地元に戻るのは、一か月ぶりだった。
 脚を骨折していたので、移動は電車だ。慣れない松葉杖で歩くのには一苦労で、駅のホームの段差で何度も転びそうになった。しかし、無人駅のために、支えてくれたのは萩上だけだった。
 たった一か月帰らなかっただけで、青々しく噎せ返るような香りを漂わせていた田園は乾いた色に染め上げられ、その上を蜻蛉たちがはしゃぎ合いながら飛んでいた。
 平日の、喉かな田舎道。吹き付ける風はからっと乾燥し、秋のその先、冬の気配を孕んでいる。これよりもっと寒くなったら、コートを買いたいな。焦げ茶色で、首元にもこもこがついているやつがいい。あと、風を通さなければ完璧だ。
 萩上にも買ってやろう。
 そんなことを考えながら、僕は松葉杖を使って歩いた。
 そして、とある一軒家の前に到着した。
「ここが、私のお母さんの家」
 ここが、萩上の母親の家だった。
「綺麗な家だな」
 レゴブロックを積み重ねたみたいに、四角い外観。黒を基調としているので、重厚感がある。建物の周りは、赤茶の煉瓦を積み重ねて作った塀で囲まれ、敷地に入るための鉄柵は洋風に仕上がっていた。
「お母さん、見栄えがいいものしか買わないの。だから、この家を買うときは本当に揉めたんだって」
「そうか…」
 鉄柵を開けて、敷地内に踏み入る。
 サクサクと生い茂った芝生の中に、大理石の渡り石が玄関まで続いていた。
 右手に見えるのは、家庭菜園用の畑。と言っても、植えられていたトマトの苗は夏が過ぎて萎れている。
 ここでも飛び交う蜻蛉に若干嫌気が差しながら、松葉杖で身体を支え、渡り石の先の扉に向かって歩き出した。
 ふと、萩上がついてきていないことに気が付く。
 振り返れば、萩上は鉄柵にしがみついて、ガタガタと震えていた。
「萩上…」
 僕は彼女の元に歩み寄る。両手が塞がっているために、その手を取ることができなかった。
「大丈夫、私は大丈夫…」 
 萩上は自分に言い聞かせると、掴んでいた鉄柵から手を離した。
 そして、二人で支え合いながら、扉まで歩いていき、インターフォンを鳴らした。