「なあ、何であんなことを?」

 雑居ビルから出て街を歩きながら俺は美咲に尋ねると、彼女は「何のこと?」といったような表情を浮かべていた。

「カップルってよ…」

 美咲はあんな出まかせを言ったくせに悪びれる様子もなく「ああ、あれのことね!」と、思い出したように言った。

「まあ、リップサービスみたいなもんでしょ!」
「はあ?」
「カップルって思っていた人に否定するのも気が引けたしね」
「お前ってやつは…」
「まあまあ。細かいことは気にしない気にしない。それじゃあ、観光行きますか!」

 そんな風にこの旅行でも美咲のペースに乗せられてしまいながら、俺たちは以前電話で話した計画の通りに次の目的地に向かおうと路面電車に乗った。

 しばらく電車に揺られ停留所に到着し、路面電車から降りてしばらく歩くと目的の建物はすぐ見つかった。
 崩れたレンガの外壁。天井のないフロア。そして一番に目につくこの建物の象徴である屋根が吹き飛ばされて剥き出しになった半球状の鉄骨のドーム部分。
 かつてこの国が戦争をしていたころ、この街が大量破壊兵器の惨禍に見舞われたときに「できた」建物。街は焼け、爆心地のほとんどの建物が崩れ去った中、奇跡的に全壊を免れることができた。破壊し尽くされ、死で溢れかえったこの街で残ったこの建物を人々は未来へ戦争の戒めと平和への願いを込めて残したという。その建物を前に俺も美咲も何も言わずに立ち尽くしてじっと見ていた。

「行こっか」

 美咲のかけた言葉に「ああ」とだけ言って、近くにある資料館に行くことにした。
 資料館の中は人で溢れていたが、とても静かだった。焼け野原になってしまった街や影だけになってしまった子どもの写真。焼け焦げた三輪車。俺たちも何も言わずに展示物を観ていた。
 悲痛に満ちた凄惨な展示物に思わす固唾を飲む。空から降って来た巨大な爆弾が燦然と輝いた瞬間に全てが何もわからないまま死んでいった。その瞬間を想像していた。
 ふと、美咲の方を見ると真剣な表情で静かに展示物を見つめていた。そして俺も修学旅行や社会科見学ではまともに史跡や資料みたいなものに興味なんて抱くことなんてなかったのに、この場所では解説の一文一文、展示物の隅々までを目に焼き付けようとしていた。


 資料館を出るころには夕方になっていた。結構日の高い時間帯に入ったはずだったがかなり見入ってしまっていたようだった。そんな長い時間を二人で過ごしていたのにも関わらず俺たちは中では全く会話をすることはなかった。

「もう夕方だねえ。この後、どうする?お城観に行く?」

 夕陽を眩しそうに見つめる美咲がそう声をかけて、俺たちの静寂を破った。

「あー。近い?」

 あんだけ入り浸っていたのに資料館の感想についての話ではなかった。とはいえ、俺自身も何か話そうとは思わなかった。

「近いみたいだよ」
「じゃあ、行こう。気になるものは全部行かないとな」
「飛鳥くん、さっすがー」

 俺たちはこの後、路面電車に乗って城に行き、天守閣を見て回ったりした。展望室からは夕焼けに照らされたあの剥き出しの鉄骨のドームや明日行く予定の神社のある島までも眺めることができた。

「眺めいいねえ」

 景色を眺めながら美咲はそう呟いた。

「晴れてるから遠くまで見渡せるな」
「私たちの家も?」
「それは無理だろ」
「ええー。見えたらいいのに」
「ここから俺たちの家が見えて嬉しいか?」
「何か世界が繋がってる感じがするじゃん?」
「何だそれ」
「ふふー。私もよくわかってない。でも何か詩的でしょ?」
「適当に喋りすぎだろ…」

 そんなことを話していると美咲は腕時計を見て、「あっ」と驚いた声を上げた。

「やばい。ホテルのチェックインの時間まであと少し。急がないと」
「ええ。嘘だろ」
「飛鳥くん。走るよ」
「城から出たらな…」