ピー、ピー、と断続的に電子音が流れている。

「お、ようやく来たね」

 私が優太くんの病室に入ると、千代田さんが明るい笑顔で出迎えてくれた。

 今日は七月七日。私の二十歳の誕生日だ。ようやく、この時が来た。私はもう一度、優太くんと出会える。

「ちょっと遅かったね。仕事、頑張ってたの?」

 時刻はもう二十三時を過ぎている。私は今日まで仕事を入れていた。優太くんの世界は、現実世界よりも一日遅い。彼の世界では、今は七月六日だ。私にとって、優太くんのいる世界が本物の世界だと言っていい。向こうの世界が七月七日になった時に優太くんに会う。それが、私にとって最高の誕生日プレゼントになるだろうと思ったのだ。

 その旨を彼女に伝えた。

「なるほどね。向こうが七月七日になってから会いたいってことか」
「そういうことですね」

 千代田さんは楽しそうに頷いてから、パソコンの前に座った。

「よし、じゃあ、準備を始めよっか」

 ベッドに座ってよ、と彼女に促され、言われた通りベッドに腰掛ける。

「色々と最終確認をさせて貰うよ」

 千代田さんは指を立てる。

「前にも言ったけど、仮想世界に入るには患者と同じ機器を使わないといけない。越生くんの場合、右側頭部の脳機能を補強してる訳だね」

 一呼吸置いてから、彼女は続けた。

「来夏さんの右側頭部にも、同じ補強をしないといけないんだよ」

 今の技術だと、そうしなければ全く同じ情報を伝達できないらしい。

「つまり、健康な脳にわざわざ負荷を与えてしまうってことになるんだ。だから、永遠に仮想世界に入っていい訳じゃない」
「一番長くて、どれくらいの時間連続で仮想世界に入っていられるんでしたっけ?」

 確認の意味も込めて聞く。

「そうだね。長く見積もって、十時間くらいだろうね。それを超えると、頭が割れるように痛み出すから気をつけて」

 十時間。思いの外長い。でも、いざ優太くんと会うとなると一瞬に感じてしまうのだろう。

「一応気をつけてね。時間超過で脳へのダメージがヤバいと判断したら、私の権限で時間に制限をかけたりするから。場合によっては、仮想世界に行くことを禁止することもあるからね」

 くれぐれも気をつけてくれたまえ、と千代田さんは念を押すように言った。

「分かりました」

 私は強く頷く。

「それともう一つ。分かってると思うけど、越生くんには仮想世界だってバレないようにしてね」

 これに関しては、千代田さんから再三に渡って注意されて来た。

 自分の暮らしている世界が偽物の世界だと知った時、現実では寝たきりで今見ている世界の全てが夢だと気づいた時、人はどう思うだろうか。その答えは、簡単に想像できる。

「一応もう一回聞くけど、家はあそこで良いの?」

 仮想世界で私が転移される場所のことを言っているのだろう。私の転移先は、優太くんのアパートの目の前にあるマンションだ。彼と多くの時間を一緒に過ごしたいが為に、私は近くのマンションを選んだ。

 壁が多少薄いらしいが、あまり問題はないだろう。私は別に、あそこで生活をするわけじゃない。

 転移先にも、多くの機器が置かれている。仮想世界からこちら側に帰るための装置だ。更には帰る際に意思の疎通が測れるように、仮想世界と現実を繋ぐディスプレイも設置されている。それがバレれば、終わりというわけだ。それでも、私は多くの時間を優太くんと過ごしたかった。一分一秒も、無駄にしたくなかった。

「大丈夫です。絶対に、バレない自信があります」
「そっか。私は少し危ないと思ってるけど、気をつけてよね」
「分かりました」

 最後の確認が終わると、千代田さんがヘッドギアを渡して来た。ヘッドギアには多くのケーブルが付いており、それらは部屋の中にあるコンピュータへと伸びている。

「じゃあ、それを被って瞳を瞑って」

 優太くんを見た。もうずーっと見てきた彼の寝顔。もうすぐ、動いている彼と会える。彼と話ができる。彼を抱きしめることができる。彼と、失ったはずの四年を取り戻す事ができる。

「私は一応ここにいるけど、覗き見るようなことはしないから。二人でしかできないことを楽しんじゃっていいよ。もしも身の危険や激しい頭痛を感じたらこのベルを鳴らして」

 そう言って、彼女は赤いベルを見せてくれた。

「向こうに行ったらこのベルがあるから、それでよろしくね」
「分かりました」

 頷いてからヘッドギアを被り、瞳を閉じた。瞼の裏側に、彼との思い出が蘇ってくる。彼が消えてからの、苦しかった日々が描き出される。それも、今日で終わりだ。私はようやく、優太くんに会える。彼に抱き締めてもらえる。