は?

 ま、まおー軍?
 って、魔王軍?!

 ……………………ぱ、パードゥン?!

 わ、ワンスモアプリーズ……。

 予想外の言葉に猛がボケーとした顔を返す。
 しかし、動揺した様子もない隊長はフェイスガード奥から猛達を鋭く睨みつけていた。

 どうやら一度しか言わないの言葉どおり、再度と問うつもりはないらしい。

(いや───やっぱ魔王いるんだ……)

 この質問いかんで、猛たちの進退が決まるのだろう。
 もちろん答えは決まっているが、果たして信じてくれるかどうか……。

 じっとりとした空気が流れる中、隊長の手が槍を───。

「マオー?」

 そこに暢気の声が一つふり注ぐ。

「ん~?? ねぇ、マオー軍ってなに? マオウ軍なんて知らないよー?」

 そうだよねぇ、猛ぅ?

「あ、はい」
 ええ、知りませんとも。

 ナナミの言葉はいつもの様子と変わらない。
 ポヤーとして、暢気そうな雰囲気そのままだ。あの恐ろしいまでの眼光はどこへやら。

 緊張感を感じさせないおっとりとした口調で、小さく首を傾げている。

「…………なんだと?」

 しかし、隊長はそう簡単にはいかない。
 ナナミの何も考えていなさそうな言葉にも、ガブリと食いついた。

 交渉相手は猛でもナナミでもどちらでもいいのだろう。

 ようするに、敵か味方か、某か。

 スッと視線がナナミに向いたのを気配で感じつつ、その視線を遮るように猛は動いた。

「ま、魔王軍のことなんて知らない───俺たちは、」
「───黙れッ! こんな場所をうろつく男女……。そして、武器もなく、糧秣すら持たない───つまり、魔族でもない限りありえん!」

 強い口調で猛の言葉を遮る隊長。

 ビュンと槍を眼前で振り回すと、ガツンと石突きを地面に突き立てた。

「たが、我らとて言葉の通じぬ蛮族ではない」
 隊長が態度を軟化させたようにみせるも、
「…………魔族でないというならば、その証を見せてもらおうか」

「え?」

 ニヤリと笑った気配。
 隊長は腰の物入れからそっと小さな瓶を取り出して───。

「……嘘をついてもすぐにわかること」

 くくく。と、薄く笑いつつ、

「これが何か分かるか?」
「えっと……」


 瓶に入った…………水?


 ナナミと目線を合わせるも、二人して首を傾げるのみ。
 中身なんてわかるはずもない。

 どう見てもタダの水だけど……。

「ふ……。これは、神聖教会で作られた高純度の聖水だ───人に無害。だが、」

 厭らしく笑う気配とともに、

「───魔族には劇薬となる!」

 ふははは! と、フェイスガードの奥で不気味に笑う隊長は、

「さぁ。魔王軍でないというなら、飲め。…………拒めば、この場で斬り捨てる」

 さぁ!

「魔王軍でないなら証を見せろ! 聖水は『人』には無害! 『英雄』には恩恵を、『勇者』には天啓を!───さぁ! さぁ、さぁ、これを今すぐ飲み干して見せよ!」

 小瓶を投げ寄越す騎士。

 それを慌てて受け取った猛は不安げに騎士をみつめるも、これを飲むしか現状を打破できそうな手は見当たらなかった。

「の、飲めばいいんだな?」

 無言で頷く隊長を苦々しく見ながらも、チラリとナナミを見る猛。
 すると、彼女も不安げに目を細めており小さく首を振っている。

 それは、暗に「飲むな」と言っているのだろう。

 そりゃあ、そうだ。
 聖水だか何だか知らないけど、得体の知れない液体を飲むなんてゾッとしない───。

「どうした、早く飲め! 人には無害だと言っている。安心しろ、本物の聖水だ」

 いや、
 無害とかそう言う事じゃなくて……。

 いきなり得体の知れないものを飲めって言われてもね。

「た、猛ぅ」
「───魔王軍の兵士ではないなら恐れることなどないはず! さぁ!! さぁ!」

 飲めッ(ハリー)!!

 飲めッ(ハリー)!!

飲めぇ(ハリアップ)!!」

 ついには槍を突きつけ、猛に飲めと強要する。

(く……こんな得体のしれないもの───)




 ……………………ええい、ままよッ!!




「あ! ダメぇ!」
 ナナミは猛を止めようと手を伸ばすも、それを振り切ってグイと小瓶を飲み干す猛。

 なるようになれ! やっつけろッ!
 ───グビリ、グビリ……。

 ゆっくりと喉を嚥下している得体の知れない液体。

 喉を通過して、腹に───……。

 そして、次の瞬間!


「うッ!!」


 小さく呻きを漏らす猛。
「た、猛!?」
 その様子に、ナナミが慌てて駆け寄り、それを見ていた騎士団が殺気を急速に膨らませた───……!!

(な、なんだこれ───?!)

 猛の身体はあの水を飲んだ途端にカッ! と熱くなり、フワリと小さな光の粒子が周囲から立ち昇る。

 キラキラキラ……。

(光って、る───?)

 その姿は一種荘厳であり───猛は一時的にではあるが万能感すら得ていた。

「ど、どうなってんだ───体が……!」
「た、たたた、猛ッ?! タケルぅぅう! 吐いて! すぐ吐いてぇ!」

 猛の異常な様子にナナミが取り乱し、その背中に縋りつく。

 吐き出せと背中をさする──────。

 でも、違うんだナナミ。
 こ、これは───……。

「な、なんだ。なんなんだ、これ──……力が」

 力が漲る。
 力が溢れる。

 力が迸る!!


「な……! ば、バカな!!」

 猛の様子は、騎士団をして意外だったのだろう。
 あの隊長ですら、槍をカラ~ンと手から零して茫然としている。

「み、見ろ! あれは……あの光は!」
「嘘だろ……。強いとは思っていたが、まさか、『能力の全体向上』だと──────こ、これは、」

「ま、間違いない───勇者だ」

 そうだ!
 ドラゴンを倒したあの力は本物だった!

 彼は本物の勇者!

 ま、まさしく、

「「「───ゆ、勇者の力だ!!」」」

 溢れる光はすぐに治まったものの、猛は未だに薄い光の膜に包まれていた。

「ゆ、勇者殿の御前だ!」
「ひ、ひひひ、膝まづけ! 全員だ! はやく!!」

 それを見た騎士の一人は慄き、槍を取り落とす。
 幾人かは、慌てて片膝をつき首を垂れる。

 そして、あの隊長も茫然として猛を見ている…………。

 輝く少年と騎士団。
 それは一種の一枚絵のよう───。



 美しい光景…………。なのだが、



「───だ、大丈夫、猛!? は、早く吐き出して! 早くぅぅう!!」

 空気なんて読んだことのないナナミ。
 背中をさすっているだけでは(らち)があかないと思ったのか、ついには……。

「ほら、早くぅ!!」

 バンバンバン!!

 痛い痛い! 背中叩かないでって!

「吐ーけ! 吐ーけ!」

 バンバン!! 背中を叩いて、吐け吐けと強要。
 なんというか、もう全く空気を読まないナナミさん。
 しまいには猛の背後から取り付き、ガックンガックン! と体を揺さぶので、それが故に本当に吐きそう。

「ちょ、やめ! やめッ、おぇ……! やめてナナミ───おっぷ」

 やべ、マジで吐きそう。

 ───おろろろろろろろ……!!

 ナナミのそれをやんわり解きほどくと、
「だ、大丈夫だから。おろろ……! 大丈夫うっぷ!」

 問題ない。
 問題ないよ……!

 むしろ、お前のせいで吐きそう───。
 っていうか、吐く!

 おえええええ!!
 
「ほ、ホントに?! ホントに?! 不味かったら、ペッって出しちゃっていいんだよ?!」

 いや、子供に酒好きが珍味食わせたみたいな反応するなや。

 なんだよ、「不味かったら、ペッ」って……。
 聖水に失礼じゃおまへんか?
 ウップ……!

 ギャイのギャイのと漫才を繰り返している猛たちを尻目に、騎士団の反応は様々だ。

 すでに槍を向ける者はおらず、むしろ猛たちを称えるような空気すら感じさせる。

「や、ややや、やっぱり俺の目には狂いはなかった!」
「ど、ドラゴンを単騎で倒したんだ、ほ、本物さ!」
「図が高い! 図が高いぞお前ら! た、隊長も早くッ」

 そして、その隊長はと言えば───。

「ま、間違いない……。この反応はやはり───」

 勇者……!!

「伝説の勇者の降臨なのか───……?」

 そのまま全員が槍の穂先を天に向けると、


 し、
「───失礼しました!!」


 ガシャンッ!!

 と、レガースの音を激しく響かせて隊長が膝をつく。
 そして、フェイスガードをあげ───。

「よ、よもや、教会の予言通りでありました……」

 はっ? よ、予言?
 いや、つーかアンタ……。

「───ついに。ついに降臨なさったのですな! 『勇者』様!!」

 見上げるその顔───。
 さっきまでと態度が全然違う。
 180度方向転換したかと思うと、キラッキラと目を輝かせちゃって、まぁ……。

 そんでもって、この隊長さんと来たら、ほれ。

「あ、女の人だぁ」

 うむ。

「───お、女騎士……」



 指揮官らしき人物は、異世界と言えばのアレ───まんまの女騎士(・・・)だった。