めていたアルバイトを辞めた。アパートから、一キロほど進んだところの商店街の通りに位置する居酒屋だ。店長は優しくて、同僚も優しくて、求人誌に書いてあった通り「アットホームな職場」だった。
 それなのに、辞めた。辞めさせられた。
 店長が、すごく気まずそうに僕に言うのだ。「あのさ…、本当に、申し訳ないんだけど…、今日で、バイト辞めてくれないかな?」って。
 そう言われた時、僕は、ああやっぱりかあ。って思って、訳も聞くことなく頷いた。店長はホッとした様子だった。正社員でも無いのに、これから三か月分の給料をくれた。それだけじゃなく、一緒に働いていた同僚がたくさんの食料をくれた。缶詰とか、冷凍食品とか、あと、米とか…。調味料の塩も混ざっていた。これから三か月は食いつなげそうだった。
 店長に、「今までありがとうございました」と告げた僕は、コンビニでビールと摘まみを買い、公園に立ち寄ってそれを食べた。深夜の公園は、鈴虫の声で賑やかだった。
 むぐむぐと焼き鳥を齧っていると、築山のトンネルの中で何かが蠢いた気がした。僕は「酒、要ります?」と言ってみた。すると、まるで実家の飼い犬のように、ボロボロの身なりのホームレスが飛び出してきて、僕のもとに駆け寄ってきた。僕は餌をやるみたいにして、そのホームレスに焼き鳥と、缶ビールと、お釣りの千円を渡した。調子のいいホームレスは、「ありがとうよ! このご恩は一生忘れねえ!」と、夜の闇に走り去っていった。
 軽く腹が膨れると、僕は欠伸を噛み殺し、冷たいベンチからお尻を剥がした。酒が良い感じに身体に回り、踏みしめた地面がふわっと柔らかい。それがたまらなく面白くて、僕はスキップでもしそうな勢いでアパートへの道を歩いた。
 ふと視線を感じて振り返る。
 そこには誰もいない。
「………」