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 夏休み前の期末テストの試験範囲が発表された時、クラスの女子が萩上に対して言った言葉をよく覚えている。
「萩上さん、頭いいから、次のテストも全部満点なんだろうなあ」
「そんなことないよ。私だって、今回はちょっと難しいかも」
 萩上はにこっと笑って、そう返していた。
 別に盗み聞きをするつもりは無かったが、同じ教室にいると、どうしても会話の内容は耳に入ってくる。
「謙遜しすぎだって! いいなあ、頭がいい人は! ねえ! 脳をちょっと分けてよ!」
「ええー、無理だよー」 
 女子と萩上千鶴は、そんなことを言い合ってじゃれていた。
 頭がいい奴が羨ましいなら、自分も勉強をすればいいじゃないか。
 そういう言葉が滑り落ちそうになって、僕は口を噤んだ。
 簡単な話だ。萩上のことが羨ましいのなら、自分も勉強をして萩上のようになればいい。
 僕は勉強をしない奴だったので、そういう無責任な考えが簡単に頭に浮かぶのだった。
「いいなあ、すごいなあ」
「すごくないよー」 
 期末テストに限った話ではない。授業毎に行われる小テストや、県が実施する学力テスト。何か、己の実力を測るイベントがあるたびに、クラスでは萩上が話題に上がった。
 あいつはいつも好成績を収める。僕の知る記憶では、九十点以下はとったことが無かった。丸だらけの答案を貰っている彼女を見ると、清々しい気分になることができた。ふしぎなものだ。
 その後、僕は適当に勉強してテストに望んだ。他は平均点程度だったのに、国語だけ赤点をとってしまった。
 注目の的の彼女は、点数を隠すようなそぶりを見せたが、みんなが寄ってたかって彼女の手元を覗き込み、そして、「凄い」「凄い」と褒めたたえた。
 興味が無かった僕の耳にも、彼女が全教科百点をとり、学年一位になったことが伝わってきた。
 ただただ、「すごいなあ」って、思った。