家に着いたときにはもう夜の九時であった。何も連絡を入れずに遅く帰ってきたとなれば秋穂から小言を言われるだろうか。先ほどの余韻を引きずり玄関の扉を開けるときまではそんな考えは一切頭によぎらなかった。
 リビングに入ると秋穂から文句の一つでも飛んでくるかと思ったが点けっぱなしのテレビの声がするだけであった。テーブルに目をやると秋穂がリクルートスーツのままだらしなく突っ伏していた。テーブルの上には度数九パーセントのストロング系チューハイのロング缶が三本ほど転がっていることから察するに酔い潰れたのだろう。近くに寄り「ただいま」と身体をゆするが全く反応がない。

「おいっ。急性アル中か?」

 背中を叩いて耳元で大きな声を出したとき秋穂が気だるそうに顔を上げた。

「うん…飛鳥?帰ってきたんだ?おかえり…」
「マジで大丈夫か?」

 焦点が定まらず少し呂律の回らない声の秋穂の頬には泣いた跡ができていた。もしかして俺の知らないところで男と付き合っていてフラれたのか。そんなことはねえ。こんな酒クズと付き合える勇者なんて中々お目にかかれるものではない。

「どうしたんだよ?こんなに飲んで」
「いやさあ。今日内定者研修で失敗しちゃってえ」

 秋穂は目を潤ませながら酒焼けのガラガラ声で管を巻き始めた。面倒なことになった。聞くんじゃなかった。

「今日はさあ、内定者研修があって社員の方やみんなの前でねえ、これから社会人になる志やあ、この会社での目標をさあ、発表するっていうのがあったんだけどお、私のは熱意が足りないってみんなの前で怒られちゃったの」

 鼻をすすり、しゃっくりをさせながら喋る秋穂の頬に再び涙が零れ出した。そのまま涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で俺の腹に抱き着いて大声で泣き出し始めた。どうしようもねえ。

「一生懸命やったんだろ?」
「そうだけどさあ!やっぱり社会人の方たちからそう言われたらそうなんだと思うよ」
「社会人だかなんだか知らんけどあんまり気にしすぎるなよ」

 一しきり騒いだ秋穂は再びテーブルに突っ伏した。ようやく収まったか。酔いつぶれた秋穂を抱え上げて二階の彼女の自室のベッドまでやっとの思いで運び込んだ。重い。こないだのように思わず愚痴りそうになったけれども聞かれたら殺されそうだからなんとか押しとどめた。

 一仕事を済まし夕食と風呂を終え自室のベッドで横になった。しばらくはスマホでソーシャルゲームをしていたがボウリングでの疲れがどっと出て遊び続ける気にもなれず枕もとに放り投げてしまった。
 腕の疲れに加えて秋穂の介抱でもう限界だったのでそのまま沈むように深い眠りにつこうとしたときだった。放り投げたスマホの着信音が鳴った。見るとあいつからのメッセージだった。

『今日はありがとね。やりたいことリストっていうのを作ったから見てよ。じゃ。明日からもよろしくね(ハート)』

 そんな文面と共に丁寧にPDF形式のファイルが添付されていた。ファイルを開いてみるとびっしりと箇条書きで彼女のやりたいことの願望が書かれていた。
 こんな面倒なことに付き合うはめになるなら、あのときタバコなんて吸うんじゃなかった。うつ伏せになってやりきれない思いをぶつけるように枕に拳を叩きつけた。