そんなエレナの腕を引き寄せて王子がささやく。

「君たちの婚姻はクラクスが生まれる前から結ばれていたものだよ」

 エレナが生まれたときからの契約だと聞かされていたから、歳の差を考えればそうなることは理解できる。

「もし、クラクスが生まれなかったら、契約は不成立で、君も今日ここにはいなかったというわけさ」

「そうだったのですか」

「世継ぎの王子は僕一人でいいからね。他の弟たちはみな家臣に婿入りさせて世継ぎの兄を支えるってわけさ。それが貴族社会の仕組みっていうものだよ」

 得意げに語る王子の説明がエレナに重くのしかかる。

 クラクス王子と結婚しても、王家の一員になれるわけではなく、これまでの田舎暮らしは変わらないのだ。

 しかも、あんな歳の離れた子供とでは、まともな恋愛を経験することもなく、自分だけが先に年老いていくことになるだろう。

 急に体が震え出す。

 そんなのは嫌だ。

 相手がカエルじゃなければいいなんて甘く考えていたけど、これじゃあ、カエル以下かもしれない。

 いくら貴族社会のしきたりだからって、こんなのはあんまりだ。

 お父様も、どうしてちゃんと話してくださらなかったのだろうか。

 それはもちろん、もう何年も前から病の床にあって話す機会がなかったのだろうし、聞かされていたところで、断れる立場でもない。

 父を責めてはいけないことは分かっていた。

 でも、だからといって、納得できるわけではない。

 嫌よ、こんなの嫌よ。

 逃げ出してしまいたい。

 無理だということも分かっている。

 分かっていることばかりなのに、どれ一つとして、受け入れることなんてできない。

 エレナは叫び出しそうになる衝動を必死にこらえた。

 脚がもつれそうになって思わず立ち止まってしまった。

 とたんに他のカップルとぶつかってしまう。

「おっと失礼」と、王子が舞踏の輪から外れてエレナを窓際へといざなう。「大丈夫かい?」

「え、ええ、すみません。なんだか疲れてしまったようで」

「少し休めるところへ行こうか」

 王子の優しい言葉にもかろうじてうなずき返すのが精一杯だった。

 ここから連れ出してくれるなら、どこでもいい。

 この現実から目を背けることのできる場所へ連れていってほしい。

 だが、相手はエレナの意図を勘違いをしているようだった。

 次に聞こえてきたのは耳を疑うような言葉だった。

「僕がたっぷりかわいがってあげるからさ」

 かわいがる?

 王子は当然といった表情で続ける。

「二人っきりで、楽しみたいんだろう?」

 王子の顔が急に下品な色をおびる。

「王宮で暮らして僕の愛人になればいいんだ。領地の経営はクラクスの家来に任せて、君はここにいればいい。どうせあんなガキじゃ、君を満足させられないんだし。僕が手取り足取りじっくりと君に快楽を教えてあげるよ。僕色に染めてあげるさ」

 はあ?

 何言ってんの、この人。

 最初から不倫前提の結婚なんて。

 何が『僕色』よ。

 腹黒王子のくせに。

 イカスミの食べ過ぎじゃないの!?