終わりの日まで残り三日。今日、俺は夢を見ていた。九月一日に世界が終わらずに日常が続いてく夢だった。
 三年生になって大学進学を目指して、忠之に勉強でわからないところを教えてもらって、夜中まで勉強する俺に秋穂が夜食のおにぎりを握ってくれたり、岡ちゃんに進路について相談したり、成績でからかってくる美咲に少しは良くなった模試の成績表を自慢したりしていた。
 大学に入ってからも、忠之とゲーセンに行ったり、本を貸し借りしたり、授業をサボって美咲とライブに行った。
 二十歳になったときは岡ちゃんと居酒屋で酒を酌み交わした。就活が始まって思うようにいかない日は秋穂は何も言わずに俺に肩を叩いてくれた。

 目を覚まして起き上がったとき、涙が流れていることに気づいた。幻だったんだ。多分、この夢が現実だったら俺は自分の人生を特別でなく普通なものだと決めつけていたに違いない。でも、それが幻と知った今はこの普通な人生が喉から手が出るほど欲しいものだった。何で死ぬ前にこんな夢なんか見るのだろうか。

 朝食を食べて身支度を終えると俺は散歩に出た。死ぬことへの恐怖は結局最後まで拭いきれないことがわかった。散歩をする日はここ最近はずっと晴れていた。だから、思い思いにぶらぶらするのには丁度良かった。学校前や商店街を通り、いつの間にか駅に着いていた。
 少し遠くまで行こうと思い、駅に入った。交通系ICカードを持って来てはいなかったけれど、財布はあったので適当に一番高い切符を買った。改札に入ると丁度、電車到着のアナウンスが流れた。ホームに向かいそのアナウンスの電車に乗った。どこ行きの電車かは聞き逃してしまってわからない。ただ、ここではないどこかに行きたいと思っていた。
 何も考えず座席に座って車窓をボーっと眺めていた。住宅街、そして都心に近づていくと高層ビル。変わり映えのしない車窓も長い間ずっと眺めていると、いつの間にか家もビルも少なくなってきていた。そして、海が見えた。

 別に海に行きたいと思ったわけではない。かといって、海が特別好きというわけでもない。テレビ番組で観光地として取り上げらていたような気がする海が有名な駅で俺は降りた。
 改札を抜けると、知らない街をただ潮風の香りだけを頼りに歩き出した。歩いていると、潮の香りが強くなり、波の音もよく聞こえるようになってきた。しばらくずっと歩いているとリゾート地のような場所に出た。南国にあるような薄橙の瓦のような屋根に真っ白な外壁の建物が建ち並び、大通りにはとても高いヤシの木がいくつも生えていた。

 そんな街を横目に浜辺へと向かった。浜辺は多くの海水浴客でたくさんだった。子供も大人もみんなこの南国のような場所と時間を夢中で楽しんでいるからリゾート地に不似合いな恰好をしている俺にはみんな目もくれなかった。
 普通のスニーカーで来たから砂に足を取られて歩きにくかった。スニーカーと靴下を脱いだ。浜の砂は素足には蒸し焼くように熱かった。さっさとこんなバカなことなんかやめて、足についた砂を払い、靴下とスニーカーを履けばいいのに、そのまま打ち寄せる波の方へと歩いた。海水に濡れた砂の上で立っていると波が打ち寄せて、ひんやりとした冷たい海に足が浸かった。そして、波が引いてくと少しだけ熱の残った砂が足をまた焼いていく。そんな冷たさと熱さの境目に俺は自然と座り込んで、水平線の向こう側を何かを見つけるようにじっと眺めていた。
 そのとき波は強く打ちつけてきて全身がびしゃびしゃに、そして砂まみれになってしまった。「やっちまった」と呟き、立ち上がると小さく笑い声が出ていた。

 浜辺から戻り。ふらふら歩いていると、また南国のリゾート地のような場所に来ていた。海水と砂まみれの俺はひどく目立っていた。すれ違う人は大体二度見をしていた。不思議と恥ずかしいとは思わなかった。
 高いヤシの木と低いヤシの木が交互に並ぶ通りを歩いていると涼しい潮風が気持ち良かった。ヤシの葉がずっと風で揺れていた。風が止んでも何度でもその葉音を頭の中でリフレインできるように耳を立てながら、駅へと歩いて行った。