「終わりまで後二週間か」

 新幹線の車窓を眺めながら、小さく呟いてしまった。聞こえてしまったかと隣を確認すると美咲は気持ちよさそうに寝息を立てていてくれて、胸を撫でおろした。


 最期の旅行。提案したのは美咲だった。

「ホテル予約したから旅行に行くよ。日時は…」
「おい。待て」

 そう電話越しに矢継ぎ早に言う彼女の言葉を遮った。

「ん?どうしたの?」
「旅行って。例のやりたいことリストを制覇したせいで俺は金欠だ。遠出は厳しい」
「大丈夫!そう言うと思って君の分までの旅行資金を単発バイトで稼いだから!じゃ、確か日時は…」

 急に来た電話で例に漏れずに今回も俺に拒否権もなければ、未成年の男女同士が外泊をしても学校が咎めて来るころには世界が終わっているだろうし、断る理由もなくなってしまったから「ああ、わかった」といつもの返事をしていた。例えいきなりの外泊の提案でも深くツッコむことはなかった。慣れというのは恐ろしい。

「うーん。今どこ?もしかして着いた?」

 隣で寝ていた美咲が目を覚まし、まだ眠そうに目を擦っていた。

「まだ。着いたら起こす」
「うん。わかった。ありがとね」

 そう言うと、美咲は再び眠りに着いた。今日、駅で会ったときから楽しみで眠れなかったと言っていたのは比喩ではないようだ。正直、俺も眠れなかった。ただ、楽しみで眠れなかったのではない。迫りくる終わりへの恐怖が最近は以前よりもさらに強く感じるようになった。まともに眠れる日の方が圧倒的に少なくなってきた。この旅行の提案が来たときは驚きもあったけど、正直嬉しかった。こんな鬱屈とした日々の清涼剤にでもなるんじゃないかって。
 それでも、この最期の旅行は確実に死へと向かっていくということを嫌になるほどかつてないほど何度も自覚させたのだった。前後の乗客も乗務員もみんな死へと向かっている。この大きな棺のような新幹線の静かな車内でそんな当たり前を知っているのはきっと俺と美咲だけだろう。

 新幹線に乗った直後は「お好み焼きと牡蠣が私を待っている!」と楽しそうに話していた美咲も深い眠りについてしまっているので話相手もおらず、少しでも気を紛らわせるために忠之から借りた『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』を読むことにした。残り百ページぐらいだろうか。きっと目的地に着くころまでには読み終わる。久しぶりに活字の本なんか読んで、実際のところ途中でリタイアしてしまうんじゃないかという不安もあったけれど、読み始めるとそんな不安はすぐに解消された。
 ずっと探していた一冊とでも言うべきか。遅れてやって来た親友とでも言うような自分の中で歯車がかみ合ったのだった。そして、後はこの本の結末を迎えるだけだ。今までどんなストーリーでもラストで裏切られたことがあったけれども、この本ならどんな結末でもきっと俺は受け入れられると思えた。

 けれども、俺の予想は外れてラストからおよそ数十ページほど残したあたりで目的の駅に着いてしまった。結末が近くになるに連れて、一文一文を深く読み込むようにしてしまっていたからだ。
 結末が気になるが到着のアナウンスに急かされてリュックサックに本をしまい、ぐっすりと眠っている美咲を叩き起こして寝ぼけたままの彼女を引っ張って急いで新幹線から降りた。

「起こしてくれてありがとうね。寝ていて気が付かなったよ」

 あくびを上げながら呑気に美咲はそう言った。

「お前って朝とか寝起き弱いよな」
「え、そうかな」
「ライブ一緒に行ったときとか俺が朝起こしたじゃねえか」
「あれ?そうだったっけ?」
「覚えていないのかよ…」
「まあ、でもこうやって飛鳥くんに起こしてもらえるから寝坊に関してこの旅行の間は心配ないよね」
「お前なあ…」

 そんな会話をしながら俺たちはホームを降り、広大な未知の駅をあっちだこっちだと迷いながらも何とか改札を抜けることができた。
 駅の前はこの県で一番の都市らしく大きなビルや商業施設が建ち並んでいた。そんな街並みを見ていると新幹線でいくつもの県を超えてきたのに何だか遠方に来た気がしなかった。

「何だかビルが多いと旅行って感じがしないよね」
「確かにその通りだ。都会みたいな駅でそんな感じだ」

 そんなことを話しながら、俺たちは今日泊まる予定のホテルに荷物を預けに向かった。フロントに荷物を預け、ホテルを出ると昼食に良さそうな店をスマホで探すことにした。駅前なだけあって色んな店があって選ぶのに悩んでいると美咲が俺にスマホの地図を見せた。

「ねえねえ見て。この辺にお好み焼き屋さんがたくさん入っている雑居ビルがあるみたいだよ。行ってみない?」

 見せてきた地図アプリを見ると一つの建物にたくさんのピンが重なって刺さっていた。いくら名物とはいえ、一つの建物にこんなにたくさん店が入るものなのか。名物料理のある地の駅のそんなすごさに思わず「へえー」と声を漏らしていた。

「行ってみるか」

 そう言って、俺たちは地図を頼りにお好み焼き屋の密集した雑居ビルにへと歩き出しした。