「いや、そうだけど、それは───」

 女騎士のお約束なだけであって───って、ナナミに言っても分からないか!

「それより!」
「お、おう!」

 切りかかってきた騎士を半身で躱す猛。

 その腹に強烈のボディーブローを叩き込み意識を奪うと、そのまま、騎士と吹っ飛ばして後続を巻き込みつつ、刀を返して峰打ちの姿勢!

「うらぁ!」

 ガン、ガン! と一撃ごとに騎士たちの兜を腕力で叩き伏せ強引にねじ伏せる。
 あっという間に3人を制圧してしまった猛。

 殺してしまっていないか心配になり兜を取って顔色を確認しようとすると、
「猛! 後ぉ!」

 な?!

『よくもやってくれたなぁぁああああ!!』

 グワッ!! と、羽根音も猛々しく、全身を青黒い肌に変色させ、蝙蝠のような羽根を生やしたエルメスが猛を背後から強襲した。

「ちぃ!!」

 その一撃を転がって躱す猛。
 そして、起き上がりざまに一閃ッ!!

『ぎゃああ!』

 奇襲したと思ったところを反撃され、エルメスにとっては予想外の一撃を受ける。

 胸から青黒い血を吹き出し、墜落。ゴロゴロと転がり絶叫をあげる。

『ぐわぁあああああ!! 貴様ぁぁああああ!!』

 ビリビリと震える空気から、オーガチーフよりも遥かに上位の個体だと理解できた。
 だけど、

「ナナミ!!」
「うん!!」

 そうだ。
 さっきとは違う!!

 今の猛の隣には最高の幼馴染がいる。

 ヘルメットから覗く顔は美しく愛らしく、
 伸びた髪が風と遠心力に揺られて汗と共に舞い散るその姿!!

「頭は私は抑える! 猛は接近戦で仕留めて」
「おうよ!!」

 体制を立て直して、空に飛び上がろうとするエルメス。
 立体的な動きを取られればm地上を這うしかできない人間には厄介極まりない敵だろう。
 
 だが、

 ズダダダダダダダダダダダ!!
 ズダダダダダダダダダダダン!!

 ナナミが腰だめに構えたAK47の射線を高く、ワザと曳光弾をしようして威嚇射撃をして見せる。

 フルオートのAKに、空飛ぶ敵への命中段など望むべくもないが、牽制射撃なら必要十分!

『な、なんだ──────ぐぉ?!』

 飛び上がろうとしたエルメスは頭上を掠めていく火箭の迸りに首を竦めてしまった。
 そして、その隙を見逃す猛ではないッ!

「そこぉぉお!!」

 オリハルコンの大剣を拾い一気呵成に吶喊ッッ!!

 目にもとまらぬ瞬足踏み込み───オーガチーフのと行く技であった縮地を発動し、一気に踏み込む。

『きさ───』
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 オリハルコンの大剣がナナミの射撃するAK47の照り返しを受けてギラギラと輝く!

「ひ、光の剣……」

 それを見て、メイベルが茫然と呟いた。
 伝説伝説だとは聞いていたが、何度もこんな光景を目の当たりにして胸が躍らぬはずがない。

 大賢者と勇者。
 その二人が異世界より降臨し、魔王軍に立った二人で挑んでいくのだ。

 そして、魔人を──────……。



『舐めるなぁぁあああ!』



 ガィン!!

「くッ」
「猛?!」

 大剣に胸を貫かれるかの見えたエルメスであったが、ここで魔人としての矜持を見せた。
 人間離れした膂力と反射神経───そして、硬さ!!

 側面からとはいえ、オリハルコンの大剣をつかみ取るとすんでのところで危うい一撃を止める。
 そして、素手で猛と鍔迫り合いを始めた。

「ぐくく……」
『ぬぅぅぅう』


 ギリギリギリ…………!


『くっくっく……。勇者の力とはこの程度か? ぐははは、勝った!』

 勝ち誇るエルメス。
 たしかに奴の言う通り、猛の剣が少しずつ押し返されていく。
 ギリギリとギリギリと……そして、徐々に徐々に猛の体が軋み音をあげる──────が、
「ばーか。俺一人で戦ってると思ったのか? へへ」
『なに──────ハッ!』

 エルメスが気付いた時はもう遅い。
 あの少女がエルメスに向けて魔法の杖を構えている。

『ぬ、ぬかった!! だが、』

 ───まだまだぁぁああ!

『フンッ!!』

 エルメスは少々無理を押して猛を弾き飛ばす。
 その際に、拘束が外れ、薄く皮膚を切り裂かれてしまったがナナミの攻撃をまともに受けるよりましだと思ったのだろう。
 そして、返す刀で障壁を張るッ!

魔法障壁(プロテクション)!!』

 バチバチバチッ!

 目の前に透明な何かが現れ猛を通過する。
 それは物理である猛には作用しなかったらしく、何の引っ掛かりもなくスルリと抜け出て、そのまま地面に弾き飛ばされてしまった。

「がッ!」
『ははは! 魔法使いなんぞ俺の敵ではない───』

 酔ってみろとばかりに吼えるエルメスだったが、ナナミはあくまでも冷静沈着。
 地面にたたきつけられた猛を横目にチラリとだけ確認し、奥歯をかみしめただけ…………。

「猛に何してんのよぉぉぉおおおお!!」

 あ、違った。
 結構怒ってらっしゃいました。

 やにわに立ち上がると狙撃姿勢をかなぐり捨て「うおおおおおおお!」とか叫びながらエルメスに向かって突撃射撃を慣行するナナミ。

 アンタ、どこのラ〇〇ーやねん!!

『何?! 正面からだと!! 小癪な───この障壁がそう易々と……あばばばばばばばば』

 ビシュンビシュンビシュン!! と空気を切り裂く音と共にエルメスの肉がこそぎ落とされていく。

『うぎゃぁぁああああああああ!!』

 魔法を防ぐ(・・・・・)という「魔法障壁」はAK-47の放つ7・62×39mm弾を全く防ぐことができず意味をなさなかった。
 そして、その当然の帰結としてエルメスはナナミに至近距離からバンバンバンと撃ちまくられる羽目になる。

『あぎゃあああ!! や、やめ、あぎゃあああああああ!!』
「あああああああああああああああああああ!!」


 ズダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダン!!

 
 そして弾が切れたかと思うや、スリングに委託してAK-47を手放すと、スパァ! と腰から二挺のトカレフを引き抜くと二手に構えて連射連射連射!!

 パンパンパンパパパパパパパパパパンン!

 頭に血が登っているせいか狙いは雑で目立つ腹やら胸に集中していた。
 そして、フーフーと荒い息をつくと、
「ま、まだまだぁ……」

 ふーふー。

 トカレフの弾倉を捨て、一丁だけにに再装填───そして、今度こそゆっくりと構えて、エルメスの眉間にそれを突きつける。

『や、やめ…………!』

「やめないッ!」
「ナナミ! よせ!」

 だめだ、そんな殺し方───……。
(お前はそんな子じゃないだろう?!)

 だが、猛の逡巡をよそにナナミは躊躇いを見せない。
 いつか見せたあの歴戦の兵士のような冷たい目をしている。

 少なくとも、猛が大好きなあのホワホワした幼馴染の目じゃない……!

「猛に手をぉぉぉおおお!」

 容赦のない一撃を放つナナミ。
 コイツを殺す、と怒りの一撃を──────。

 そこに、

『ごるぁぁぁああああ!!』
『舐めるなぁぁあ!』
『うがぁぁぁああ!』

 な?!

「ちッ……!」

 ナナミはすぐに反応して見せる。
 そして、狙いを変えると、突っ込んできたエルメス配下の騎士───いや、魔人3体に向け銃を乱射。

 やはり配下の騎士も魔人だったらしい。
 そして、隙を狙って擬態を解き、ナナミに襲い掛かってきた。

「く……再装填(リロード)ッ。猛援護を」
「え、あ、……おう!!」

 パンパンパン! と火を噴くトカレフに恐れをなしたのか魔人が足を止める。

 だが、
 そのために一瞬とはいえ、ナナミ達はエルメスから気を逸らしてしまった。
 
 ───そこを狙っていた。
 魔人は……エルメスはその瞬間を狙っていた。

 だから、
『───ははははは! よくやったお前ら! そのまま足止めしてろ』

 バサリと皮膜を膨らませると一気に上昇するエルメス。
 しまったとばかりにナナミがトカレフを上空に向けて撃つがあっという間に弾が切れる。

 そもそも拳銃弾で対空射撃は無理だ。

「あぁ、もう邪魔ッ!」

 ナナミは再装填を諦めると、銃剣を素早く着剣。
 そして、白兵戦上等とばかりに魔人化した騎士に突撃する。

『んな?!』
『向こうから来ただと?!』 
『怯むな───魔法使いなんぞ近接戦闘では……』

 ズンッッッ───。

『ブフ……』

 ナナミの刺突が魔人を貫く。
 彼女を侮っていたのか、魔人たちは擬態を解いた時には既になっていたのだ。

 それが故に、AK47の着剣時のリーチを見誤っていた。
 さらにナナミの近接戦能力の高さをも!

「猛、早く援護! 全部同時に相手をするのは無理!」
「わ、わかった!!──────このぉ!」

 慌てて飛び起きると、オリハルコンの大剣を手に魔人の一体につきかかる。
 そして、薙ぎ払おうとするも、なんと一撃を逸らされてしまった───!

「く! ただの雑魚じゃない!」
『舐めるな、ガキが!』

 青黒い肌をした魔人が二体、猛を取り囲む。
 そして、戦後に別れて包囲を───「させん!!」

 ギャァァン!!

「メイベルさん?!」
「ふ……お前たちだけに任せておけるものかよ───それにコイツ等は、」

『おやおや、隊長』
『ぐひひ、無理すんなって───』

 いかにも舐めたような目つきでメイベルを見る魔人ども。
 奴らは同じ鴨で飯を食ったこともあるであろうメイベルに対しても嘲りの目しか向けることはなかった。

「ふ……。笑止───貴様らが稽古で今まで私に勝ったことがあるか?」

 メイベルは周囲に散乱する死体から剣を蹴り上げる。
 一本は騎士たちが使っていた剣。

 そしてもう一手にはオーガの使っていた剣をまるで大剣使いのように構えて見せる。

「御託を並べていないでかかってこい。私が部下だったお前らに引導をくれてやる!」 

『なにを!?』
『こいつ!!』

 激高する二人の魔人。
 そして、ナナミと激戦を繰り広げているもう一体。

「た、猛! 援護!」
「く!……メイベルさん、すみません!」

 本来なら3対3で戦うべきなのだろう。
 それほどに魔人は強い。
 だが、一時的にでもここはメイベルに頼らなければナナミが危ない!

「た、猛ぅぅう!!」
『こ、の、がき……』

 ゴフゴフと血を流す魔人。
 侮ったがゆえにくらった一撃はかなりの深手だったようだ。

 だが、それでも膂力に劣るナナミを強引い責め立てている。

 ナナミもなんとか凌いでいるが、彼女は銃を使った戦いを主体とする───兵士だ!

 それでも、銃を使った兵士が近接戦闘ができないわけじゃない。
 ナナミは不慣れながらもAK-47を使って近接戦闘を繰り広げる。

「ふ! はっ!!」
『ぐぬ?! ごぁ!』

 猛が乱入するまでの数瞬の間に、息をつかせぬ攻撃のラッシュラッシュラッシュ!!

 ナナミは踏み込み、銃剣を振り上げ素早く振り遅る「斬打撃」!!
 その一撃で皮膚を割いたかと思うと、すばらく銃を返して顔の横までスイッチさせると銃床を魔人に向けて勢いよく突き出した。

「たりゃぁぁああ!」

 その「銃床打撃」が魔人の顔を打ち、怯ませた好きに更に斬打撃───そして、流れるようにに肘打ちの形での「床尾板打撃」ッッ!!

『ぐあぁあ!! このぉ!!』
「よし、ナナミあとは任せろッッ!」

「了解、猛ぅぅう、私はアイツを───」

 サッと魔人とナナミの間に割って入ったというのに、ナナミはそれを知っていたかのようにするりと位置を入れ替えると、
「───撃ち落とすッ!」

 ジャコ!! と、手早く弾倉を交換。
 ベストのポケットから30発入りバナナ弾倉を抜き取ると、弾倉受けに叩き込み、コッキングレバーを引く。

 ス───シャキンッッ!!

『ぐぬ…………。やはり、我が部下どもでは無理か───ん?』

 逃げればいいものを、形勢を確認したくて空に滞空していたエルメス。
 眼下の戦闘では今まさに一体が勇者に斬り殺され、残る二人もメイベルに圧倒されている。

 そして、

『あの少女はどこに──────あ』

 キランッ!

 と眼下で何かが輝いたかと思ったその瞬間ッ!!




 ズダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッダダン!!



 ビュンビュンビュン!!

『ひぃ?!』

 赤い火箭の迸りが空を薙ぐ!

 それがエルメスの感覚では永遠にも等しい時間、耳元を掠めていくのだ。

 実際にはたったの30発──────それでも、7.62mmは数百メートルは空を穿つことができる!

『く、この!──────ぐぁ!!』

 そして、ついに命中弾!!
 空に青黒い血が舞い散る───。

「ヒット!」

 あとは連続、連続!!
 ナナミは命中段が出ると見るや否や、姿勢を安定させ射線を集中させる。

 すぅぅぅう…………ふぅっ!!

「堕ちろぉぉぉぉおおおおお!!」
 
 ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンッ!!
 
『ぐぁぁああああ!』

 カキンッ!

「弾切れ───もうぅぅぅう!!」

 プンプンと怒りをあらわにするナナミ。
 なんとか追撃しようと弾倉を交換しているがさすがにこれは間に合わないだろう。

 恐ろしいくらいにタフな魔人は、数発の弾丸では死なないらしい。

『ぐっぁあああ……お、覚えていろッ!! すぐにでもグチャグチャに引き潰してくれるわ! ぐわはははははははは!』

 無理をしているのが丸わかりの高笑いして飛び去って行くエルメス。

「く! 不覚…………」

 ガクリと膝をつくメイベル。
 その傍らには討ち取った魔人が二体。

「に、逃げられた?」
「まずい……あっちには奴らの言う本隊があるはずだ」

 飛び去って行く方角は敵の本隊がいるという場所のようだ。
 そして、言葉通りに引き潰してやるとばかりに、すぐに主力を率いて戻ってくるに違いない。

「ど、どうしましょう……?! い、一万はいるって話ですけど───」

 エルメスの話が本当なら、魔王軍の主力は一万を超える大群。
 それも、砦を陥落せしめた精鋭だという話───。

「く。さすがにその数ではどうしようもない……。ここは退くぞッ! そして、一刻も早く本国に連絡するのだ!」

 ヨロヨロと起き上がるメイベル。
 拾った剣を杖代わりに立ち上がるが満身創痍では立って歩くのもやっとで、とても逃げ切れるとは思えない。

 それに───……。

「お、俺たちが逃げれば、この先の村や町はどうなるんですか?」
「そ、それは……」

 メイベルが唇をかむ。
 彼女とて悔しいのだ。

 逃げることで失われる命があるということに───……。

 だが、何もできない。
 例え勇敢に立ち向かったとしても勝ち目などないのだ。

 戦力差とはそれほどに絶望的なものだった。

「わ、私とて……。ぐぅぅ……!!!」

 ギリギリと剣を握りしめるメイベル。
 その手が力の込め過ぎで真っ白になる。

「メイベルさん…………」

 猛にもメイベルの苦しみの一端が分かった気がして胸が痛む。
 まだこの世界に人との交流はほとんどないとは言え、メイベルのような高潔な人物もいれば死んでしまった騎士たちの中にもいい人はいた。

 そして、その家族が今まさに蹂躙されようとしている。
 それはここからメイベル達が逃亡すれば必ず起きる出来事だ。

 エルメスは部隊を率いて戻るかもしれないが、それとて一瞬のこと。
 メイベルが残っていれば蹂躙し、
 いないならいないで当初の予定通り侵攻を開始する。

「くそ!」
「どうすれば───……」

 頭を抱えるメイベルと何かできないかと空を仰ぐ猛。

 そこに、
「ん~? どうしたの」

 随分暢気そうな声のナナミ。
 その声に気持ちを逆なでられたのかメイベルはキッと表情を引き締めナナミを睨む。

「どうしたか、だと? そんなことも理解できないのか?」
「うん……できなよぉ? 何を「うんうん」唸ってるのかサッパリ理解できない」

 と、いっそ挑発するかのようにニッコリと笑うナナミ。

「ちょ、ナナミぃ!」

 いつものようにポヤポヤとした雰囲気を醸し出したナナミはニッコリとと笑いつつも──────目が全く笑っていなかった。

「猛は何をしているの? 早く行こうよ」
「は?」

 ナナミ?

「メイベルさんはどうする? 行くなら一緒に行く? 私ね、」
「え? な、ナナミどの?」

 コイツは何を言っているんだ?

「───私ね、すっごく腹が立ってるの……」

 ニコォとほほ笑むナナミ。
 その笑顔は花のように美しいというのに、その背後には般若のごとき影が見えた……。

「だから、行こ? ね?」

 そう言って手を差し出すナナミ。
 そして、その背後にはいつの間にか──────……。


「い、行くってどこに?」
「そ、それにその後ろのデカいのはなんだ。なんなんだナナミ殿!」

 ポカーンとした猛とメイベルを他所にナナミは一段高い位置に乗ると二人に手を差し伸べた。

「決まってるじゃん! 敗走した敵を追撃するのは軍事の基本だよ? 戦果の拡張───……勝利の確定ッ! つまりは、」

 すぅぅ……。

「追撃戦だよ!」

 ニッコリ。

 良い笑顔をしているナナミを見て猛とメイベルは顔を見合わせる。

「つ」
「追撃戦?」

 逃げるんじゃなくて、敵を追う……。

 いや、そもそも。
 つ、追撃戦っていうか……。

 ドルドルドルドルドルッ。

「お、おい。ナナミ───そ、それって……」
 猛はポカンと口を開け、
 そして、メイベルは慄いた……。
「し、深緑の……化け物───?」


 ガォォオオオオオオオン!!
 ゴルゴルゴルゴルゴルゴル……ゴキキキン!!



「へ? 化け物ぉ? 違う違う、違うよぉ。これはねぇ、T-34───……ソ連軍の戦車だよぉ!!」



 戦車だよぉ……


 だよぉ……


 ぉ……