学級委員だった萩上千鶴。
僕の学校は、各クラス、年に二度、各クラスから委員会活動に参加する者を選出していた。委員の仕事は、一週間に一度は放課後の貴重な時間を返上して会議に出席しなければならい。これが結構大変なのだが、意外にも志願する人間は多かった。委員会の経験は、内申書に書かれるから、皆それが目当てだったのだ。
じゃあ、萩上千鶴もそうだったのか。と聞かれればそうではない。
彼女は、自ら…、いや、周りに推薦されて学級委員になった。皆が満場一致で「萩上千鶴さんが学級委員にふさわしいです」と言ったのだ。
買いかぶりなのか、はたまた、押し付けただけなのか。そんな疑問が通じないほどに、萩上千鶴は、皆から信用されていた。好かれていた。
確かに、萩上千鶴以外にも、優秀な生徒はいた。だが、彼女が二年生の前期と後期共に務めたということは、彼女の委員としての手腕が天と地ほどに他とかけ離れていたのかを語っていた。
ほんと、あいつはすごかったよ。
体中に目が付いているみたいに、いろいろなことに気が付くんだ。クラスメイトの不調は見逃さない。教室の戸締りもきっちりと済ませるし、朝は誰よりも早く来て花の水替えをする。先生に頼まれたことは、「わかりました」と張りのある声で頷いて、敏腕のビジネスマンみたいにこなす。テストで九十点以下をとったことが無いことだけが、彼女の唯一の可愛げのないところだった。
「………」
喉の渇きを覚えながら歩く。頬にじとっとした汗がつたう。この季節は、防水の絆創膏を貼っていないと、汗で剥がれ落ちることがあった。
先ほど公園ですれ違った子供たちが、道の端にたむろして、民家から伸びる木の枝に手を伸ばしていた。指の先に、小さなカブトムシがいた。
この時代、カブトムシを触れる小学生が生き残っていたことに安堵しながら、僕は歩を速めた。
「………」
あいつ…、変わったな。
髪の毛がすごく伸びていた。身長も伸びた。雪原に立たされたみたいに血の気の無い顔をしていた。何処にも、中学時代の萩上千鶴の面影は無かった。
まあ、親しかった奴が変わることなんてよくあることだ。
僕が中学三年生の頃に同じ班だった女子なんて、高校に在学中に妊娠。そして中退。結婚して、三人も子供を産んだ。周りからはあまりいい話は聞かないが、少し前に同窓会で再会した時の彼女は、子供を連れて結構幸せそうだったよ。
人生、何が起こるのかわからないものだから、人が変わる事に対して特別な感情は抱かないが…、萩上千鶴は、彼女が変わってしまったことだけは、肌を這うような衝撃があった。
そこまで考えた時、僕は反射的に額の絆創膏に触れていた。
ぐっとガーゼの部分を押せば、彼女の爪に裂かれた傷がチクリと痛む。
あの時だけ、顔を真っ赤にして激情した萩上。肩を震わせながら、絨毯や参考書にカッターナイフを突きつける萩上。癇癪を起こした子供みたいな姿は、あまり見たくなかった。
上着のポケットに入れていたスマホが震えた。
僕は汗ばんだ手でそれを取り出す。
メッセージの送り主は、中学の友人の兵頭からだった。
『今度の日曜日、遊びに行こうぜ』
とだけ綴られていた。
僕は「おけ」とだけ返信して、スマホの電源を落とした。
僕の学校は、各クラス、年に二度、各クラスから委員会活動に参加する者を選出していた。委員の仕事は、一週間に一度は放課後の貴重な時間を返上して会議に出席しなければならい。これが結構大変なのだが、意外にも志願する人間は多かった。委員会の経験は、内申書に書かれるから、皆それが目当てだったのだ。
じゃあ、萩上千鶴もそうだったのか。と聞かれればそうではない。
彼女は、自ら…、いや、周りに推薦されて学級委員になった。皆が満場一致で「萩上千鶴さんが学級委員にふさわしいです」と言ったのだ。
買いかぶりなのか、はたまた、押し付けただけなのか。そんな疑問が通じないほどに、萩上千鶴は、皆から信用されていた。好かれていた。
確かに、萩上千鶴以外にも、優秀な生徒はいた。だが、彼女が二年生の前期と後期共に務めたということは、彼女の委員としての手腕が天と地ほどに他とかけ離れていたのかを語っていた。
ほんと、あいつはすごかったよ。
体中に目が付いているみたいに、いろいろなことに気が付くんだ。クラスメイトの不調は見逃さない。教室の戸締りもきっちりと済ませるし、朝は誰よりも早く来て花の水替えをする。先生に頼まれたことは、「わかりました」と張りのある声で頷いて、敏腕のビジネスマンみたいにこなす。テストで九十点以下をとったことが無いことだけが、彼女の唯一の可愛げのないところだった。
「………」
喉の渇きを覚えながら歩く。頬にじとっとした汗がつたう。この季節は、防水の絆創膏を貼っていないと、汗で剥がれ落ちることがあった。
先ほど公園ですれ違った子供たちが、道の端にたむろして、民家から伸びる木の枝に手を伸ばしていた。指の先に、小さなカブトムシがいた。
この時代、カブトムシを触れる小学生が生き残っていたことに安堵しながら、僕は歩を速めた。
「………」
あいつ…、変わったな。
髪の毛がすごく伸びていた。身長も伸びた。雪原に立たされたみたいに血の気の無い顔をしていた。何処にも、中学時代の萩上千鶴の面影は無かった。
まあ、親しかった奴が変わることなんてよくあることだ。
僕が中学三年生の頃に同じ班だった女子なんて、高校に在学中に妊娠。そして中退。結婚して、三人も子供を産んだ。周りからはあまりいい話は聞かないが、少し前に同窓会で再会した時の彼女は、子供を連れて結構幸せそうだったよ。
人生、何が起こるのかわからないものだから、人が変わる事に対して特別な感情は抱かないが…、萩上千鶴は、彼女が変わってしまったことだけは、肌を這うような衝撃があった。
そこまで考えた時、僕は反射的に額の絆創膏に触れていた。
ぐっとガーゼの部分を押せば、彼女の爪に裂かれた傷がチクリと痛む。
あの時だけ、顔を真っ赤にして激情した萩上。肩を震わせながら、絨毯や参考書にカッターナイフを突きつける萩上。癇癪を起こした子供みたいな姿は、あまり見たくなかった。
上着のポケットに入れていたスマホが震えた。
僕は汗ばんだ手でそれを取り出す。
メッセージの送り主は、中学の友人の兵頭からだった。
『今度の日曜日、遊びに行こうぜ』
とだけ綴られていた。
僕は「おけ」とだけ返信して、スマホの電源を落とした。