城を出た俺らは停留所まで全力で走った。久しぶりの全力疾走にわき腹が悲鳴を上げたが、次の路面電車を逃すわけにはいかない。
 やっぱり美咲と一緒だと終始落ち着いた旅行はできないことはもう避けられらない運命なのだろうか。そんなことを考える俺のことも露知らず先を走る美咲は「遅いよ!」と俺に声をかけていた。

 路面電車に乗って駅前に着いてからも全力疾走して何とかチェックインの時間に間に合った。俺は完全に息が切れてしまっていた。そんな膝に両手をついて疲弊しきっている俺を見て受付のおばさんは苦笑いしながら、全く息の切れていない美咲を相手にチェックインの手続きをしていた。

「それでは空野様のお部屋は四階の四〇二号室になります。ごゆっくりどうぞ」

 あれ。俺の部屋はどうした。言ってたか。

「飛鳥くん。行くよ」

 美咲はそう言って受付を後にしようとした。ああ、疲れて二人の話をあんまり聞いてなくて聞き逃しただけか。美咲について行き、エレベーターに乗ったところで俺は鍵を貰おうと手を出した。

「ん。どうしたの?」
「俺の部屋の鍵くれよ」
「あー。部屋一緒だよ」

 狭い部屋に俺の声にもならない驚きの声が響いた。ここが二人だけしかいないエレベーターであることが唯一幸いなことだった。


 部屋に着いて荷物を置くやいなや、美咲はベッドの一つに思い切りダイブした。

「すっごくふっかふかー」

 何で美咲はこんなにも無邪気でいられるのだろうか。男女が同じ部屋で寝るって、抵抗を感じないのかよ

「どうしたの、飛鳥くん?突っ立ったままで」
「いやあ。何でもない」
「もしかして、私と同じ部屋で緊張しているのかなあ。いやらしー」
「んなわけねえって。ただ、いくら一部屋の方が安いからって男女同じにするか普通?」
「だってしょうがないじゃん。いくら単発バイトしたと言っても限界はあって、なるべく旅行をいいものにするためにも削れるところは削る必要があったんだしね。それに、飛鳥くんにそんな度胸なんてないって知ってるから大丈夫だと思って」
「お前さあ…」
「うそうそ。訂正。飛鳥くんが紳士って知ってるから大丈夫と思っているからね」
「ものは言いようだな…」

 やっぱりこの旅行でも一波乱あるのかよ。こいつと居ると落ち着いていられないことばっかだ。けれども、一日の終わりにこんな爆弾があるなんて想像はできなかった。
 ため息を吐きながら荷物の整理を終えると、俺たちは風呂に入ることにした。何かもう疲れてしまった。風呂にゆっくりと浸かって落ち着こう。二人で一階の大浴場に向かい、男湯と女湯の入り口で別れた。

 風呂に浸かりながら、今日一日を思い出した。お好み焼き、崩れたドームと資料館、城。そばの入っているお好み焼きなんて初めてだったし、とても美味かった。資料館は戦争の遺物に気づけば見入ってしまっていた。天守閣から見えた眺めはとても綺麗だった。晴れで本当に良かった。そして、ホテルの同室が発覚。最後の事件さえなければ平和に過ごせたのにな。
 まあ、それでもやっぱり楽しかった。あいつと居て何だかんだ楽しいのは本当のことなんだ。それでもそんな楽しいことは今日で本当の意味で終わり。残された時間はあと少し。生きていたい。美咲に出会わなければ、死ぬことの怖さを知らずに済んだ。
 それでも世界が終わると知らなければこんなことを強く思うなんて、きっとなかった。ないものねだりという贅沢。せめて最期に俺は何かを。その「何か」がわからないけど、俺はその「何か」が欲しいんだ。
 そんな雲を掴むようなことを考えているうちに頭がくらくらしてきた。いけない、湯に浸かり過ぎてのぼせてしまった。もう出ようと、ふらふらとなりながら立ち上がった。

 風呂から出て部屋に戻ると美咲はもう既に戻って浴衣に身を包んでベッドに座りながらテレビを観ていた。

「遅ーい。女の子より長湯なんだね。あれ?すっごく顔赤いけど大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」

 とは言うけれども、浴衣の裾をまくり上げてスポーツドリンクを片手に持っていたら説得力なんてないだろう。

「少し休憩してから夕食にしようか」
「ああ、悪いな」

 そう言って、俺は窓の近くにある椅子に腰を掛けて持っていたスポーツドリンクを飲み干した。

「長湯なんて意外なタイプだね」
「考えごとしてて、つい」
「何、考えてたの?」
「色々とな」
「何かエッチだね」
「は?」
「裸で男の子が顔が真っ赤になるまで何かずっと考えるなんて」

 どこか納得してしまいかねない正論めいたからかいにしっかりとした反論もできずに顔を手で抑えた。そんな困惑する俺を見て美咲は大声で笑い出した。

「笑うんじゃねえ」

 と、言いながら俺も美咲につられて笑っていた。

 しばらく部屋で休憩をして大分火照った身体も落ち着いてきたころ、俺たちは食事処へ向かった。ここのホテルはバイキング形式のようで、美咲は「好きなものがたくさん食べられる!」とはしゃいでいた。以前、隣で苦しむ俺をよそに大盛りラーメンを軽々と平らげた胃袋の持ち主なのだから、バイキングなんてものは美咲にとって天国のようなものなのだろう。

「よっしゃあ。食べるぞ!」

 と、案内された席に着くや否や、美咲はそう意気込んで皿を持ち立ち上がった。やはりすごい気合の入れようだった。肉、魚、野菜、カレーライスにパン。もちろん忘れずに全種類のデザートまで、美咲はありとあらゆるジャンルを美咲はローラーするように食べていった。
 テーブルには使った皿が壁のように積み上げられ、その景気の良い食べっぷりに周りに座っていた宿泊客から驚いた顔でずっとチラチラと見られていたことが少しばかり恥ずかしかった。