そして、こんなことも。
カタカタカタカタカタカタカタカタ。
チェーンで俺らの乗っているコースターが青空へと引っ張られ、その高度が増していく毎に俺の足は震えた。
右を見ると、観覧車やコーヒーカップのような楽しげなものからフリーフォールやバイキングのような拷問器具まで施設内の様子が一望できた。左の席にはこれから起こる(俺にとっては)最悪の瞬間を楽しみしている様子の彼女が座っていた。
「ワクワクするね!」
もう頼むから黙っていてくれ。会話をする余裕もなく首を赤べこのように縦に振り続けた。
カタカタカタカタカタカタカ…
最高到達点に達し、そのときが来た。
あっ。
世界が向きを変えたかと思った瞬間、強い風が全身を打ちつけた。下腹部に穴が空き、そこに強風が流れ込んだ。
暴力的な乱高下に必死に安全バーにしがみついていると隣から楽しそうな彼女の叫んでいる声が聞こえた。
何が絶叫マシーンを乗りまくりたいだ。早く俺を開放してくれ。恐怖とその思いが入り混じり地獄の叫びを俺は上げた。その声を聞いた彼女はさらに楽しそうな声を上げ続けた。
「君もあんな声出すんだね」
ベンチでうなだれている俺に彼女はニコニコからかってくるが、気持ち悪すぎてまともに反応ができなかった。
「じゃ次行こうね!」
そんな恐ろしいことを言って彼女は俺の右手を掴んで駆け出した。
それから再び絶叫系に乗ろうと言われ断固拒否していたが彼女は俺のことを「意気地なし」だとか「一端の不良ならガッツ見せろ」とか煽ってくるので、つい「舐めんな!乗ってやるよ!」と啖呵を切ってしまった。振り返って考えてみればあいつの作戦に違いないけれども。
そんなことを言ってしまった手前、撤回するわけにもいかずジェットコースターからのフリーフォール、バイキングの地獄めぐりをすることになってしまった。
死ぬような思いでこの二つを終えたときもう何も考えることができなかった。特にバイキングはあの大振りが続き、下腹部に穴が空く感覚が何度もあってきつすぎた。頭はボーっとして足もガクガク震えて歩くのがやっとだった。
そんな満身創痍の俺をあいつは笑ってはいたが少しはかわいそうと思ってくれたのかお昼休憩にしようと言った。ジェットコースターを乗り終えた時点で気づかってほしかったけれども。
遊園地内にあるレストランに行くと、屋内の席はもう埋まっていて、屋外のテラス席に案内された。メニュー表を広げるとやはり遊園地価格のとんでも値段だった。カレーで千円もするのか。高校生の財力ではそこそこ響く。
そんなことを思ったが彼女はワクワクした面持ちでメニューを眺めていたので、喉元まで出かかった貧乏発言を押し殺した。結局俺たちはカレーを注文した。運ばれたカレーを食べると、子どもでも食べられるような甘口のものであった。だが以前秋穂の作った狂気のガムシロップカレーの数倍は美味いものであった。
「もしかして飛鳥くんって遊園地って来たことない?」
「どうした急に?」
思わぬことを聞かれてカレーを食べるスプーンが止まった。
「何か固いんだよね」
彼女はふわっとしたようなことを言うがあんまりピンとこなかった。そんなに俺の振舞いが挙動不審だったのか。
「家族とかで来たことないの?」
「生まれてすぐに母さんが亡くなって、父さんは仕事であんまり家にいないんだ。だから家族でこういうところに来たって記憶はないな」
そのことを言うと、彼女は申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん」
「いや別に気にしてないって。大丈夫だから」
確かにこんなことを言えば誰もが触れてはいけないところに触れてしまったという気持ちになってしまうのは当然だ。今になって自分も申し訳なく思えてきた。
「俺もこんな話してすまない」
お互いに気まずく顔を見合わせていると彼女はこちらを伺いながら笑顔を見せた。
「じゃあさ、今日は今までの分の思い出たくさん作ろうよ!人生一度きりなんだからさ!」
そう言うと彼女は右手の拳を突き出した。俺自身も彼女の強い意思に押されるように自身の拳も突き出してそれに応えていた。
昼食を終えるとゴーカートに乗って競走したり、コーヒーカップで彼女がありえないぐらいぐるぐる回転させたり、遊園地のマスコットキャラクターと記念撮影したり、ネットでかなり怖いと評判のお化け屋敷に入ったり、彼女がシューティングゲームでハイスコアを叩き出したりと園内でできる遊びをほとんどやり尽くしたときにはもう夕暮れ時になっていた。
「最後に観覧車に乗ろうよ」
と彼女が提案し今日の締めに観覧車に乗ることになった。
本日四度目の高所だ。それまで三回の高所はまともに景色なんか見ることはできなかったが今はゆったりと風景を眺めることができる。
「いやあ、まさか君がお化け屋敷であんなにビビるなんてね」
向かい側に座る彼女がそう笑いながらからかい絶叫マシーンでだらしない姿を見せた恥ずかしさも相まって、もう掠れたため息しか出なかった。
「ごめん、ごめんね。でも、今日は楽しかった?」
彼女は笑顔を見せながらも若干恐る恐る伺うようにそう尋ねた。俺は彼女の目を見つめながら自然と口が開いた。
「楽しかったよ。今日は、その、ありがとう」
その言葉を聞いた彼女はその強張った表情を緩めたかと思うと頬を膨らませて満面の笑みでこちらに飛び上がるような勢いで目の前に躍り出て俺の手を握った。その衝撃で乗っているゴンドラが揺れ、思わず握られている彼女の手を強く握り返した。
「危ねえって」
「飛鳥くんが楽しんでくれて良かった!君からありがとうって言葉が聞けて嬉しかったの!」
快哉に満ちた口調で彼女は自分の喜びの感情を伝えるのを見て何となく空恥ずかしくなった。
「今の君さタバコ吸ってるときよりいい顔してるよ」
「え?」
彼女の言葉を聞き返そうとしたとき彼女はゴンドラの窓を指差した。
「一番高いところに来たよ」
その言葉に流されるように差された指の方を見ると西の空の夕陽がビルや住宅を橙に染めて街を包んでいるようだった。
彼女の温もりの残った手を窓にかざしながら見たこの景色を一生忘れることはないと思った。
カタカタカタカタカタカタカタカタ。
チェーンで俺らの乗っているコースターが青空へと引っ張られ、その高度が増していく毎に俺の足は震えた。
右を見ると、観覧車やコーヒーカップのような楽しげなものからフリーフォールやバイキングのような拷問器具まで施設内の様子が一望できた。左の席にはこれから起こる(俺にとっては)最悪の瞬間を楽しみしている様子の彼女が座っていた。
「ワクワクするね!」
もう頼むから黙っていてくれ。会話をする余裕もなく首を赤べこのように縦に振り続けた。
カタカタカタカタカタカタカ…
最高到達点に達し、そのときが来た。
あっ。
世界が向きを変えたかと思った瞬間、強い風が全身を打ちつけた。下腹部に穴が空き、そこに強風が流れ込んだ。
暴力的な乱高下に必死に安全バーにしがみついていると隣から楽しそうな彼女の叫んでいる声が聞こえた。
何が絶叫マシーンを乗りまくりたいだ。早く俺を開放してくれ。恐怖とその思いが入り混じり地獄の叫びを俺は上げた。その声を聞いた彼女はさらに楽しそうな声を上げ続けた。
「君もあんな声出すんだね」
ベンチでうなだれている俺に彼女はニコニコからかってくるが、気持ち悪すぎてまともに反応ができなかった。
「じゃ次行こうね!」
そんな恐ろしいことを言って彼女は俺の右手を掴んで駆け出した。
それから再び絶叫系に乗ろうと言われ断固拒否していたが彼女は俺のことを「意気地なし」だとか「一端の不良ならガッツ見せろ」とか煽ってくるので、つい「舐めんな!乗ってやるよ!」と啖呵を切ってしまった。振り返って考えてみればあいつの作戦に違いないけれども。
そんなことを言ってしまった手前、撤回するわけにもいかずジェットコースターからのフリーフォール、バイキングの地獄めぐりをすることになってしまった。
死ぬような思いでこの二つを終えたときもう何も考えることができなかった。特にバイキングはあの大振りが続き、下腹部に穴が空く感覚が何度もあってきつすぎた。頭はボーっとして足もガクガク震えて歩くのがやっとだった。
そんな満身創痍の俺をあいつは笑ってはいたが少しはかわいそうと思ってくれたのかお昼休憩にしようと言った。ジェットコースターを乗り終えた時点で気づかってほしかったけれども。
遊園地内にあるレストランに行くと、屋内の席はもう埋まっていて、屋外のテラス席に案内された。メニュー表を広げるとやはり遊園地価格のとんでも値段だった。カレーで千円もするのか。高校生の財力ではそこそこ響く。
そんなことを思ったが彼女はワクワクした面持ちでメニューを眺めていたので、喉元まで出かかった貧乏発言を押し殺した。結局俺たちはカレーを注文した。運ばれたカレーを食べると、子どもでも食べられるような甘口のものであった。だが以前秋穂の作った狂気のガムシロップカレーの数倍は美味いものであった。
「もしかして飛鳥くんって遊園地って来たことない?」
「どうした急に?」
思わぬことを聞かれてカレーを食べるスプーンが止まった。
「何か固いんだよね」
彼女はふわっとしたようなことを言うがあんまりピンとこなかった。そんなに俺の振舞いが挙動不審だったのか。
「家族とかで来たことないの?」
「生まれてすぐに母さんが亡くなって、父さんは仕事であんまり家にいないんだ。だから家族でこういうところに来たって記憶はないな」
そのことを言うと、彼女は申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん」
「いや別に気にしてないって。大丈夫だから」
確かにこんなことを言えば誰もが触れてはいけないところに触れてしまったという気持ちになってしまうのは当然だ。今になって自分も申し訳なく思えてきた。
「俺もこんな話してすまない」
お互いに気まずく顔を見合わせていると彼女はこちらを伺いながら笑顔を見せた。
「じゃあさ、今日は今までの分の思い出たくさん作ろうよ!人生一度きりなんだからさ!」
そう言うと彼女は右手の拳を突き出した。俺自身も彼女の強い意思に押されるように自身の拳も突き出してそれに応えていた。
昼食を終えるとゴーカートに乗って競走したり、コーヒーカップで彼女がありえないぐらいぐるぐる回転させたり、遊園地のマスコットキャラクターと記念撮影したり、ネットでかなり怖いと評判のお化け屋敷に入ったり、彼女がシューティングゲームでハイスコアを叩き出したりと園内でできる遊びをほとんどやり尽くしたときにはもう夕暮れ時になっていた。
「最後に観覧車に乗ろうよ」
と彼女が提案し今日の締めに観覧車に乗ることになった。
本日四度目の高所だ。それまで三回の高所はまともに景色なんか見ることはできなかったが今はゆったりと風景を眺めることができる。
「いやあ、まさか君がお化け屋敷であんなにビビるなんてね」
向かい側に座る彼女がそう笑いながらからかい絶叫マシーンでだらしない姿を見せた恥ずかしさも相まって、もう掠れたため息しか出なかった。
「ごめん、ごめんね。でも、今日は楽しかった?」
彼女は笑顔を見せながらも若干恐る恐る伺うようにそう尋ねた。俺は彼女の目を見つめながら自然と口が開いた。
「楽しかったよ。今日は、その、ありがとう」
その言葉を聞いた彼女はその強張った表情を緩めたかと思うと頬を膨らませて満面の笑みでこちらに飛び上がるような勢いで目の前に躍り出て俺の手を握った。その衝撃で乗っているゴンドラが揺れ、思わず握られている彼女の手を強く握り返した。
「危ねえって」
「飛鳥くんが楽しんでくれて良かった!君からありがとうって言葉が聞けて嬉しかったの!」
快哉に満ちた口調で彼女は自分の喜びの感情を伝えるのを見て何となく空恥ずかしくなった。
「今の君さタバコ吸ってるときよりいい顔してるよ」
「え?」
彼女の言葉を聞き返そうとしたとき彼女はゴンドラの窓を指差した。
「一番高いところに来たよ」
その言葉に流されるように差された指の方を見ると西の空の夕陽がビルや住宅を橙に染めて街を包んでいるようだった。
彼女の温もりの残った手を窓にかざしながら見たこの景色を一生忘れることはないと思った。