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 秋の授業参観の時に、僕は一度だけ、萩上千鶴の母親を見たことがあった。
 教室に入ってきた女性を見た時、一目で、萩上の母親であると理解した。
 娘よりも、若干柔らかい印象の濡れ羽色の髪を背中まで下ろし、メリハリのあるボディラインを強調する黒いスーツ。スカートから覗く脚はしなやかで無駄な肉が無い。きりっとした立ち姿からは、「よくできる女」というオーラがにじみ出て、のほほんとした他のお母さん方とは一線を画していた。
 この女性から、あの優秀な萩上千鶴が産まれるのも納得だった。
 あまりにも綺麗な女性の登場に、教室は少しだけざわついた。
 男子は特ににやにやして、背中を突いたりしていた。
 いつも眠たげにしている先生でさえ、黒板の前にきりっと立ち、新任の頃を彷彿とさせる目の輝きを以てはきはきと授業をした。
 心なしか、萩上も、いつにも増して手を上げて発表をしていた。
 後から聞いた話だが、萩上の母親は、地元じゃ有名な企業に勤めているらしい。その日は、仕事の合間を縫って、娘の勇士を見に来たというわけだ。
 萩上は頭がいい。顔がいい。運動もできる。そこに、「金持ち」が追加された。神様は、彼女に恩恵を与えたがるらしい。
 まあ、彼女の成績が優秀なのは、金のおかげとかじゃなくて、彼女自身の努力の結果だ。僕は、夏休みや冬休みにも関わらず、学校に来て勉強をする彼女の姿を知っていた。
 萩上の母親は、授業が終わると彼女に近づいて何かを言っていた。きっと、「今日はがんばったね」と、自分の娘の勇士をたたえる内容だろう。
 教室を出ていくとき、鼻の下を伸ばした男子に話しかけられていたが、爽やかに応対していた。口元に手をやってくすくすと笑う様や、「へえ、そうなの」と絶妙な相槌を打つさまは、まさに萩上千鶴を彷彿とさせた。
 すごいなあ。
 何もできない僕は、萩上とその母親を見比べて、そんなことを思った。