***
 屋上への階段を上りながら私は願っていた。君が扉の向こうで待っていることを。もう、世界最後の日にして私の未来を見る力は完全になくなってしまっていた。
 今までは結果が全てわかってしまっていたから、これから起こることへの期待や緊張なんてものはしなかったのに、今ものすごく緊張している。

 階段を上り切り、錆びついた屋上の扉の取っ手に手をかけて止まった。扉の向こうに君が待っているかは見ることができない。もし、君がいなかったらと考えてしまい手が震え、心臓が跳ねあがった。
 何で最後の最後でこんなこと考えてしまうの。そんなことは絶対にないのに。未来が見えないことってこんなに怖かったんだ。でも、あのとき初めて君と会ったときのように待っていてくれることを信じている。

 ずっと怖かった。物心ついたときから私には未来が見えていた。そして、いつ私が死んでしまうことも知ってしまっていた。死ぬことの意味を知ったとき、私は毎晩ベッドの上でずっと泣いていた。大きくなって泣いてしまうことはなくなったけれど、教室で授業を受けているときも、友達と談笑しながらの学校の帰り道でも常に死ぬことのイメージが頭から離れることはなかった。

 そんな日々にうんざりしていたから私はあの日、世界に終わらせられる前に自分から終わらせようとした。
 そしたら屋上に君がいた。そのとき、私にはもう一つ未来が見えた。微かにだけど、世界が終わる瞬間に君が私の隣に居る未来を。
 最初は何で君なんかと一緒なんだろうって疑ったよ。クラスは違っていたけど、君の悪い噂は聞いていた。成績は最悪、先生にも盾突いて、当たり前のように授業をサボるような不良生徒。私なんかが絶対に関わるような存在とは思わなかった。
 それでも。もしかしたら。何ではわからないけど、君と一緒ならこの「死」にまみれた日常が変わるかもしれないって思えた。だから、あのとき私は目一杯の勇気を出して君に声をかけた。
 余裕そうに振る舞っていたけど、本当はものすごく緊張していたんだからね。そこから君との日々が始まった。

 君と過ごしてわかったことは、やっぱり君は噂通りの不良だったこと。思ったより煽り耐性が低いこと。あと意外と優しいってこと。そして、君は君らしかった。君はこの世界に染まろうとしなかった。今は何で君が最期のときに私の隣に居てくれる理由がわかったよ。

 私、ずっと君に救われていたの。だから私が今日、君に真っ先に伝える言葉は決まっているよ。

 今から行くね。飛鳥くん。
***


「飛鳥くん。ありがとう!」
「うおっ!いきなり抱き着いてきてどうした?」
「ごめんね。何でもないの!ていうか、今日来るの早くない?」
「まあな。今日ぐらいは俺が先に着いていようと思ってな」
「最後の最後で君の方が早いなんてなんか悔しいね」
「そんなところで対抗心燃やすなよ」
「まあね。君には全てで勝っていたいからさ」
「最後まで相変わらずだな。そんな美咲は最後の日はどんな気分だ?」
「うーん。まあまあかな。飛鳥くんは?」
「俺もそんな感じだな」
「うわー。つまらない回答!」
「お前も似たような回答じゃねえか」
「私はいいんだよ。そんなこと言うから飛鳥くんは私以外からはモテないんだよ」
「最後までお前は煽りまくるな」
「まあ、その方が私たちらしくていいじゃない」
「ものは言いようだな」
「てか、最後の最後にこんな話してていいの?何かない?」
「無茶ぶりだな。おい。ああー。そうだな。とりあえず、俺も美咲に感謝するわ。ありがとう」
「ベタだねえ。嬉しいけど。じゃあ、私からももう一回、ありがとう。最後にだけどさ、自分の人生はどうだった?」
「うーん。結構クソな人生だったけど、意味はあったんじゃないかとは思ったよ」
「へー。奇遇だね。私もそんな風に最近思えてきたの。もしかして、その『意味』って一緒だったりして」
「試してみるか?」

 そう俺が聞くと美咲は満面の笑みで「うん!」と頷いた。そして二人で呼吸を合わせて言う。

「せーのっ…」