こんな人生に、生きている意味はあるのだろうか。

 真っ暗な部屋の片隅で、安物の机の引き出しを開けながら思う。その引き出しの中には、真っ赤に染まったお守りがあった。このお守りを持って笑っていた少女は、もうこの世にはいない。

「来夏……ごめんな。最後まで、一緒に逃げられなくて……」

 僕の最愛の幼馴染だった安達来夏(あだちらいか)は四年前に事故にあって死んだ。

 お守りに染み付いた生々しい血痕が、あの事故の壮絶さを物語っている。

越生(おごせ)さん。またそのお守りを見てるんですか?」

 その時、突然声がした。辺りを見回してみるが、この部屋に僕以外の人間は誰もいない。なのに、声が聞こえる。

 あぁ、またこれか、と心底うんざりした。

 四年前、来夏が事故にあったあの日から、なぜかこの声が聞こえるようになった。

「いつまでもそうやって、過去に縋り付いていて良いんですか? 前を向きましょうよ。来夏さんだって、そう願っていますよ」

「うるさいな。来夏もう、この世界にはいないんだ」

 この声の正体が何なのかは全く分からない。彼女(声の高さからして女性だろう)はまるで天空から僕を監視しているかのように、時々声を掛けてくる。その事から、僕は彼女の事を便宜的に〈天の声〉と呼ぶことにした。

「せっかく生きているんですから、人生を無駄にするような事はしないでくださいね」

「そんなの分かってるよ」

 来夏の分まで僕がしっかり生きていかなければという思いはある。だが、どうしても本気で生きようという気にはなれなかった。

 クーラーの電源を切って、椅子から立ち上がる。

「どこに行くんですか? 大学?」

「バイトだよ」

 大学に通うために上京したものの、学校になんてもう半年以上通っていない。大学一年の序盤で、早々にフェードアウトしてしまった。華やかなキャンパスライフを送っている学生を見てるうちに、嫌気がさしたから。

 来夏が消えてしまった世界で、幸せそうにしている奴らが憎かった。何の苦しみもなく、ただ平凡な人生を送って来た奴らが羨ましかった。

 今ではアルバイト先と家とを往復する毎日だ。

「来夏さんは貴方の幸せを願っていますよ。だから、学校行きましょうよ。まだ、やり直せますから」

「そっか。でも、僕にその資格はないから」

 来夏が死んでしまったのは、僕のせいなのだから。僕が、来夏を殺してしまったようなものなのだから。

 外に出ると、ムワッとした熱気に包まれた。空は鈍色の雲に覆われていて、シトシトと降り続く雨は当分止みそうにない。七月上旬の空は嫌いだ。来夏が死んだあの日も、確かこんな風な空だったはずだから。

 あの時に戻れたらと、いつも思ってる。唐突に来夏が生き返って、過去をやり直せたらどんなに幸せだろうか。でも、それは絶対に叶わない願いだ。時間が戻ることなんて、あり得ない。仮に彼女が僕の前に現れたとしても、僕はそれを受け入れることは出来ないだろう。だってもう、来夏は死んでいるのだから。死んだ人間は、絶対に生き返らない。