次の日の朝、正門をくぐると校舎の渡り廊下にかけられている巨大な懸垂幕がいつものように目に入った。「難関国立大学現役合格32名」「最難関私立大学現役合格47名」と赤色で進学実績を誇示するようなことが大きく書かれている。
 俺には関係のないことだが入学してから今日に至るまで登校の度に目に入るこの懸垂幕はどうも好きになれない。

 昇降口を抜け、教室の扉を開くとすでに登校しているクラスメイトたちが黙って俺の方を若干睨むように見た。そしてすぐに何事もなかったかのように目を逸らして各々の談笑に戻った。
 教室に入り、自分の座席に座ると「おはよう」と横から肩を叩かれた。顔を上げると友人の忠之が立っていた。

「昨日はすごかったな」

 忠之は人当たり良く笑ってはいたが心配そうに言った。

「俺が帰った後なんかあったのか?」

 そう聞くと忠之はため息を吐いた。

「飛鳥が昨日帰ったせいで、とばっちりで僕たちが体育の授業中この学年は締まりがないってキレられたんだからな」
「俺の代わりにみんなが怒られたのかよ」
「本当に授業の半分は体育座りで過ごしたよ」

 笑いながらも恨みごとを言う忠之に「ごめん」と小さく謝った。

「だから今日は朝から顰蹙を買っているのか」
「さすがにみんなドン引きだよ」

 ヒソヒソとそんなことを話していると担任教師の斉藤が鋭い目つきで威嚇するように教室に入って来た。

「みんな座れ!ホームルームだ」

 いつもよりドスの効いた声で皆を座らせると教室の生徒たちを睨むように見渡した。二十代の熱血男性教師のその迫力に教室は一瞬で静まり返り、緊張が走った。

「誰とは言わないが、最近態度が悪い生徒がいるらしい。さっきも俺が来るまでべらべら喋って怒鳴らないと席に着けない。そういう甘ったれた空気が態度に出て来るんだ!」

 やはり説教か。心の中でため息を吐いた。

「お前らは今、二年生で来年はもう受験だぞ?いい加減自覚持てよな。お前ら社会を舐めるんじゃねえぞ?そういう和を乱すやつはいらねえからな!」

 檄を飛ばし、その後も社会の厳しさの話やこの学校は進学校だからこそ全員一致団結して団体戦で受験を乗り切らないといけないんだと長々とホームルームの時間を目一杯使い切り、説教を終えると先ほど「誰とは言わない」と言っておきながら俺のことを睨みつけた。
 きっと斉藤は昨日の一件を知っていて、俺だけの問題にするのではなくクラス全体の問題にすることで皆を牽制しているのだろう。そのせいで一部のクラスメイトの視線を感じていた。