何時間も話しているとお互いに眠気が出て来たのか。段々と言葉数が少なくなってきた。ふと、スマホの時計を見ると時刻は深夜一時半を過ぎていた。

「もう、寝るか?」
「うーん」

 そう聞くと、美咲は眠そうな目をこすって少しばかり考えてから「そうする」と言った。
 俺たちはお菓子のゴミや空いたペットボトルを袋にまとめ、歯を磨いて消灯した。

「おやすみ」

 と、俺たちはそう言ってベッドに寝転んだ。先ほどまでの騒がしさは消え失せ。部屋は静寂だった。俺は眠気に身を任せて目を瞑っていたが、思考が渦巻いた。今夜もだ。また、自分が死ぬことを嫌でも何度も考え込むこの瞬間。こうなっては眠れないと俺は知っている。結論のない堂々巡りが始まる。目が冴え、起き上がってしまいたくなると同時に静かに横たわったまま落ち着きたくなるような撞着した衝動に駆られる感覚。
 枕の脇に置いたスマホのライトを点け、ベッド脇に置いたリュックサックから『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』を取り出した。本を読めば作品の世界に没頭できるから気が紛れるだろう。
 スマホのライトが漏れないように布団を頭まで被り文字が読めるぐらいの照度に調節した。幸い、部屋はクーラーが効いていて布団を被っても汗をかくことはなさそうだ。しおりを挟んでいたページを開き、続きを読みだした。


 最後のページまで読み終えた。本を読み進めていく内に「死」への怖さは和らいでいた。さすがに寝ないとまずい。スマホのライトを消し、布団をめくって顔を出したときだった。

「本。読み終わったの?」

 声のする方を向くと、外の光に朧げに照らされた美咲が窓際に立っていた。

「起こしてた?悪い」

 そう謝ると、美咲が静かに首を振るのが見えた。

「君も眠れないんだね?」

 そう小さな声で尋ねる美咲は優しく微笑んでいたけれども、今にも泣き出してしまいそうだった。美咲の問いかけた「君も」という言葉。心臓を握られた。

「ああ、俺も眠れないんだ。ずっと」
「そっか」

 美咲はまるでこの世界と時間から取り残されたような寂しさとその重さに崩れてしまいそうだった。今まで誰かの内側を照らすような美咲の輝きは消え、夜の闇が彼女を蝕んでいくようにさえ思えたとき、美咲は静かに俺の持っている本を指を差した。

「ねえ。何読んでいたの?」
「『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』っていう小説」
「何それ?おかしなタイトル。おもしろかった?」
「とてもおもしろかった」
「それさ、貸してよ」

 これは忠之から借りた本だからという考えがよぎったが、世界が終わるからあいつにはもう返すことはできない。もし、あいつも世界が終わると知っていたらきっと俺のことを咎めはしないだろう。

「ああ、いいよ」

 そう言って、俺はベッドから立ち上がり美咲に本を手渡したときだった。美咲が怯えているように震えているのがわかった。その様子に気づいた俺に美咲はゆっくりと口を開いた。

「あのさ、私ね実はずっと死ぬのがすっごく怖いの。おかしいでしょ?」

 無理矢理作ったような笑顔で声を震わせて自嘲気味に美咲はそう尋ねた。飛び込み台の上の質問の答え。手をかけてしまっていた開けるべきではなかった扉が開かれたような。

「俺もすごく怖い。だから毎日眠れないんだ」

 言葉を吐き出していた。飾りも意図もなく。

「さっきみたいにからかって笑ってよ。お願いだから」

 そう訴える美咲はもう泣いていた。必死に笑ってみせるけど涙は頬を伝い、顔はぐちゃぐちゃだった。
 気づいたら俺は美咲を抱きしめていた。何でこんなことをしたのかはわからない。考えるよりも先に身体が動いていた。はっきり言ってすごい気持ち悪いと思う。それでも美咲は黙って抱き返していた。美咲がどんな顔をしているかわからない。ただ、もう泣かないでくれ。そう強く願い抱きしめていた。

 この日の夜はぐっすり眠れた。