向かった先は、とある神社だった。
道の端にぽつんとあるような小さな神社なんかじゃない。大都会のど真ん中にでかでかと鎮座する、大きな神社だ。
「ねえ、ここ、覚えてる?」
来夏は神社の敷地へと続く階段の前に立って、階段の先を指差している。
「もちろん覚えてるよ」
僕と来夏が小学生だった頃、僕達はとある映画にハマっていた。幼馴染だった二人が、両親の転勤によって引き裂かれてしまうという物語だ。そこの舞台が、今来ている街だった。そして、この神社がその映画に出て来るんだ。
「いつか来ようって、約束してたもんね」
陽はすでに暮れ始めていて、辺りに人はいなかった。近くを走る小田急線の電車の音だけが、騒がしく響き渡っている。
階段を登って行き、敷地内へと入っていく。
敷地内には木々が生い茂っており、夏だというのに涼しいくらいだった。木々の隙間から溢れた光が、石の敷き詰められた地面を照らす。
「うーん。こうやって見ると、どこがどのシーンに使われてたのか分からないね」
来夏が首を傾げながら辺りを見渡す。僕はスマホを操作してから、来夏に見せた。
「これがこの神社のシーンだから、この場所を探そう」
今来夏に見せたのは、例の映画のワンシーンだ。この画像と現実の神社とを見比べれば、そのうち見つかるはずだ。
二人してスマホとにらめっこしながら、神社の敷地内を歩き回った。
「あっ! あったよ優太くん! ここ! ここ! 絶対ここだよ!」
来夏は顔を上げて、鳥居を指差してぴょんぴょん飛び跳ねている。スマホの画像と、現実の鳥居を見比べる。鳥居の両端にいる狛犬も、鳥居に刻まれている漢字も、全て同じだった。
「うわーすっごいなー」
来夏は鳥居に近づいて行って、石で作られた柱に触れた。彼女の姿を見て、映画のワンシーンなんかよりもよっぽど美しいと思ってしまった。来夏が鳥居に夢中になってる間にこっそりスマホを構えて、写真を撮った。その写真はどんな名画や写真よりも、尊くて美しいものに見える。
「ちょっと優太くん、何にやけてるの?」
「え? 僕にやけてた?」
「にやけてたよ。すっごい変態だった」
来夏は怪しむように瞳を細めて僕を見ている。
「何見てたの? いやらしい写真? 優太くんって、結構隠れすけべだもんね。ちょっとスマホ見してよ」
彼女はぐいぐいと近づいて来て、僕のスマホを奪おうとして来る。
「嫌だ。来夏には悪いけど見せたくない」
こんな写真、彼女にバレたら大変だ。恥ずかしくて死んでしまう。
「なんでよ。いいじゃん」
来夏はじーっと僕を見た。目をそらしたら負けだと思い、僕も彼女を見つめた。すると来夏は「はーっ」とため息をついて「じゃあしょうがない!」と言った。直後、指を一本立てて、ビシッと僕に突きつけて来る。
「だけど、一つだけお願いがあります」
「何?」
そう聞くと、来夏は今度鳥居を指差した。
「私と一緒に、映画のワンシーンを再現して欲しいの」
「へ?」
思わず、間抜けな声を出してしまう。
「だから、映画のワンシーンを再現したいんだ」
来夏にもう一度言われ、噛み砕かれた言葉が脳内に染み込んで来る。
「そんな恥ずかしいことをさせるのか」
「うん!」
彼女はとても無邪気に笑っていた。正直断りたい気持ちでいっぱいだったが、せめてもの償いのつもりで僕は了承した。
「分かったよ」
彼女が笑ってくれれば、それで良いと思った。
それから僕は、来夏に連れ回された。この街にある映画の聖地を、全部巡らされた。近くの公園、近くの踏切、そこでも映画のワンシーンを再現させられた。
公園には中高生くらいの少年達がたむろしていて、奴らの前で甘ったるい台詞を吐いている時は顔から火が出るほど恥ずかしかった。
帰り道、来夏はスマホを見ながらニヤニヤしていた。
「何を見てるの?」
「さっき撮った動画だよ。近くにスマホを置いたり、人に頼んだりして撮ってたんだ」
彼女は笑顔のままとんでもないことを言った。
「ほら見てよ。優太くん、めっちゃ緊張してて面白いよ」
「やめろやめろ。見たくない」
「えー、見れば良いのにー」
来夏はずっとスマホを眺めて幸せそうに笑っていた。
「この映像、ずーっと大切にするからね」
スマホをそっと胸に抱き、愛おしそうに抱きしめた後、彼女は僕に向かって微笑みかけた。彼女のその姿は、まるで僕がこれから死ぬかもしれないことを知っているかのようだった。
この幸せな時間を、失いたくない。
もう決して、彼女を泣かせたくないと思った。一週間前までの自分が、本当に許せなかった。
「ふふっ。約束、一個叶っちゃったね」
スマホを眺めながら、来夏は言った。
「そうだね」
四年前、僕と来夏は夏休みに沢山の約束をしていた。その一つが、この神社に行くというのもだった。
「また明日からも、約束、叶えようね」
「うん。そうしよう」
一日でも長く、彼女といたい。彼女との約束を、少しずつで良いから叶えていきたい。そうやって、失った時間を取り戻していきたい。
日が完全に暮れきった後、僕達は誘蛾灯の下で別れた。
「じゃ、また明日ね!」
「うん。また明日」
この明日がいつまで続くのだろうか。できれば永遠に続いて欲しいと思った。いつか僕の頭痛がピタッと止んで、天の声から「貴方の人生はこれから幸せに包まれますよ」と告げて貰える。そんな幸せが、やって来ないだろうか。
だが、そんなことは無かった。現実はただただ非情で、僕の頭痛は日々悪化していくだけだった。
その日の夜も、酷い頭痛に襲われた。そして、ついには幻聴のような症状まで現れた。
ピー、ピー、という機械音のような音が断続的に聞こえる。時々、女性の話し声のような音も聞こえて来た。しかも、その声にはどこか聞き覚えがあった。僕の潜在意識が生み出している声なのだろうか。その声は、なぜか来夏と天の声に似ていた。彼女達が何かの話をしているような幻聴が、脳内に響き渡っていた。
道の端にぽつんとあるような小さな神社なんかじゃない。大都会のど真ん中にでかでかと鎮座する、大きな神社だ。
「ねえ、ここ、覚えてる?」
来夏は神社の敷地へと続く階段の前に立って、階段の先を指差している。
「もちろん覚えてるよ」
僕と来夏が小学生だった頃、僕達はとある映画にハマっていた。幼馴染だった二人が、両親の転勤によって引き裂かれてしまうという物語だ。そこの舞台が、今来ている街だった。そして、この神社がその映画に出て来るんだ。
「いつか来ようって、約束してたもんね」
陽はすでに暮れ始めていて、辺りに人はいなかった。近くを走る小田急線の電車の音だけが、騒がしく響き渡っている。
階段を登って行き、敷地内へと入っていく。
敷地内には木々が生い茂っており、夏だというのに涼しいくらいだった。木々の隙間から溢れた光が、石の敷き詰められた地面を照らす。
「うーん。こうやって見ると、どこがどのシーンに使われてたのか分からないね」
来夏が首を傾げながら辺りを見渡す。僕はスマホを操作してから、来夏に見せた。
「これがこの神社のシーンだから、この場所を探そう」
今来夏に見せたのは、例の映画のワンシーンだ。この画像と現実の神社とを見比べれば、そのうち見つかるはずだ。
二人してスマホとにらめっこしながら、神社の敷地内を歩き回った。
「あっ! あったよ優太くん! ここ! ここ! 絶対ここだよ!」
来夏は顔を上げて、鳥居を指差してぴょんぴょん飛び跳ねている。スマホの画像と、現実の鳥居を見比べる。鳥居の両端にいる狛犬も、鳥居に刻まれている漢字も、全て同じだった。
「うわーすっごいなー」
来夏は鳥居に近づいて行って、石で作られた柱に触れた。彼女の姿を見て、映画のワンシーンなんかよりもよっぽど美しいと思ってしまった。来夏が鳥居に夢中になってる間にこっそりスマホを構えて、写真を撮った。その写真はどんな名画や写真よりも、尊くて美しいものに見える。
「ちょっと優太くん、何にやけてるの?」
「え? 僕にやけてた?」
「にやけてたよ。すっごい変態だった」
来夏は怪しむように瞳を細めて僕を見ている。
「何見てたの? いやらしい写真? 優太くんって、結構隠れすけべだもんね。ちょっとスマホ見してよ」
彼女はぐいぐいと近づいて来て、僕のスマホを奪おうとして来る。
「嫌だ。来夏には悪いけど見せたくない」
こんな写真、彼女にバレたら大変だ。恥ずかしくて死んでしまう。
「なんでよ。いいじゃん」
来夏はじーっと僕を見た。目をそらしたら負けだと思い、僕も彼女を見つめた。すると来夏は「はーっ」とため息をついて「じゃあしょうがない!」と言った。直後、指を一本立てて、ビシッと僕に突きつけて来る。
「だけど、一つだけお願いがあります」
「何?」
そう聞くと、来夏は今度鳥居を指差した。
「私と一緒に、映画のワンシーンを再現して欲しいの」
「へ?」
思わず、間抜けな声を出してしまう。
「だから、映画のワンシーンを再現したいんだ」
来夏にもう一度言われ、噛み砕かれた言葉が脳内に染み込んで来る。
「そんな恥ずかしいことをさせるのか」
「うん!」
彼女はとても無邪気に笑っていた。正直断りたい気持ちでいっぱいだったが、せめてもの償いのつもりで僕は了承した。
「分かったよ」
彼女が笑ってくれれば、それで良いと思った。
それから僕は、来夏に連れ回された。この街にある映画の聖地を、全部巡らされた。近くの公園、近くの踏切、そこでも映画のワンシーンを再現させられた。
公園には中高生くらいの少年達がたむろしていて、奴らの前で甘ったるい台詞を吐いている時は顔から火が出るほど恥ずかしかった。
帰り道、来夏はスマホを見ながらニヤニヤしていた。
「何を見てるの?」
「さっき撮った動画だよ。近くにスマホを置いたり、人に頼んだりして撮ってたんだ」
彼女は笑顔のままとんでもないことを言った。
「ほら見てよ。優太くん、めっちゃ緊張してて面白いよ」
「やめろやめろ。見たくない」
「えー、見れば良いのにー」
来夏はずっとスマホを眺めて幸せそうに笑っていた。
「この映像、ずーっと大切にするからね」
スマホをそっと胸に抱き、愛おしそうに抱きしめた後、彼女は僕に向かって微笑みかけた。彼女のその姿は、まるで僕がこれから死ぬかもしれないことを知っているかのようだった。
この幸せな時間を、失いたくない。
もう決して、彼女を泣かせたくないと思った。一週間前までの自分が、本当に許せなかった。
「ふふっ。約束、一個叶っちゃったね」
スマホを眺めながら、来夏は言った。
「そうだね」
四年前、僕と来夏は夏休みに沢山の約束をしていた。その一つが、この神社に行くというのもだった。
「また明日からも、約束、叶えようね」
「うん。そうしよう」
一日でも長く、彼女といたい。彼女との約束を、少しずつで良いから叶えていきたい。そうやって、失った時間を取り戻していきたい。
日が完全に暮れきった後、僕達は誘蛾灯の下で別れた。
「じゃ、また明日ね!」
「うん。また明日」
この明日がいつまで続くのだろうか。できれば永遠に続いて欲しいと思った。いつか僕の頭痛がピタッと止んで、天の声から「貴方の人生はこれから幸せに包まれますよ」と告げて貰える。そんな幸せが、やって来ないだろうか。
だが、そんなことは無かった。現実はただただ非情で、僕の頭痛は日々悪化していくだけだった。
その日の夜も、酷い頭痛に襲われた。そして、ついには幻聴のような症状まで現れた。
ピー、ピー、という機械音のような音が断続的に聞こえる。時々、女性の話し声のような音も聞こえて来た。しかも、その声にはどこか聞き覚えがあった。僕の潜在意識が生み出している声なのだろうか。その声は、なぜか来夏と天の声に似ていた。彼女達が何かの話をしているような幻聴が、脳内に響き渡っていた。