こんな風に屋上で空野美咲と出会ってからずっと振りまわされっぱなしだった。少しでもその誘いに渋るようことをすれば例の証拠写真をチラつかせるので従うしかなかったのだ。
 そんな日常が続き六月も終わり、夏本番の暑さの七月になった。彼女の未来が見えるかという中二病設定も忘れかけたていたころ、期末テストが三日後に迫っていた。
 放課後、校内に設けられた自習室をたくさんの生徒が利用しだして空気もピリピリとしだしているのに、俺は相変わらずそんなところへは行かずに屋上で横になっていた。

「君は勉強しなくていいの?」

 彼女はどこからか持って来たボロボロの使われなくった机を椅子にして見下ろしながら尋ねた。

「留年しそうでやべえけどやる気が起きない」
「少しは焦ろうよ」
「そうは言っても本当に面倒くせえ」
「ダメ人間じゃん」
「もっとオブラートに包めよな」
「包めないぐらいってことだよ」
「本当に容赦ねえな」
「私はお世辞を言わないサバサバ系女子ですからねえ」
「自分のことをサバサバ系って言う奴にろくな人間はいないぞ」
「じゃあろくでなし同士助けてあげるよ。君にプレゼントです!」

 そう言うと彼女は俺にルーズリーフの束を渡した。そこにはびっしりと色んな教科のテスト問題のようなものが書かれていた。

「何だこれは?」
「どうせ勉強してないと思ったから私が今回の試験の予想問題をまとめておいたよ。これさえやっておけば赤点は回避できるよ」
「おお!ありがてえ」

 起き上がって礼を言ったときに忠之が彼女がずっと試験で学年一位を獲り続けているという話を思い出した。

「やっぱり学年一位ともなるとこうやって毎回テストで何が出るかを事前にしっかり予測してるんだな」
「いや、今回が初めて。あくまでも今まで私に付き合ってくれた君へのお礼なだけだよ。普段だったらそんな予測しなくても試験ぐらい解けちゃうからね」
「そうか…」

 持つ者は持たざる者とは根本から考えが違うようだ。


 家に帰ると自室の机で彼女からもらった予想問題が書かれたルーズリーフを改めて目を通してみた。一通りの教科が全て揃っていた。これならテスト本番でやらかすことはないだろう。そんな安心感から机の上にルーズリーフを置いてベッドに横になり目を閉じた。

 しばらくうつらうつらと横になっていると玄関の鍵が開く音が聞こえた。どうやら秋穂が帰って来たようだ。一階のリビングに降りると秋穂が椅子に両手を力なく垂らしながらだらしなくよりかかり天井を見上げていた。俺に気づくと顔を面倒くさそうにこちらを向けた。

「ただいま。ごめん、今日は疲れたから、夕飯作れないや。だから、コンビニでお弁当、買ってきたよ」

 秋穂の声は先ほどまで大声を上げていたかのような掠れ具合で聞き取るのがやっとだった。

「どうもな。今日も研修か?」
「うん。そう」

 秋穂は疲れきっているのかいつもの饒舌はなく短くそう応えた。しばらくすると秋穂はテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。

 夕食の時間になり二人分の弁当を温め秋穂を起こすと驚いたような顔を浮かべてて起き上がった。

「そんなに、寝てた?」
「寝息聞こえるくらいには寝てた」
「そっかあ。それじゃあ、食べようか」

 弁当を食べ始めても秋穂は本当に疲労が溜まっているようで首をこっくりこっくりとさせて箸を持つ手が覚束ないでいた。
 ここ最近、秋穂は内定先の研修というものに頻繁に行っている。具体的に何をしているかはわからないが、秋穂が言うには「社会人」になるための準備らしいけれども今日の異常な疲れ具合や先日の泣きながらのやけ酒と言い、異様に思えて来た。

「最近疲れすぎじゃないのか?少しは休んだらどうだ?」
「そうだね。後、明日さえ、がんばれば、大丈夫だから」

 眠気で半分瞼のかかった瞳でこちらを見つめながらそう言うと秋穂は自分の頬をバシッと叩いて気合を入れて弁当を掻き込み始めた。

「そういえば、飛鳥。そろそろ、試験だけど、大丈夫なの?」

 思い出したように途端に箸を止めて秋穂はそう聞いた。

「今回は自信あるから大丈夫さ」

 いつもであればこの手の質問は適当にはぐらかしているけれども今度の期末テストは例のルーズリーフがあるから赤点の回避は確実なものだ。

「あんたが、そうやって、言うなんて、珍しいね。私、期待、して、いるよ」

 秋穂は安心したような表情を浮かべてまた弁当を掻き込み始めた。

「それじゃ、俺は期末テストの対策するわ」

 食べ終わった弁当殻を片付けて俺は自室に戻った。
 試験まであと三日。ルーズリーフの問題の解答を埋める作業に取り掛かった。


 期末試験一日目。学校に着くといつもであれば談笑で賑やかな教室は英単語帳やら日本史語句頻出リストであったりと各々がテキストやプリントと真剣な表情でにらめっこをしていた。自分の席に着きスマホをいじっているときだった。

「おはよう」

 と、忠之から声をかけられた。

「スマホいじってるなんて遂に諦めたのか?」
「直前に勉強したってて意味ないだろうよ」

 そう言うと忠之は「その通りだ」と笑った。予想問題をしっかり覚えたんだし赤点を取ることはないだろう。予想問題がなければこんな強気な発言はせずに今までの怠惰を後悔しながら必死に他のクラスメイト同様に悪あがきをしていたに違いない。忠之としばらく話しているときだった。

「立っているやつは席に着け。ホームルーム始めるぞ」

 と、斉藤が教室に入ってきたため、忠之は「お互いがんばろう」とお互いに健闘を誓い席に戻って行った。
 ホームルームが終わると、一時間目の日本史の試験問題を持った試験監督の先生が入って来た。重い沈黙の中、問題と解答用紙が配られ、テスト開始の合図を皆が待っていた。
 予想問題がある程度当たって幸先の良いスタートを決めたい。そう心に祈っているとチャイムが鳴り、テストが始まった。