そしてまたあるときは。

「おい、後どんだけレパートリー残っているんだよ?」

 ガラガラに掠れた声で俺は彼女に尋ねた。

「うーん。まだ半分かな」

 デンモクで曲を選んでいる彼女は恐ろしい事実をさらりと告げた。

「もう六時間カラオケボックスに缶詰だぞ…」
「フリータイムだし、十二時間行っちゃおう!」

 そう高らかに宣言したと同時に伴奏が始まった。いくらなんでもカラオケでレパートリー全部を一日で歌いたいって狂っているだろ。
 曲はAメロに入り彼女は歌い出した。透き通るような繊細さを持ちながらも鋭く刺すような鋭利な声だった。カラオケボックスに入って歌い始めてから彼女の歌声はお世辞抜きで本当に良いものだと思った。しかも六時間も歌っているのにその声色に疲れの色を一切感じさせなかった。そして相変わらず調子を崩さずに一曲を終え、彼女は手を突き出すようなポーズを決めた。

「何点かなあ?」

 彼女は待ち遠しそうにモニターを見つめた。そして採点画面に移行すると堂々の九十二点であった。

「まあまあかな。あれ?君、次の曲入れないの?」
「少し休憩させてくれ…」
「私はまだまだいけるんだけどなあ。しょうがないねえ」

 そう言って彼女は手に持っていたマイクをテーブルに置いた。

「お前って歌も上手いんだな」
「私、天才児ですからね」

 彼女はピースサインをしてコップに入っているオレンジジュースを一気に飲み干した。点数も九十点以上をずっと叩き出し、本当に天才ではあった。ボウリングでも圧倒されカラオケでも大差をつけられ、こいつに何か苦手なことはないのだろうか。

「そういえば、飛鳥くんってこのバンド好きなの?」

 彼女はデンモクの履歴に載っている俺が歌った曲のバンド名を指差した。

「ああ、好きだよ。中学のときからずっと聴いてる」
「へえ。実はさ今日はまだ歌ってないけど私も好きなの。そのバンド」
「お前がか?」

 彼女がこのバンドを好きだというのは驚いた。このバンドはとびきり有名というわけでもなく、かといってマイナーなわけでもないのだが、作る曲は恋愛を描くようなものなどはほとんどなく、単純でストレートな歌詞。曲調も技巧派の複雑なものはなくシンプルで簡単なものだ。そして何よりボーカルが特徴的すぎる。歌い方はスタイリッシュなものとは言えず荒々しく野性的だ。ライブでは一ヶ所に留まって大人しく歌うということはなく右に左に暴れるようなライブパフォーマンスをする。そのため女子があまり好むようなバンドではないのである。

「私が好きって意外かなあ?」
「意外過ぎて驚いた。お前のような女子でもこのバンドが好きなんだな」
「だってさ、かっこいいじゃん」

 ものすごく簡潔な理由であるが俺はすぐに納得してしまった。かっこいいんだ。この曲が何かのメッセージを訴えてこのメロディーのどこが良いかなんて難しいことじゃなくてこのバンドが好きなのってただ単純にかっこいいっていう理由に尽きるのだ。俺もそのかっこよさに惹かれて虜になっているんだ。その点では俺も彼女も同じなんだな。

「じゃあ、次歌いますか!」
「もう休憩終わりかよ」

 疲れ知らずの彼女はそのバンドの曲を入れて歌い出した。