電車は心地よく揺れながら走った。

 暑い中歩き回って、疲れていた僕は、いつの間にかうとうととして、シートに座った状態で首を上下に揺らしていた。兵頭は隣でにやにやとしながらスマホを弄っていた。
 十分ほど走った頃。
 突如、ガクンと、電車全体が大きく揺れた。
「うわ」
 思わず声が洩れる。それから、電車はゆっくりと減速をしながら進んだ。そして、田畑や民家が密集する場所に停止した。
 僕は「着いたのか?」と立ち上がって窓の外を眺めた。しかし、駅は無い。
 見れば、他の乗客も、何事かと言いたげな顔で窓の外を眺めていた。
 車内アナウンスが入る。
『停電が発生しましたので、緊急停車いたしました。お急ぎのところ申し訳ありませんが、もうしばらくお待ちください』
 停電か。そりゃそうか。電車だもんな。
 僕は横目で兵頭を見た。
「だ、そうだ」
「なんだよ」誰が悪いというわけでもないのに、兵頭は眉間に皺を寄せた。「帰ってすぐに出品しようと思ってたのに」
「すぐに復旧するだろ」
 僕は悠長に構えると、再びシートに腰を沈めた。
 早く家に帰りたいが、停電なら仕方がない。このまま再発進を待つとしよう。
 たかが十数分の待機だと思っていた。しかし、三十分経っても、電気が復興する事は無かった。
 場所が障害物の無い場所なので、太陽光が容赦なく電車を照らし、中を暖炉のように熱する。息を吸い込んだだけで、むしむしとした空気が肺に流れ込んだ。
 車掌が窓を開けてくれたが、気休めにしかならない。
「暑いなあ…」
 シャツをパタパタと仰ぎながら、兵頭が言った。首筋に玉のような汗をかいている。
 僕も頬を伝う汗を拭った。
 暑い。ただそれだけ。電気が無いだけで、こんなに暑いんだな。暖房も冷房も無い時代に生きた人たちを尊敬する。
 そう思うと同時に、視界にかぶさるようにして、萩上の姿がフラッシュバックした。
「……」
 あいつ…、大丈夫かな?
 そう思った瞬間、慌てて首を横に振って、その考えを振り払った。
 兵頭がびっくりして僕を見る。
「急に何やってんの? 気持ち悪い」
「ああ、ごめん」
 田んぼの上を滑り、湿気を含んだ風が車内に入り込んできた。土臭さと、水の生臭さが混じった、野性的な香り。頬を撫でれば、すうっと涼しくなる。
 車内アナウンスが「電気が復旧しましたので、安全確認を行い次第発射します」と言った。
 それから三十分後、電車は動き出した。