それからは色んな所に連れていかれた。あるときは。
「お待ち!」
湯気が絶え間なく上がる厨房からいかつい店主の威勢の良い声と共に目の前に山のようにそびえ立つもやしとキャベツ、その野菜の上に茶色に煌めく背脂、拳のような塊のチャーシューが豪快にトッピングされたラーメンのどんぶりが置かれた。ボリュームの凄まじさに度肝を抜かれカウンターの隣の彼女を見た。
「これ食いきれるのか…?」
「食べきれるかどうかじゃない。食べきるの」
そう言って彼女は「いただきます」の掛け声と共にその野菜の山を開拓しだした。こんなの完食できるわけないだろうよ。
ため息を吐き、ふと、後ろを見ると食券を持った順番待ちの他の客が列をなして待っていた。一列に並んだ常連のような客たちは歴戦の猛者のような顔つきをしており、今か今かと自分の順番が来るのを獣のような目つきでこちらで見ていた。その気迫に気圧され、すぐに自分のラーメンに向き直った。
こういったデカ盛りのラーメンを提供する店は回転率が大事だという話を思い出した。それとゆっくり食べてしまうと満腹感を覚えてしまう。難しいことは考えるな。自分にそう言い聞かせ、俺は覚悟を決めて箸を握った。
店から出たときにはもう限界だった。一歩一歩歩く度に許容量を超えた胃が全力で抗議していてとても苦しかった。先に店を出て外で待っていた彼女は涼しそうな表情でこちらを見て苦しんでいる俺を笑っていた。
「これでラーメンデカ盛りを食べたいってのが達成できた!」
「本当にあんな量食べたのによく元気でいられるな…」
「そりゃそうだよ!次があるからね!」
「次!?」
抗議の声を上げる俺をスルーして彼女はラーメン屋から少し歩いたところの百貨店に連れて行きその中に店舗を構えるクレープ屋に着いた。店には壁に伝って長蛇の列ができていた。従業員の案内で最後尾に行くと「ここから三十分待ち」と書かれた看板が立てられていた。
「結構並ぶじゃねえか」
「じゃあその間にお腹空くじゃん」
「なわけないだろ…」
「私はもう食べれるよ」
彼女は自分のお腹をポンポンと叩いて、真自慢気に笑っているが、俺は彼女の底なしの胃袋にドン引きしてこれ以上言葉が出なかった。
そんなことを話しながらずっと並んでいるとやっと俺らの順番が来た。店員の人がオーダーを聞いてきたが、やはり三十分待ってもこの満腹感は消えることはなかった。彼女に小声で「やっぱ食えないからお前一人分で頼む」と言った。彼女は大きく看板に載っているこの店一押しのイチゴがこれでもかとたくさん使われているクレープを注文した。
彼女がクレープを受け取り、俺たちは近くにあったベンチに腰を掛けた。あのデカ盛りラーメンの余波にうなだれながらている隣で彼女は美味しそうにクレープを食べていた。
「やばい!おいしい!」
「それはよかった。よかった」
受け流すようにうつむきながらスマホをいじっていると、彼女は俺の肩を指で突いて「こっち見て」と言った。
スマホから目を離し、彼女の顔を見ると、彼女は手に持っている食べかけのクレープを俺の口に突っ込んだ。反射的に口を開け、押し付けられたクレープを吐き出すわけにもいかず強制的にかじることになった。口の中にイチゴの酸味と生クリームの甘味が零れるように広がり、その両者を甘すぎないビターなチョコレートソースが包み込むような味わいであった。
「いきなり何するんだ!?」
「おいしかったでしょ?」
「そうだったけど、何も口に無理矢理突っ込むことないだろうよ」
「おいしいものは分割せよってね」
彼女は中学の国語の教科書に出て来たルロイ修道士のセリフのようなことを言って高笑いを上げ、再びクレープを頬張った。本当にこいつと居ると調子が来るってしょうがない。
クレープを食べ終えると、彼女が服を見たいというのでそのままデパート内の色んなショップが並んでいるフロアに向かった。乗って来たエスカレーター近くのショップに入ると、置いてある売り物のサングラスをおもむろに手に取り俺にかけた。
「不良がサングラスかけると、より本物って感じがするね」
「うるせえ」
「やっぱり恐いねえ」
彼女の煽りをスルーしてサングラスを外し元の場所に戻した。
「似合っているんだから買っちゃえば?」
と彼女は言うが、値札を見ると五千円もするとのことで貧乏高校生にはとても手が出せる代物ではなかった。
彼女の目当てのレディースの売り場に着き男子にとって見慣れない服の多さに圧倒されていると、彼女は二つの白いブラウスを手に取った。
「ねえ、どっちが似合うかな?」
色の同じブラウスに違いなんてあるのか。けれどもよく見てみると微妙に模様であったり襟の形が違うのがわかった。違いがわかったからといって女子のファッションについて素人の俺がどっちが似合うのかなんてわかるわけがなかろう。
しかし彼女のことだから本人的に違うと思った方を選んでしまった場合きっと「センスがない」だとか「見る目がない」挙句の果てには「だからモテないんだよ」とボコボコにマウントを取られるに違いない。それだけは何としても避けたい。
確率は二分の一。意を決して「こっちだな」と動揺を漏らさないように彼女の右手に持っている方のブラウスを指差した。
「やっぱり!?私もこっちの方がいいと思ったんだよね」
「そうか」
冷静にそう返すが心の中では思いっきりガッツポーズを決めていた。
「じゃ、買ってくるね」
彼女は俺の選んだブラウスを手にレジに向かい会計を済ませた。店から出ると「意外とセンスあるんだね」と言われた。ただの五十パーセントのギャンブルに成功しただけなのに悪い気はしなかった。
「お待ち!」
湯気が絶え間なく上がる厨房からいかつい店主の威勢の良い声と共に目の前に山のようにそびえ立つもやしとキャベツ、その野菜の上に茶色に煌めく背脂、拳のような塊のチャーシューが豪快にトッピングされたラーメンのどんぶりが置かれた。ボリュームの凄まじさに度肝を抜かれカウンターの隣の彼女を見た。
「これ食いきれるのか…?」
「食べきれるかどうかじゃない。食べきるの」
そう言って彼女は「いただきます」の掛け声と共にその野菜の山を開拓しだした。こんなの完食できるわけないだろうよ。
ため息を吐き、ふと、後ろを見ると食券を持った順番待ちの他の客が列をなして待っていた。一列に並んだ常連のような客たちは歴戦の猛者のような顔つきをしており、今か今かと自分の順番が来るのを獣のような目つきでこちらで見ていた。その気迫に気圧され、すぐに自分のラーメンに向き直った。
こういったデカ盛りのラーメンを提供する店は回転率が大事だという話を思い出した。それとゆっくり食べてしまうと満腹感を覚えてしまう。難しいことは考えるな。自分にそう言い聞かせ、俺は覚悟を決めて箸を握った。
店から出たときにはもう限界だった。一歩一歩歩く度に許容量を超えた胃が全力で抗議していてとても苦しかった。先に店を出て外で待っていた彼女は涼しそうな表情でこちらを見て苦しんでいる俺を笑っていた。
「これでラーメンデカ盛りを食べたいってのが達成できた!」
「本当にあんな量食べたのによく元気でいられるな…」
「そりゃそうだよ!次があるからね!」
「次!?」
抗議の声を上げる俺をスルーして彼女はラーメン屋から少し歩いたところの百貨店に連れて行きその中に店舗を構えるクレープ屋に着いた。店には壁に伝って長蛇の列ができていた。従業員の案内で最後尾に行くと「ここから三十分待ち」と書かれた看板が立てられていた。
「結構並ぶじゃねえか」
「じゃあその間にお腹空くじゃん」
「なわけないだろ…」
「私はもう食べれるよ」
彼女は自分のお腹をポンポンと叩いて、真自慢気に笑っているが、俺は彼女の底なしの胃袋にドン引きしてこれ以上言葉が出なかった。
そんなことを話しながらずっと並んでいるとやっと俺らの順番が来た。店員の人がオーダーを聞いてきたが、やはり三十分待ってもこの満腹感は消えることはなかった。彼女に小声で「やっぱ食えないからお前一人分で頼む」と言った。彼女は大きく看板に載っているこの店一押しのイチゴがこれでもかとたくさん使われているクレープを注文した。
彼女がクレープを受け取り、俺たちは近くにあったベンチに腰を掛けた。あのデカ盛りラーメンの余波にうなだれながらている隣で彼女は美味しそうにクレープを食べていた。
「やばい!おいしい!」
「それはよかった。よかった」
受け流すようにうつむきながらスマホをいじっていると、彼女は俺の肩を指で突いて「こっち見て」と言った。
スマホから目を離し、彼女の顔を見ると、彼女は手に持っている食べかけのクレープを俺の口に突っ込んだ。反射的に口を開け、押し付けられたクレープを吐き出すわけにもいかず強制的にかじることになった。口の中にイチゴの酸味と生クリームの甘味が零れるように広がり、その両者を甘すぎないビターなチョコレートソースが包み込むような味わいであった。
「いきなり何するんだ!?」
「おいしかったでしょ?」
「そうだったけど、何も口に無理矢理突っ込むことないだろうよ」
「おいしいものは分割せよってね」
彼女は中学の国語の教科書に出て来たルロイ修道士のセリフのようなことを言って高笑いを上げ、再びクレープを頬張った。本当にこいつと居ると調子が来るってしょうがない。
クレープを食べ終えると、彼女が服を見たいというのでそのままデパート内の色んなショップが並んでいるフロアに向かった。乗って来たエスカレーター近くのショップに入ると、置いてある売り物のサングラスをおもむろに手に取り俺にかけた。
「不良がサングラスかけると、より本物って感じがするね」
「うるせえ」
「やっぱり恐いねえ」
彼女の煽りをスルーしてサングラスを外し元の場所に戻した。
「似合っているんだから買っちゃえば?」
と彼女は言うが、値札を見ると五千円もするとのことで貧乏高校生にはとても手が出せる代物ではなかった。
彼女の目当てのレディースの売り場に着き男子にとって見慣れない服の多さに圧倒されていると、彼女は二つの白いブラウスを手に取った。
「ねえ、どっちが似合うかな?」
色の同じブラウスに違いなんてあるのか。けれどもよく見てみると微妙に模様であったり襟の形が違うのがわかった。違いがわかったからといって女子のファッションについて素人の俺がどっちが似合うのかなんてわかるわけがなかろう。
しかし彼女のことだから本人的に違うと思った方を選んでしまった場合きっと「センスがない」だとか「見る目がない」挙句の果てには「だからモテないんだよ」とボコボコにマウントを取られるに違いない。それだけは何としても避けたい。
確率は二分の一。意を決して「こっちだな」と動揺を漏らさないように彼女の右手に持っている方のブラウスを指差した。
「やっぱり!?私もこっちの方がいいと思ったんだよね」
「そうか」
冷静にそう返すが心の中では思いっきりガッツポーズを決めていた。
「じゃ、買ってくるね」
彼女は俺の選んだブラウスを手にレジに向かい会計を済ませた。店から出ると「意外とセンスあるんだね」と言われた。ただの五十パーセントのギャンブルに成功しただけなのに悪い気はしなかった。