カンカンカンカンカン……!
激しく鳴り響く踏切の警笛。
そこに混じる男女の悲鳴に、地面を震わせる電車の振動が間近に迫る。
「きゃぁぁあああ!」
「うわぁぁあああ!」
キキキキキィィィィィイイイイイイイイ…………!!!
ガリガリガリッ!
凄まじい質量がブレーキをかける音。
線路上に火花が飛び散り、数十トンの鉄の塊が急制動をかけていた。
日本製の優秀なブレーキは電車の巨体を止めんとするも───!!
ま、間に合わない……!!
「ナナミ!」
「猛ぅ!!」
踏切の中ほどで動けなくなった二人。そのうちの男の子が一人身を挺して少女を守らんとする!
(頼む……! 神様、仏様、なんでもいいから───)
この娘だけは───。
俺の大切な幼馴染だけは──────……!!
ガッ──────……!
身体を強かに打った衝撃が電車によるものなのか、ナナミを庇おうとして転んだ衝撃なのか、今となっては分からない。
ただ最後に見えたのは、運転手の絶望的な顔。
そして、暗転する意識と、俺と───幼馴染の身体。
あぁ、ちくしょう。
こんなにあっけないなんて……。
まだやりたいこともあったし、読み残した本も、隠しておきたいエロ動画もそのままだ。
だけど、人は死ぬときは死ぬ。
こうして、俺と幼馴染のナナミはこの世を去った……。
なんてことはない。
俺たち二人は、線路上に取り残された病人を助けようとして、あろうことか二人して仲良く吹っ飛ばされてしまったというわけ。
はは……。電車止めたら補償ヤバいって聞くよな。
ゴメン。お袋、親父……。
ナナミ──────。
ゴメンよ……。
そして、俺の……。いや、俺たちの視界は真っ白に染まり、何も見えなくなった。
はずなんだけど──────。
※ ※
「猛!! 猛! 起きて、ねぇ起きてってば猛ぅぅ……」
なんだよ、うるさいなー。
「たーけーるぅ!!」
おいおい、勘弁してくれよ。
マジでうるさいなー……。ゆっくり死なせてくれよ。
「ちょっと、起きてよ! もぅー」
あー、もう!!
「───ホンっト、お前っていつもうるさいよな…………」
ボケら~っと、目を覚ました俺の目の間には、ショートカットでたれ目がちの可愛い女の子。
幼馴染の「新藤七海」が心配そうに俺の顔をのぞき込んでいた。
しかし、今気にするのは幼馴染の顔ではなく───。
「あ、やっと起きた~。よ、よかった~……もう、起きないかと思ったよ」
「いや、何言ってんの? 起きたらおかしくね? だって、電車に──────……」
……って。
「ど、」
───どこだ、ここ?
「わ、わかんない……。私も目が覚めたらここにー。猛がいてくれて良かったよぉ」
はぁ?
何言ってんのお前?
え、いや? は、はぁぁあっ?!
う、うん?!
ちょっと一旦落ち着こう。
たしか、俺たちは二人して電車に───。
「びょ、病院とか? それとも、線路脇とか? いやいやいや。おかしい。こんなとこ見たこともないぞ?」
……い、いったい───どこだここ?
見渡す限り、真っ白な空間。
上も下も右も左も、四周全てが白い……。
「う、うん……。私もそう思ったんだけど。なんか、いつの間にかここにいて」
ここって……。
───ここ?!
「ど、どこだよここ!?」
「わかんない……」
真っ白な世界。
床も天井も曖昧で、どこまでも真っ白だった。
これじゃ……まるで、死後の世界───。
『おぉ、目覚めましたか? たける、そして、ななみよ───』
…………え? だ、誰?
突如響いた声に、思わずナナミの顔を覗き込む猛。
しかし、それは首を振るナナミによって否定された。
すなわち彼女の声ではなく───。
『……すみません。名乗り遅れましたね。なんといえばいいのか……。うーむ、そうですね。───私は魂を司る存在。……あなた達の世界基準でいうところの「神」です』
は…………?
か、「神」って言った?
うっっわ……、うさんくせぇ。
『え、えぇ……。そう思われるのも仕方ありませんね。しかし、私の素性はこの際気にしないで聞いてほしいのです』
いや、そう言われても……。
っていうか、思考読まれてる?
猛が胡乱気な目をしているのもガン無視した自称神とやらが一方的に告げる。
『はい。……ここでは隠し事はできません───。あなた方は剥き出しの魂と同じなのです。こうしている間にも、魂は溶け、虚無に帰ろうとしています。つまり……もうしわけありませんが、もう時間がないのです。───今から、説明することをよく聞いてください』
「え、いや。え……?」
もう、猛たちの反応も待たずにどんどん会話を進めていく神様。
っていうか、どこにいてどこから喋ってんのよ?
『───まず最初に謝罪を。……あなた達が命を落としたのは、コチラの手違いなのです』
「あ゛?!」
何つったコイツ……?
「もうしわけありません。……本当は別の者が命を落とすはずでした。しかし、時として輪廻にはイレギュラーが発生するのです。今回のようなケースは非常に稀なのですが、まま起こりうることなのです」
いや、まれなケースで済まされちゃ堪らんぞ?!
「猛?」
「おい! どこの誰だか知らんけど───」
『落ち着いて聞いてください。混乱する気持ちはわかります。ですが……コチラにもできることには限界があるのです。すでに因果律には大きなゆがみが生じており───危うい均衡を貯めっている状態なのです。その均衡を保つためには、あなた達の魂を元に世界に返すことはできないのです」
いや。わからんッ!
「何を勝手に話を進めてるのか知らんけど、俺たちは死んだのか? なぁ?!」
『はい…………。あの世界でのあなた達の生は途切れてしましました。しかし、それは本来あり得ない話なのです。……ゆえに、あなた達はあるべき命をまっとうするためにも───別の世界で生きねばなりません』
は、はぁ?!
何を勝手に決めてんの?
っていうか、
「やっぱ、死んだのか、俺達……」
『はい……。一人であればいくらでも融通がきいたのですが、二人分の魂となると、想定外なのです───』
「えー。私のせい?」
「いや、それを言うなら……俺のせい?」
仲良く顔を見合わせる二人。
どっちもどっちで、どちらもどっちだ。
『すみません───もう時間が……! これ以上は魂が持ちませんッ!』
ちょ?!
『これだけは覚えておいてください───。今からあなた達の行く世界の文明レベルは地球よりも遥かに低い場所。そして、混沌を弄ぶ魔物が跳梁している世界です。どうか気を付けて』
いや!
いやいやいや!!
「───気をつけてっていってもね?! あれか?! これあれかぁッ?」
い、
「───異世界転生ってやつか?!」
「はぇ? 猛ぅ?……イセカイテンセイって、なに?」
ちょ、ナナミ黙ってて!
『そう解釈してもらって構いません───どうか、健やかに……! 最後に、』
さ、最後に───……?!
ちょ、ちょちょちょ……!
『───あなた達の望む力を差し上げます。これが今できる精一杯です! どうか、あなた達の想いの力を武器に───心に強く願った力を授けましょう。……どうか』
どうか、健やかに───!!
「ちょ?! い、一方的すぎない?」
「た、猛ぅ? か、かか、体がおかしいよ。ねぇ? なにこれ? こ、こわいよ!!」
見ればナナミの体が周囲に溶け込むように消えていく。まるで、世界に溶けていくように……!
「な、ナナミ?! って、俺もか?!」
そして、タケルも───。
「うぉ!! や、やばい!! 転生だか、転移がはじまるぞ!! やばい、やばい!」
やばいやばい!!
「テンセイ? テンイ?? なにそれ? なにそれぇ?! やだ、怖い! 怖いよぉ、猛ぅぅぅ!」
事態のつかめていないのは猛とて同じだが、ナナミのそれは次元が違うらしい。
まったく状況が読めていないのだろう。今にも泣きそうな顔で猛に救いを求めている。
ちぃ!
「猛ぅ!!」
「な、ナナミぃぃいい!」
猛は手を伸ばし、幼馴染をしっかりと掴む。
せめて、彼女だけは守ると───!!
そして、
「ナナミ! 心だ! 心に強く願え!!」
「ね、願うって……。な、なな、なにを?!」
そうだ。
あの自称神とやらは言った。
心に強く願った力を授けると……!
魔物のいる世界で健やかに生きろと───!
これは転生ボーナスってやつだ!!
───ならば決まってる!!
俺達のやるべきことはただ一つ───!!!
「聞け、ナナミ! 今から俺たちは生まれ変わるらしい……! それも、RPGの世界だ! いいか? 心して聞いてくれ───俺たちはこれからPRGみたいな世界に行くんだ。……わかるだろ? RPGだ! RPGの世界を心に浮かべて、その世界で役立ちそうな力を思い浮かべるんだ!!」
「え? あ、RPG?! え、え? えええ?!」
ナナミの姿は、もう顔だけしか残っていない。
きっと猛も同じことだろう。
だから、最後に叫ぶ!!
「おれたちはRPGの世界に行く! そこで役に立つ力を───……」
「わ、わかっ───……」
そして、ナナミの姿が完全に消え、同時に猛の姿も消えた……。
あの自称神の声すらも───。
彼らが消えたあとには、この白い世界だけが残されて───もはや誰もいない。
そう、誰もいない……。