破壊姫

「壊そう!」
 
 その一言に、萩上ははっとした。
 曇天が晴れるかのように、顔をぱっと明るくする。
 目に涙を浮かべて、僕の方に駆け寄った。
「うん!」
 次の瞬間、僕は折れていない左脚を軸に立ち、松葉杖を棚に向かって振り下ろしていた。
 母親が悲鳴を上げるのと同時に、棚の上の額が激しい音を立てて砕けた。
 空中に、キラキラとしたガラスの破片が飛び散る。
 カランと、乾いた音を立てて破片が床に散らばった。
 萩上が僕の袖を引っ張った。
「私も!」
「じゃあ、一緒にやろう!」
 萩上は僕を支える代わりに、もう一本の松葉杖を手に取った。
 二人で息を揃えて、凶器代わりにした松葉杖を振り下ろす。
 何度も、振り下ろす。
 ガシャンッ! 
 パリンッ! 
 バキッ! 
 ドカンッ! 
 ボゴンッ! 
 激しい音を立てて、棚のものが壊れていく。
 あははははは! って、腹の底から笑いあって。
 その時の僕たちは、母親以上に狂っていた。
 彼女が過去に手にした栄光の全てに、松葉杖を振り下ろし、跡形も残らぬように砕いた。
 額を割って、中から賞状や絵を取り出し、びりびりに破った。
 トロフィーは表面がプラスチックだったので、何度も殴り、凹ませ、床に叩きつけた。
 大理石でできた盾は、壁に投げつけるだけで簡単に粉々になった。
 遊園地で遊ぶように、心の底から笑いあった。
 一撃で、どれだけ粉々に砕けるか競争した。
 萩上は「見て見て!」と、賞状を紙飛行機にして飛ばした。
 僕も負けじと紙飛行機を折って、部屋の向こうに飛ばした。
 ぐしゃぐしゃにする。
 トロフィーが凹む度に、盾が砕ける度に、額が割れる度に、パキリ、パキリと音を立てて、萩上を覆っていたものが剥がれ落ちるようだった。
 壊せ。
 壊すんだ。
 萩上を縛り付けていた過去を。
 僕が憧れていた聖女を。
 何度も何度も松葉杖を振り下ろして、なぶり殺しにした。
 一時間後、僕と萩上は汗まみれになって、ガラス片、大理石、木の破片、紙の切れ端が降り積もった床の上に座り込んで「あはははは!」と笑いあっていた。
「萩上、お前、顔が真っ赤だぞ? もっと運動しろよ」
「桜井くんこそ! 人のこと言えないんじゃない? 息がすっごく切れてる」
「いいなあ、身体を動かすっていいなあ」
「そうねえ、すっきりしたわ!」
 そうやってじゃれ合う僕たちの横で、彼女の母親は顔面蒼白で立ち尽くしていた。
「なんて、ことを…!」
「ということです、お義母さん」
 僕は隣の萩上の骨張った肩を抱き寄せた。
 家族の問題に手を出すな? 
 他人だから発言権は無い?
 くそくらえだ。
 目の前で苦しんでいる少女がいるって言うのに、それを助けられないなんて、男として失格じゃないか。
 息を吸い込み、今までに出したことが無いくらいの清々しい声で言った。
「娘さんを! 僕にください!」