『ぐ……ぐぉ……』

 エルメスは瀕死の重傷を負っていた。
 あと少しで勇者を───それでなくとも、せめてメイベルくらいなら仕留められると思っていたのにこのざまだ。

『あのクソガキ……! 無茶苦茶に犯してから食ってやる!!』

 バサッバサッ!!

 穴だらけの羽根を何とか動かし、前へ前へ。
 その先にいるはずだ──────…………いた!!


 わーわーわー!
 ぐぉぉおおお!


 大人数が蠢く気配と、喧しい怪異の叫び声。
 そして、ゴブリンどもの体臭が上空にまで漂ってくる。

『ぐははは! いた! いたぞ!!』

 そのまま上空をホバリングすると敵意のないことを示しつつ、軍団の中ほどに降り立つとオーガやオークに囲まれた移動司令部に向かった。

『おぉ、これはエルメス様!?』

 オークタイプの魔人が慌てて出迎える。
 その様子からエルメスの方がはるかに地位が高いと分かるが、周囲の魔物は戸惑っている様子だ。

『ぐぐぐ……。ぬかったわ───おい、術士だ! 回復術士を呼べッ』
『は! 今すぐ───おい!!』

 オークタイプの魔人はこの軍団を率いるオークキングだという。
 ゴブリンが7000にオークが2000。その他雑多な魔物が諸々で1000程。

 ほとんどが荷物を持った輜重兵でもあるが、武装はしているので十分軍団として機能できる戦力だ。

 これなら戦えるか? と皮算用をしているエルメスの下に回復術士が到達し、傷を見るなり回復魔法を唱え始めた。
 見る見るうちに塞がっていく傷口。
 しかし、その生々しい穴を見るにつれてフツフツと怒りがわいてくる。

『ぐるるるる……あのガキぃぃ。次はこうはいかんぞ!! おい、兵を貸せ、1000程でいい!』
『は? し、しかし、今は行軍中でして……? それに兵を割くなど聞いておりませんぞ?!』

 さすがにオークキングは難色を示す。
 いきなり表れて、一部とはいえ軍の指揮権と兵を寄越せというのだ。
 そんな無法が「はい、どうぞ」とまかり通るわけがない。

 だが、エルメスとて引き下がらない。

『ええい、いいから兵を貸せ───』

 今も脳裏に蘇るあの音───ズダダダダダダダダダ……! という激しい破裂音と耳をつんざく擦過音が不気味に鳴り響く。
 あれを……。
 あの恐怖を塗りつぶすにはあの少女を倒すしかない!

 それもこのうえなく残虐な方法で、グッチャグチャに!!

 ブルリ……!
 エルメスが身を震わせたとき、それは聞こえた。

『な、なんだあれは?』
『砂……埃??』
『あっちに軍団はいたか?』

 なに?

 エルメスもオークキングも軍全体のざわめきに気付いて顔上げる。
 そして、兵らの頭ごなしに騒ぎに元を見ようとして──────……ブワリッ!! とエルメスは全身の毛穴が広がる気配を感じた!

 そう───……視線の先、
 砂埃の下にあの少女がいた。

 奇妙な荷車に乗った少女がその上に仁王立ちをして不適に笑っている。

 その上で笑っている!!


 あぁ、畜生来やがった!!


 あの破壊の権化が来やがった!

『…………だ』
『は? 何かいいましたか?───いえ、それより妙な連中ですな。まさかあの人数で我が軍に突っ込んでくるとも思え真似んが───』

『方向転換だ!! 今すぐ迎撃態勢をとれ───』
『な、なにを言っているんですか?! これほどの軍団、そう簡単に方向転換ができるわけが、』

『四の五の言わずに迎撃準備を───』




 ひゅるる────────……。

 ズドォォォオォオオオン!!!




『『『ぎゃあああああああああ!!』』』 



 エルメスの警告が終わらぬうちにそれは始まった。
 遠距離から飛来した何か(・・)が爆発。

 大軍勢のど真ん中に命中し、多数の兵を薙ぎ倒した。被害は甚大だ!




『な、なななななな……』

 驚愕しているオークキングを差し置いて、エルメスは叫んだ!
 治療術士をかなぐり捨てるように放り出すと、力の限り!!




『敵襲ぅぅぅぅぅぅううううううううう!!!』