メロンパンも食べ終わり、音楽プレイヤーも次の曲に差し掛かりそうになったとき、玄関の扉が開く音が聞こえた。そのまま階段を上る足音が聞こえてきたと思ったときには自室の扉が開かれた。リクルートスーツを着て長い髪を後ろに結った就活スタイルの秋穂が入って来た。
「ただいまー。玄関に靴あったから来たけど早退したの?」
「ああ。熱っぽくて」
急いでイヤホンを耳から外しそう言うと、秋穂は訝し気な目で俺を見つめた。
「本当?その割には元気そうだけどね」
ベッドで寝てないで椅子に座り耳にイヤホンを付けていたら疑うのは無理がないだろう。秋穂はしばらく俺の方を見つめてどうしたものかと考えているようだが、気だるげに結っているヘアゴムを外して言う。
「まあでも、あんたもあんまりサボりすぎるんじゃないよ」
普段は口うるさい姉だが、今日は珍しくそれ以上の追求はなかった。恐らく秋穂は就活で疲れているのだろう。数ヶ月前から連日休みなくスーツを着て多くの企業に出向いているのだが、肝心な内定は未だに一つもない。面接の通過や不採用通知のメールが来る度に一喜一憂していて気が休まるときがないのだ。
そのため家に居るときに弟のことを気に掛ける余裕もないに違いない。今の俺にとっては好都合ではあるが、そんな口うるさい姉が俺のことを問い詰めなければならない仮病という重罪を見逃そうとしているぐらいに疲労していることに少し心配になった。
秋穂が部屋から出ると再びイヤホンを耳に付けた。部屋の壁に立てかけられている時計を見ると時刻はちょうど午後一時であった。もうそろそろ午後の授業が始まるころだろうか。体育館での教師への反抗で帰ろうとしたとき、クラスメイトたちはざわめき、教師からの怒鳴り声が背中から聞こえていたのを思い出す。
あのときはちょっとした騒ぎにもなり、きっと昼休みにはクラスで俺の行動の話題で持ち切りだっただろう。けれど、昼休みが終わればそんな事件の騒ぎも収まって気にしなくなるはずだ。明日の朝、俺が登校すれば思い出したかのように再び騒ぎ出すけれどもそれは一瞬で収まり再びいつも通りの日常に戻るだろう。
結局は「繰り返し」なのだ。朝起きて学校で授業を受けて帰宅して寝る。一人ひとりがそれを行い、それがクラスで、そして学校全体に広がりその「繰り返し」が巨大な波となっているだけだ。俺一人が「例外」を行ってもそんな当たり前の波は消えることはないし、ほとんどの人間はその波から溢れた俺を気にかけることはないだろう。
音楽をストリーミングしながらグダグダしている内に日は暮れて夕食時になった。一階のリビングに降りると、テーブルには二人分のご飯と味噌汁と焼き魚が置かれていた。
「もうできてるから座って食べて」
そうキッチンで立っている秋穂に言われて席に座り、しばらくして秋穂も向かい側に座るとお互いに「いただきます」と言って食べ始めた。
先ほどのこともあってお互いに無言で食べ進め、リビングではテレビのバラエティー番組のひな壇芸人の大きな笑い声が聞こえているだけだった。しばらくしてから秋穂は俺の方を見つめて伺うように「あのさ」と話を切り出した。
「あんたが今日ずる休みしたかどうかは聞かないけどさ、天国のお母さんを悲しませることするんじゃないよ」
秋穂は亡くなった母さんのことを持ち出し、俺の良心に訴えかけるように語りかけた。「ああ、わかったよ」と反駁することなく短く返事をして、黙々と夕食を食べ続けた。
今回は素直にするという選択肢を取った。もちろん後悔はなかった。後悔がなければ体育の授業のときだって素直に謝れば良かったのかもしれない。あのときの行動を後悔しているわけではない。けれども、しばらく真面目に大人しく過ごそうと思った。
「ただいまー。玄関に靴あったから来たけど早退したの?」
「ああ。熱っぽくて」
急いでイヤホンを耳から外しそう言うと、秋穂は訝し気な目で俺を見つめた。
「本当?その割には元気そうだけどね」
ベッドで寝てないで椅子に座り耳にイヤホンを付けていたら疑うのは無理がないだろう。秋穂はしばらく俺の方を見つめてどうしたものかと考えているようだが、気だるげに結っているヘアゴムを外して言う。
「まあでも、あんたもあんまりサボりすぎるんじゃないよ」
普段は口うるさい姉だが、今日は珍しくそれ以上の追求はなかった。恐らく秋穂は就活で疲れているのだろう。数ヶ月前から連日休みなくスーツを着て多くの企業に出向いているのだが、肝心な内定は未だに一つもない。面接の通過や不採用通知のメールが来る度に一喜一憂していて気が休まるときがないのだ。
そのため家に居るときに弟のことを気に掛ける余裕もないに違いない。今の俺にとっては好都合ではあるが、そんな口うるさい姉が俺のことを問い詰めなければならない仮病という重罪を見逃そうとしているぐらいに疲労していることに少し心配になった。
秋穂が部屋から出ると再びイヤホンを耳に付けた。部屋の壁に立てかけられている時計を見ると時刻はちょうど午後一時であった。もうそろそろ午後の授業が始まるころだろうか。体育館での教師への反抗で帰ろうとしたとき、クラスメイトたちはざわめき、教師からの怒鳴り声が背中から聞こえていたのを思い出す。
あのときはちょっとした騒ぎにもなり、きっと昼休みにはクラスで俺の行動の話題で持ち切りだっただろう。けれど、昼休みが終わればそんな事件の騒ぎも収まって気にしなくなるはずだ。明日の朝、俺が登校すれば思い出したかのように再び騒ぎ出すけれどもそれは一瞬で収まり再びいつも通りの日常に戻るだろう。
結局は「繰り返し」なのだ。朝起きて学校で授業を受けて帰宅して寝る。一人ひとりがそれを行い、それがクラスで、そして学校全体に広がりその「繰り返し」が巨大な波となっているだけだ。俺一人が「例外」を行ってもそんな当たり前の波は消えることはないし、ほとんどの人間はその波から溢れた俺を気にかけることはないだろう。
音楽をストリーミングしながらグダグダしている内に日は暮れて夕食時になった。一階のリビングに降りると、テーブルには二人分のご飯と味噌汁と焼き魚が置かれていた。
「もうできてるから座って食べて」
そうキッチンで立っている秋穂に言われて席に座り、しばらくして秋穂も向かい側に座るとお互いに「いただきます」と言って食べ始めた。
先ほどのこともあってお互いに無言で食べ進め、リビングではテレビのバラエティー番組のひな壇芸人の大きな笑い声が聞こえているだけだった。しばらくしてから秋穂は俺の方を見つめて伺うように「あのさ」と話を切り出した。
「あんたが今日ずる休みしたかどうかは聞かないけどさ、天国のお母さんを悲しませることするんじゃないよ」
秋穂は亡くなった母さんのことを持ち出し、俺の良心に訴えかけるように語りかけた。「ああ、わかったよ」と反駁することなく短く返事をして、黙々と夕食を食べ続けた。
今回は素直にするという選択肢を取った。もちろん後悔はなかった。後悔がなければ体育の授業のときだって素直に謝れば良かったのかもしれない。あのときの行動を後悔しているわけではない。けれども、しばらく真面目に大人しく過ごそうと思った。