給食を食べ終えた後、杏果は学級で飼っている兎に餌を与えに行った。
本来、彼女の所属は放送委員である。しかし、根っからの動物好きなので
飼育委員でないにも拘らず何時も兎の世話に勤しんでいた。
当の飼育委員にとっては、仕事が楽になり感謝の対象だった。

そんな杏果を、少し離れた所から白い目で見る者達が居た。
木下(きのした)琢己(たくみ)吉井(よしい)香織(かおり)。有り体に言うと、餓鬼大将とクラスの女王である。
どちらも粗暴・強欲・恩知らず・卑劣と、人間の短所の集合体だった。
同級生は琢己のグループが暴力で従わせ、それが無理と悟ると香織の
グループが悪い噂を流す。そんな“連携プレー”を普段からしていた。
「あいつ、動物好きを皆の前で見せて良い子アピールかよ」
「本当キモい。親無し子の癖に。しかも、あの年で未だに
魔法少女とお飯事が好きって。幼稚にも程が有るでしょ」
武力で従えようとしたら大声で泣き叫ばれ、先生に見つかり中止。
実は嘘泣きだったと知ったのは、数日後の事だった。
おねしょ常習犯という噂を流したところ“家族が目の前で死んだ時の
事が忘れられないんだからしょうがない”と反駁されあっさり撃沈。
2人の謀略は毎回失敗に終わっていた。
琢己のグループのメンバー、平田(ひらた)将太(しょうた)は太った体を震わせつつ不平を口にした。
「何であいつの時ばっかり上手くいかないのかな」
欠伸をしながら締まりの無い間抜け面を晒す将太に
香織のグループのメンバー、斎藤(さいとう)沙織(さおり)は苛立ちを覚えた。
「将太、その暑苦しいの何とかならんの?」
沙織には訳が分からなかった。何で、こんな河馬と蝦蟇を
足して2倍した様な鈍臭いのが琢己の子分なのか。
「俺だって最初は鬱陶しかったよ。だけどな、こいつ
聖フェリーチェ病院の院長の息子なんだ。
要は大金持ちの家の坊ちゃん。だから
正直、一番手放したくないって訳」
まぁまぁ長い間一緒に居るが、今迄知らなかった事実に
香織と沙織は愕然としたが、同時に納得もした。
「こ、こいつが!? 人は見た目によらないね」
「でもまぁ、確かに院長の息子なら欲しいよね。
うちのグループだと佳奈子がそれに当たるかな」
目線の先には、虚ろな雰囲気の、癖毛の少女が居た。
「上、何も無いね・・・・・・」
琢己達の話を全く聞いてなかったのか、佳奈子(かなこ)
天井を凝視していた。
琢己の腰巾着、金田(かねだ)治夫(はるお)は呆れながらも香織の心理を察した。
「確かに。国際的な大手文房具メーカー、トウィンクルの
社長の娘でなけりゃ、誰だってこんな変人は御断りだよな」
「分かってくれる? 流石ブレーンだね。じゃあ、その良い頭を使って
あのクソッタレをとっちめる良い方法を考えて貰えるかな」
香織に褒められ上機嫌の治夫は頭を回転させた末、何やら閃いた。
「皆の前で恥をかかせると云うのは如何かな」
誰も思いつかなかった、思わぬ提案に誰もが関心を示した。
「治夫、詳しく話してみろ」
琢己に促され、治夫が話した内容は以下の通りだった。

*杏果を知る1年生と2年生を集める
*自分達も立会の上で、皆の前で歌わせる
*下手糞だと一斉にブーイング
*皆の前で恥をかいて心が折れる

話を聞き終え、琢己は普段余り見せない笑顔を見せた。
「出来したぞ。御前よくそんな天才的なアイデア
思いついたな。俺ですら考えつかなかったのに。
気に入った。今日の帰り、アイス奢ってやろう。
それとも飲み物の方が良いか?」
「あ、有難う。じゃあ・・・暑いしスポーツドリンクで」
こんな時でも賢さ全開の治夫が皆には微笑ましく映った。
只1人、佳奈子だけは相変わらず全然違う所を見ていた。
「ぼんやりと壁を見て、何が面白いのかな・・・」
相変わらずの奇行を沙織は呆れ顔で見ていた。
「佳奈子、魂を何処へ置いてきたんじゃ」
その答えは、下手をすると本人ですら知らない可能性が有った。


虐めグループは学校の近くの公園で
御菓子を貪りながら待ち構えていた。
「ぶち美味いのう」
沙織は漫画等によく出る、外国の成金をイメージしつつ
葉巻そっくりな外観のチョコを咥えた。
将太が家から持ち出した、チョコラーテ・シガーロは
見た目が葉巻にそっくりなので、子供と大人の双方に
名前を知られた高級銘菓であった。
「み、見つからない様に持ち出すの苦労したよ」
「そうだろうな。だから褒美にこれをやる」
琢己は将太に、以前他所で巻き上げた100円を与えた。
やがて、下級生達に連れられた杏果が公園に着いた。
何処からか持ってきた木箱を階段状に重ねると、香織は
努めて笑顔で話した。
「杏果ちゃん、よく来てくれたね。呼び出したのは
私達の前で歌って欲しいから。因みに言い出したのは
そこに居る、下級生達だよ」


ここで時は数日前に戻る。
杏果が下級生や上級生の前で歌う事が多々有るのは
皆よく知っていた。だから適当に下級生の群れを
探していた。声かけは香織が担当することになった。
「君達、稲葉杏果ちゃんに歌を習ってたよね?」
警戒されない様に目線を合わせるのを見て
リーダー格の1年生の女児は香織を優しい御姉さんと認識した。
「そうだよ。御姉さんは杏果ちゃんの友達?」
「よく分かったね。正解。それでね、その杏果ちゃんが明日
学校の裏の公園で皆の前で歌ってくれるんだって。聴きたい?」
思わぬ誘いに1年生達は目を輝かせた。
「聴きたい!!」
満場一致で可決となったので、後は簡単だった。
「それじゃあ、明日呼びに行くのは任せたからね」
こうして、下級生達を巻き込んだ謀略の下絵が完成した。


以前の事が有るので杏果は本心では信じていなかった。
しかし、下級生達が騙す必然性は無いとも分かっていた。
「洪吉童ライブって訳だね。良いよ。何歌えば良い?」
「それは任せるよ。俺らはよく分からないから」
琢己がそう言うので、納得した杏果は壇上に上がった。

この時、杏果は勿論、他の面子も全く気付いてなかった。
「おい、あれ見てみ」
「杏果ちゃんだよね?」
公園の裏を通った根路銘崇と赤嶺美娜は、嫌な予感を覚えた。
そこから先は早かった。崇はSongTubeで全世界に生配信し
美娜は歌声喫茶“ひかり”に電話を掛けた。

かくして青空の下、ライブが始まった。杏果は最初に
“アムール河の波”を歌った。聴き慣れないロシア語に全員
首を傾げはした。それでも、長年歌声喫茶と親しんだ
杏果の歌声は耳に心地良かった。
曲が終わり、皆一斉に拍手を送った。しかし、数秒後
琢己は想定外の事に頭が真っ白になった。
「嘘だろ!? まさかこんなに上手いなんて」
「最初からいきなり下手と野次を飛ばすのも不味いかも。
敢えて調子に乗らせて、気分が1番良くなった時
一挙に奈落の底に蹴落とすのがベストだと思う」
治夫の冷静な分析により、暫くはこのまま放置することにした。

続いて“祖国の歌”を歌った時も杏果は平常運転だった。
ロシア語が分かる者は誰も居なかったが、皆
聴き入っていた。真に優れた音楽は国境の壁を
簡単に崩すとオーディエンス達は感じていた。
だが、虐めグループの焦りは大きくなる一方だった。
「不味い。このままだと杏果が余計図に乗る・・・」
鈍臭い将太も流石にその程度は理解出来た。程なく
虐めグループの意見が一致した。次の歌の後、横槍を入れよう。
但し、下級生も居るから言葉は選ばないといけない。
意見が纏まった後、虐めグループは杏果が“ソビエト陸軍の歌”を
歌っている間、身動ぎせず聴いていた。

ロシア語の大波が漸く去った後、沙織は挙手し、発言を申し出た。
「あの、杏果・・・確かにうちら“何でも良い”とは言ったけど
出来ればその、日本語の歌、御願いしてもええ?」
杏果にとっては想定外の事だった。しかし、別に困りはしなかった。
「良いよ。何にしようかな・・・」
数秒考えた末、杏果は名護パイナップルパークの主題歌
“パッパパイナップル”を日本語・朝鮮語・中国語・英語交じりで歌った。
この時虐めグループは“しまった!!”と顔に出た。
日本語とは言ったが、他の言語を交えるなとまでは
言ってなかった。怨めしさを隠しながら皆
聴いていた。歌が終わると、今度は琢己が発言を申し出た。
「あの、御免。正しく伝えてなかった。日本語100%って
意味だったんだよな」
「あれそう云う意味だったんだ」
杏果本人は意図的に抜け穴を掘った訳ではないので
怒るに怒れなかった。
困惑しながらも、杏果は“UNIONですから!”を歌った。
確かに日本語ではあったが、ウチナンチュ以外殆どの人は
知らない歌曲なので虐めグループはポカンとするしかなかった。
「あぁー・・・確かに日本語じゃけど、もっとこう・・・
有名なのは無いんね? 面倒掛けて悪いんじゃけど」
何時しか虐めグループは下手に出ていた。
考えた末、杏果は“フルタ製菓 社歌”を選んだ。少々
昔の曲ではあるが、やっと知っているのが出てきて
皆が安堵した時、イレギュラーが起こった。
「琢己!」
「何やっているのあなたは!」
声の主を間違える要素は無かった。何時の間に来たのか
琢己の両親、木下健一(けんいち)由美子(ゆみこ)夫妻が般若の形相で見ていた。
イレギュラーはこれだけでは済まなかった。
「何やっているんだ香織!」
「いい加減にしなさい!」
「何て事をしてくれたんだ!」
「この恥知らず!」
香織の両親、吉井武雄(たけお)千佳(ちか)夫妻
並びに母方の祖父母、村田(むらた)権蔵(ごんぞう)武子(たけこ)もまた激怒で
天地を焦がさんばかりの気迫だった。
各グループのリーダーの両親を先頭に、虐めグループの
家族が次々公園に集まった。更に
野次馬に、生配信を見た視聴者まで群がり
杏果は下級生達を帰すのに苦労した。
怒号と絶叫と悲鳴が一度に沢山響き、現場は
何が何だか分からない状態だった。

一連の様子を見ていた崇と美娜は目が点になった。
「流石にやり過ぎたか?」
「もっとド派手にやっても良かったんだよ」
このカオスな状況はTwitter/YouTube等でも
取り上げられ、大騒ぎだった。

数日後、杏果の家を、虐めグループの面々が
保護者に連れられ謝罪に訪れた。余りに数が多いので
順番待ちの集団は居間で待機してもらうことにした。
そして、用が終わったら即帰すことにした。
病院の待合室の様に、杏果の祖母、英子(えいこ)が名前を呼びに来た。

最初に応接間に通されたのは琢己の一家だった。
丸坊主に瘤だらけの頭をしているのを見て
杏果は何が起きたか悟った。
「この度は、うちの息子が申し訳ない事をしました!」
「大変申し訳御座いません!」
両親が土下座する中、琢己本人は
見当違いの所を見ていた。
杏果の隣に座っていた寛司は思わず声を掛けた。
「琢己君、如何したんだ?」
その言葉に思わず顔を上げた両親は次の瞬間、馬鹿息子に
同時に蹴りを入れた。
「馬鹿! 一番土下座しなきゃならないのは御前だろうが!」
「てか、最初に謝罪しなさいよ!」
呻き声を上げながらも、琢己は起き上がり、家族達と一緒に土下座した。
「本当に御免なさい。もうしません」
如何しようか迷ったが、杏果は意を決し、スマホを取り出し
或る動画を再生した。
「これを見て下さい」
そこには、琢己が子分達と共に幼稚園児位の女児から
御菓子を奪う場面が鮮明に映されていた。
数秒後、今度は拳骨が炸裂した。
「御前、こんな事までしていたのか!」
「何処迄腐っているの!」
杏果のスマホに有った証拠の動画を全て確認した後
由美子は丁寧に一礼した。
「杏果ちゃん、有難う。御蔭で重要な真実が分かったわ」
「いえ。遅かれ早かれ届け出る予定でした」
幾度も御礼を言った後、琢己の家族は果肉入りの
果物ゼリーのギフトセットと幾許かの金を置いて帰った。

次に来たのは香織の両親と祖父母だった。香織本人は
丸坊主ではなかったが、頰には手形が幾重にも重なり
目は真っ赤だった。加えて、歩き方が不自然だった。
「うちの娘が申し訳御座いません」
「杏果さんに嫌な思いをさせてしまいました」
「わしらの教育が間違っていたんですな。孫娘だからと
甘やかし過ぎた結果がこのザマです」
「1から育て直すことに決めました」
両親と祖父母が謝罪している最中
琢己のやり取りを聞いていたのか
香織は早いタイミングで土下座した。
「本当に御免なさい! 私、酷い事して・・・」
謝罪を受けた後、杏果は香織の両親と祖父母の所へ
歩み寄り、膝をついた。
「面を上げて下さい。皆さんの気持ちはよく分かりました。
後の事は御任せ致します」
何とでも解釈出来る言葉なので、両親と祖父母は一時
フリーズしたが、直ぐ“罰するなら徹底的に”と解釈した。
「それはもう絶対やります!」
「長居するのもアレなんで今日は失礼します」
「御詫びにこれを御納め下さい」
「大変申し訳御座いません」
杏果の好きな、魔法少女の絵柄入りのスケッチブックと
慌てて用意したであろう札束を置いて一行は去っていった。
「おじいちゃん、これ金庫に入れとかないとね」
「そうだな。次の人が入るのはその後だ」
応接間の隣に有る書斎に入ると、寛司は
現金を金庫に入れた。

その後も大体は同じだった。パン屋の店主である斎藤浩美(ひろみ)
娘の沙織を引っ立てると謝罪の言葉を口にした後
現金+自分の店の無料券を置いていった。
「沙織の父親が亡くなり、女手一つで育てるのが大変と痛感しました。
本当に申し訳御座いません」
全く予想外の事実に、杏果と寛司は思わず目を見開いた。
当の沙織はげっそりしていた。

将太の両親、平田義行(よしゆき)慶子(けいこ)夫妻は、流石は病院長夫妻というだけあって
慰謝料の額が桁違いだった。加えて、お詫びの品の数も最多だった。
両親の謝罪の後、杏果より小さな女の子が一緒に土下座した。
「ごめんやしゃい」
未だ舌足らずな幼子が気になり、杏果は歩み寄った。
「こちらは?」
「名前は美紀(みき)と云います。将太の妹です」
慶子は答えた後、慌てて美紀を起き上がらせた。
「美紀ちゃん、うちへ遊びにいらっしゃい。面白い物
沢山有るから。御両人、問題有りませんよね?
美紀ちゃん本人には何の罪も有りませんから」
幼稚園の頃から発揮してきた統率力を活かし
杏果は美紀の顔が曇らない様にした。
その優しさに義行と慶子は思わず笑顔になった。
「有難う、杏果さん。確かに美紀は何も悪くないな」
「どうやら美紀もあなたを姉の様に慕っている様ね。
これなら連れて来ても大丈夫でしょう」
最終的に受け取ったのは、数え切れない程の慰謝料に加え
キャラ物文房具・お飯事セット・魔法少女の主題歌/キャラソンCD・図書カード等
あっさり受け取るのが気が引ける程だった。しかし、好意を足蹴にするのも
嫌なので、結局受け取ることにした。
当の将太は丸坊主の上、顔に包帯を巻いていた。素顔は分からなかったが
余程強烈な折檻を受けたのだろうと想像した。
「丁度良いから今ここで言っておくわ。
杏果さんと、お祖父様もよく聞いておいて下さい。
将太、あなたに与える予定だった、病院の跡目は無し。
全ての権限は妹、美紀に与えるから」
「そ、そんなぁ!!・・・俺の夢が・・・人生が・・・・・・」
急に母から院長の顔になったのを見て、将太は絶望の沼に沈んだ。

治夫の父方の祖父母、横山(よこやま)泰三(たいぞう)純子(じゅんこ)夫妻は、自分達が
歌声喫茶“ひかり”の会員であるという事情も重なり
泣きべそをかきつつ謝罪した。
「どうか面を上げて下さい。私は公私混同はしません。
治夫君のした事は決して水に流しませんが、それと
歌声喫茶は関係有りませんから」
何時の間にか人事権を行使する杏果を
寛司は頼もしいと感じた。
「今御聞きの通り、孫もこう言っています。ですから
辞める必要は有りません」
こう言われると固辞する訳にいかなかった。
「有難う御座います」
「この御恩は決して忘れません」
泰三・純子夫妻は杏果の好きな、怖い話を集めた本10冊に
加えて慰謝料を置いて去っていった。
尚、当の治夫は顔の輪郭が変わっていた。

最後に入った小塚(こづか)邦夫(くにお)真希(まき)夫妻は、娘を連れて入って来た。
最初に口を開いたのは、6人組の中で唯一
皮膚に変化が無かった佳奈子だった。
「杏果ちゃん、御免! 不思議ちゃんの芝居はもう終わり」
流石にこれは意味が分からなかった。呆然としていると
佳奈子は事情を話し始めた。
「知っての通り、私は文房具メーカーの社長夫妻の一人娘。
香織はそれを知って、私をグループに引き込んだって訳。
令嬢と知って妬む輩を今迄何十人も見てきたから、当初
便利な用心棒が出来て助かったと考えていたんだよ。
だけど違う。あいつらは私を都合の良い道具としか思っていない。
確かに直接虐められた事は1度も無かったけど
あのグループに所属するのは本当に嫌だった。
何回もグループを抜けようかと思ったけど
香織と琢己が怖くて言い出せなかった」
涙を零しつつ謝るのを見て、杏果は勿論
寛司も強く言えなかった。
「だから、勇気を出して一連の事を全部
録音していたんだよ。これで香織達も終わり。
序に言うと、私は自ら事情を打ち明け、連れて来て
貰ったんだよ」
嗚咽し始めた佳奈子に代わって、両親が代わりに事情を説明した。
「普段から仕事で忙しく、娘を放置していた私達が悪いんです」
「悪意を止められなかったと娘は泣いていました。ですが
私達の所為でこうなった佳奈子も考え方次第では
被害者と言えます。直接何かした訳ではないと言っても
責任は取ります」
土下座する3人を見て、杏果は直ぐに決心した。
「佳奈子ちゃん、本当に責任を取る気なら御願い
聞いてくれる? この次は、あたしの家へ遊びに来て。
あたしは佳奈子ちゃんと友達になりたい」
事実上の無罪判決に、佳奈子はより一層号泣した。
佳奈子の膝の上に乗せられたと思うと、抱き着かれた
杏果は、小さく痙攣する背中を撫でながら両親を見上げた。
「これが私の意思です。佳奈子ちゃんは何も悪くありません。
ですからこの事で叱ったり、罰を与えるのは勿論
話題にも出さないであげて下さい。佳奈子ちゃんから
言い出したのであれば話は別ですが」
体格の差の所為で不自然な場面になっていたが、兎も角も
完全なる和解が成立した。
尚、慰謝料と、御詫びの品々である玩具・縫いぐるみ・キャラ物の衣料品
果物のギフトセット等は、両親の心情を慮り、受け取ることにした。


謝罪訪問の翌日の午後、明照は、遊びに来た杏果から事情を聞いた。
何も知らなかった明照は事情を知って唖然とした。
驚きの余り、金楚糕が咽喉に詰まるかと思ったが
香片茶で何とか流し込んだ。
「そんな事が有ったなんて。大丈夫だった?」
「うん。皆の前で恥をかかせようとしたらしいけど
全然効かないどころか、1年生と2年生の子達からの支持率
稼ぐことになっちゃった。たーかーにーにーと
みーなーねーねーには御礼しなきゃいけないね。
偶然とは言え、結果あたし達を助けてくれたし」
あっけらかんとしている杏果に明照は感服した。
虐めと全く気付かなかったばかりか、自分にとって
都合の良い事態を招くとは。矢張りポジティブな発想が一番と明照は考えた。
直後、何かを思い出した様に慌ててSongTube(ソングチューブ)の動画を再生した。
「杏果ちゃん、この歌を習いたいんだけど」
そこには、杏果のSongTube上での姿、“マジカル九尾狐(クミホ)”が
沖縄の童歌“耳切坊主”を歌う姿が有った。
また自分の動画を選んでくれた事が嬉しくて
杏果は満足そうに頷いた。
「OK その代わり今夜の鑑賞会はあたしが選ぶから。
今日はカードチェイサーチェリー・・・いや
魔法戦士レアアースにしようかな? まぁ、授業の後で決めるね」
この日、田中家の縁側には“耳切坊主”の二重唱が響いた。
道行く通行人は、暫し足を止めて聴き入った。