それからの毎日は、本当に幸せだった。失ってしまったはずの日常が、もう手に入らないと思っていた日々が、急に帰ってきた。

 僕達はあの頃と何一つ変わらない生活を送れる――はずだったんだ。でも、結果的に、そうはならなかった。

 来夏が僕の前に現れている時間が減ってきている。

 朝、僕の家で一緒に朝食を取った後、彼女は一度姿を消す。その後は放課後再び現れて、僕と一緒に帰ってから少しだけ遊ぶ、という生活が続いた。その時間は三時間半、三時間と日に日に短くなっており、ついに二時間半くらいになってしまった。夏祭りには無事に行けるのだろうか。

 不安の種はそれだけじゃない。最悪なことに、僕の頭痛も酷くなる一方だった。

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 放課後、校門に向かうといつものように来夏が待っていた。途中まで一緒に歩いていたクラスメイトが気を利かせて「じゃあなー」と手を振りながら去って行く。

「明日はいよいよ夏祭りだね」

 彼女は髪を揺らしながら一歩こちらに近づいた。

「私、この時をずーっと待ってたんだよ」

 腰を降って、来夏は僕の顔を覗き込んだ。彼女の髪が、とろんと垂れ下がる。来夏は、にへへーっとだらし無く頬を緩ませていた。

「あのさ」
「なーに?」
「夏祭り、本当に行けるの?」

 僕がそう聞くと、来夏は口を尖らせた。

「行けるよ」

 そう言った彼女は、なぜか儚く見えた。触れたら消えてしまいそうなくらい、弱々しく佇んでいる。

「だって、帰らないといけないんじゃないの?」

 来夏が僕の前に現れている時間は、既に二時間半を切った。一緒に夏祭りに行くとなると、その時間を超えてしまうかもしれない。というより、お守りを貰って花火を見ようと思ったらその時間を超えてしまうだろう。来夏に無理をさせるわけにはいかない。

「ああ……それはいいんだよ。明日はすっごい大切な日だから」
「せめてお守りだけ買って、花火は諦めるとかさ、それなら間に合うんじゃないかな」

 僕はそう言ったが来夏は緩く首を降るだけだ。

「それじゃ私が嫌なんだよ。私は何としてでも、優太くんとお祭りに参加したい。そうしないと、思い出を取り戻せない」

 そうは言っても、来夏は不安そうに眉を寄せている。やっぱり、とても重要な用事なんだ。

「でも、もしも私が……」

 言いかけて、彼女は口を噤んでしまう。緋色に輝く太陽の光が、来夏の頬を染めた。くっきりとした陰影が、アスファルトに浮かび上がる。その影すら美しいと思った。彼女は今、なんと言おうとしたのだろう。

「無理しなくていいんだよ。来年だって――」
「来年じゃダメなんだよ!」

 僕の言葉を遮るように、来夏が声を張り上げた。一瞬の間があって、冷静になったのだろう。来夏は自分の口に手を当てて「ごめん。少し取り乱しちゃった」と謝る。

 確かに、僕だって彼女と一緒に夏祭りに行きたい。出来るだけ早く、夏祭りに行きたい。現に、僕の頭痛は痛みを増す一方だ。幻聴の症状も、未だに収まっていない。いつ、僕の命が尽きるのかは分からない。来年じゃダメなのは、僕も同じだ。

「優太くんが心配してくれる理由も分かるよ。でも、大丈夫だから。今年行かないとダメなんだよ。何があっても、私は夏祭りに行きたい」

 彼女にも何か事情があるのだろうか。それとも、僕の命が残り少ないことを、彼女は知っているのだろうか。

 天の声との繋がりがあるのなら、知っていてもおかしくはないだろうなと、今更ながら思う。

「そっか……僕も出来れば行きたかったから、嬉しいよ」

 僕がそう言うと、来夏は薄く笑った。彼女は穏やかな瞳で、僕を見ている。なんだかその瞳を見ていると、とても切ない気持ちになる。もうすぐ終わりが来るような、これで全てが終わってしまうような、そんな不安に襲われた。

 来夏の態度見ていれば分かる。僕の命は、着実に終わりへと近づいているのだ。