『今日、一緒のプール掃除当番のペアの子が熱出して来れないみたいなの。代わりに来て!』
クーラーの効いた自室のベッドで寝転びながらスマホを見ると、三日ぶりの美咲からのメッセージは雑用の依頼だった。
俺たちの高校は水泳部の強豪校で全国大会の常連だ。そのため学校全体で水泳部を応援しようみたいな雰囲気があり、水泳部の普段使っている屋内プールの掃除とかを他の生徒が代わりに行うという謎文化が存在する。クラス毎に順番が回って来るらしいのだが、どういう順番なのかもよくわからず、また必ずしも生徒全員が三年間の内に一度は経験するというものではなく、貧乏くじを引いた運の悪い人間がするものなのだ。
そんでもって美咲から今、自分の引いた貧乏くじを俺にシェアさせようとしているのだ。
『わかった。行く』
そう返信すると俺は起き上がり。制服に着替え始めた。
準備を終えて玄関のドアを開けた。その瞬間、熱気が激流のように流れ込み、蝉の鳴き声がボリュームを最大値にしたようにやかましくなった。はあ。行くか。
学校までの道を歩くだけで息が切れそうな暑さだ。しかも暑いだけじゃなくてじめじめとした湿気が辛い。まるで空気の中を泳いでいるような感じだ。こんなクソ暑い中わざわざ制服を着て、本来の役割じゃない雑用に行くなんて我ながら流されやすい性格になったな。商店街のど真ん中でそんな自分の変わりように思わず笑ってしまった。シャッター街の商店街ではそんな俺の気持ち悪い場面を見る者はいなかった。
ライブに誘ってくれた礼のつもりなんだ。ただ単に流されてるだけじゃないと自分に言い聞かせた。実際、あのライブに誘われた日から少しは前向きになれたと思う。
三日経ってもライブの狂熱をはっきりと覚えている。情景というよりむしろ感情の興奮を鮮明に。自分の人生にそんな感情に訴えるようなこと、胸に強く刻まれるようなことがあったとは考えられなかった。そうじゃない。ただ、考えてこなかった。過去に向き合わず、「今」だけを全てだと思い込んでいた。日常の一瞬一瞬が自分の中に積み重なっているのだと思う。自分がただの「記憶」だと思っていたものは、本当は自分自身の一部になっているということにやっと気づくことができた。今になってちょっとだけ自分のことが好きになれたのかもしれない。
学校に着くと、俺は屋内プールへ向かった。この学校の水泳部が強豪の理由の一つとしてはきっとこの屋内プール場のおかげでもあるんじゃないかと思う。外にプールのある学校であれば実際に泳げるのは夏の短い間でそれ以外の季節は陸上で筋トレとか走り込みばかりだ。けれども、屋内にプールがあれば一年中気温なんか気にせず水泳に打ち込めるから他校と根本的な練習量で差を付けることができるのだろう。しかも、豪華にでかい飛び込み台も設置されていて無駄に贅沢な仕様だ。
そんなことを考えていると更衣室に着いた。普段の体育の授業で使うときは多くの生徒でごった返してむさ苦しいのだが、今日のような誰もいない更衣室は初めてでどこか違和感を覚えた。適当なロッカーに上履きと靴下を入れてプール場への扉を開いた瞬間。
「食らえ!」
顔面に勢いよく唸りを上げた水がかかる。思わず顔を押さえるが激しさで前が見えない。
「うおっ!」
水は止めどなく噴射し続けられ、俺が咳き込み出しときにやっと収まった。鼻にまで水が入りツーンと痛い。瞑っていた目をゆっくりと開ける。乱反射した世界の焦点が定まっていくとホースを持った美咲が大声を上げて笑いだした。
「驚き方おもしろかったよ!うおっ!だっておっかしい!」
腹を抱えて笑う彼女を見ていると何だか怒る気も起きず、俺も笑うしかなかった。彼女に何を言ったってペースに乗せられるのはいつものことだから。もう乗せられたままでいるしかない。気にしたら負けなのだ。
「で、俺は何を手伝えばいいんだ?」
「切り替え早い。成長したねえ。やっと君もモテるようになるよ」
「ありがとよ」
後でプールに落としてやろうと心の中で誓った。
クーラーの効いた自室のベッドで寝転びながらスマホを見ると、三日ぶりの美咲からのメッセージは雑用の依頼だった。
俺たちの高校は水泳部の強豪校で全国大会の常連だ。そのため学校全体で水泳部を応援しようみたいな雰囲気があり、水泳部の普段使っている屋内プールの掃除とかを他の生徒が代わりに行うという謎文化が存在する。クラス毎に順番が回って来るらしいのだが、どういう順番なのかもよくわからず、また必ずしも生徒全員が三年間の内に一度は経験するというものではなく、貧乏くじを引いた運の悪い人間がするものなのだ。
そんでもって美咲から今、自分の引いた貧乏くじを俺にシェアさせようとしているのだ。
『わかった。行く』
そう返信すると俺は起き上がり。制服に着替え始めた。
準備を終えて玄関のドアを開けた。その瞬間、熱気が激流のように流れ込み、蝉の鳴き声がボリュームを最大値にしたようにやかましくなった。はあ。行くか。
学校までの道を歩くだけで息が切れそうな暑さだ。しかも暑いだけじゃなくてじめじめとした湿気が辛い。まるで空気の中を泳いでいるような感じだ。こんなクソ暑い中わざわざ制服を着て、本来の役割じゃない雑用に行くなんて我ながら流されやすい性格になったな。商店街のど真ん中でそんな自分の変わりように思わず笑ってしまった。シャッター街の商店街ではそんな俺の気持ち悪い場面を見る者はいなかった。
ライブに誘ってくれた礼のつもりなんだ。ただ単に流されてるだけじゃないと自分に言い聞かせた。実際、あのライブに誘われた日から少しは前向きになれたと思う。
三日経ってもライブの狂熱をはっきりと覚えている。情景というよりむしろ感情の興奮を鮮明に。自分の人生にそんな感情に訴えるようなこと、胸に強く刻まれるようなことがあったとは考えられなかった。そうじゃない。ただ、考えてこなかった。過去に向き合わず、「今」だけを全てだと思い込んでいた。日常の一瞬一瞬が自分の中に積み重なっているのだと思う。自分がただの「記憶」だと思っていたものは、本当は自分自身の一部になっているということにやっと気づくことができた。今になってちょっとだけ自分のことが好きになれたのかもしれない。
学校に着くと、俺は屋内プールへ向かった。この学校の水泳部が強豪の理由の一つとしてはきっとこの屋内プール場のおかげでもあるんじゃないかと思う。外にプールのある学校であれば実際に泳げるのは夏の短い間でそれ以外の季節は陸上で筋トレとか走り込みばかりだ。けれども、屋内にプールがあれば一年中気温なんか気にせず水泳に打ち込めるから他校と根本的な練習量で差を付けることができるのだろう。しかも、豪華にでかい飛び込み台も設置されていて無駄に贅沢な仕様だ。
そんなことを考えていると更衣室に着いた。普段の体育の授業で使うときは多くの生徒でごった返してむさ苦しいのだが、今日のような誰もいない更衣室は初めてでどこか違和感を覚えた。適当なロッカーに上履きと靴下を入れてプール場への扉を開いた瞬間。
「食らえ!」
顔面に勢いよく唸りを上げた水がかかる。思わず顔を押さえるが激しさで前が見えない。
「うおっ!」
水は止めどなく噴射し続けられ、俺が咳き込み出しときにやっと収まった。鼻にまで水が入りツーンと痛い。瞑っていた目をゆっくりと開ける。乱反射した世界の焦点が定まっていくとホースを持った美咲が大声を上げて笑いだした。
「驚き方おもしろかったよ!うおっ!だっておっかしい!」
腹を抱えて笑う彼女を見ていると何だか怒る気も起きず、俺も笑うしかなかった。彼女に何を言ったってペースに乗せられるのはいつものことだから。もう乗せられたままでいるしかない。気にしたら負けなのだ。
「で、俺は何を手伝えばいいんだ?」
「切り替え早い。成長したねえ。やっと君もモテるようになるよ」
「ありがとよ」
後でプールに落としてやろうと心の中で誓った。