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 電車が復旧するのを待っている間、萩上千鶴について、とあるエピソードを思い出した。
 僕や萩上、兵頭が通っていた中学の校舎の隣には、給食室があって、そこで毎日、僕たちの分の給食が作られていた。ご飯も炊き立て、味噌汁も湯気を漂わせていて、薄味ながらも美味しかった。
 あれは、梅雨が明けた六月の頃。
 中学総体が近づくと、校長先生の計らいで、激励として普段は食べられないようなものが出される。一年の時はアイスキャンディーが。三年生の時は、プチシュークリーム。
 二年生の時は「イチゴミルク」が出された。
 皆、普段では食べられない甘いものに喜んで、食べ終わると、デザートとしてイチゴミルクを飲んでいた。僕も飲んだ。
 その日、風邪を引いて休んだ人がいたため、給食が一人分余ったのだ。休んだ者の分のコッペパンに、グラタン。牛乳。そして、イチゴミルクだ。
 当然、おかわりじゃんけんが始まる。
 担任の先生が「おかわりいる人!」と張りのある声で言うと、座っていた奴らが一斉に手を上げる。
 小食の僕は、コッペパンをちびちびと齧りながら、じゃんけんの様子を伺った。これがなかなか面白い。じゃんけんに勝って一喜一憂する男子を見るのももちろん、先生のじゃんけんのパターンを予想するのも一興だった。ちなみに、当時の担任は、一番最初にグーをだす確率が一番高かった。
 そんな時、誰かが言った。
「あれ、萩上さんもおかわりするの?」
 僕はちらっと、一番前の席の萩上を見ていた。
 周りが運動部の男子の中、華奢な萩上が、じゃんけんをしようと拳を振り上げていたのだ。
 萩上は「ええ」とはにかんだ。
「私、イチゴミルクが好きなの」
 すると、彼女と同じ班だった奴らが、一斉に「ええー」と驚嘆の声を上げた。
「意外だな。そんなイメージ無かったよ」
「もっとクールな飲み物とかさ」
「コーヒーとか紅茶とか、あとミネラルウォーターとか好んで飲みそう!」
 誰かが口々に言うと、クラスが少しだけ湧いた。
 萩上も笑っていた。
 「失礼ねえ」と、冗談染みた口調で怒った。 
 ただ、それだけのことだった。
 僕はグラタンのマカロニを噛み締めながら、萩上のはにかんだ顔を見ていた。
 頭がいいから、脳が糖分を欲しているのかな? そんなことを考えていた。
 結局、萩上は二回戦で敗退して、イチゴミルクは野球部の男子の手に渡った。
 ただ、それだけのことだった。