レーンの上を勢いよく転がったボールが十本すべてのコーンを景気の良い音と共になぎ倒した。頭上のスクリーンには爆発の派手なエフェクトを背景に「STRIKE」のカラフルな文字がでかでかと表示された。棒読みで「ナイスストライク」と彼女に渇いた拍手をした。
「カフェの次はボウリングかよ」
「いやあ。生まれてから一度も経験したことなかったからやってみたかったんだよねえ」
彼女がアプローチから降り、俺の座っている椅子に近寄り両の掌を挙げてハイタッチを促してくるので喉にまで出かかったさらなる抗議の言葉を押し戻し、渋々にこやかに笑う彼女にハイタッチをした。
「次は飛鳥くんの番だね。学年一の遊び人の腕前を見せてもらおうかな」
彼女は意地の悪い笑みを浮かべ、俺の隣に座るとペットボトルのコーラをラッパ飲みした。
「あー。うまい」
「俺のことバカにしすぎだろ。あと授業をサボってはいるけども決して遊び人じゃねえからな」
そうやってあいつに対して反論はするけども実際内心では自信に満ち溢れていた。ボウリングは中学時代よく友人とやっていて人並み以上に上手い自覚はある。小遣いが足りずに計画は頓挫してしまったけれども、マイボールの購入も検討していたぐらいにはボウリングは好きだし得意だ。彼女の先ほどの投球を見る限り、筋は良いかもしれないけれどもフォームは素人丸出しであった。あのストライクも所詮ビギナーズラックだろう。
制服のワイシャツの袖をめくり、ネクタイを外しアプローチに上がった。リターンラックからボールの三つの穴に指をかけて持ち上げ、助走をつけレーンへ投球した。レーンの中心を真っ直ぐ突き進み、先頭のピンに当たった。
ストライクだ。そう確信したのも束の間なぎ払われたピンを見ると一番右後ろのピンだけが残っていた。その場で地団駄を踏みたくなるようなミスであったが動揺を悟られるとまた彼女にからかわれると思い平静を装った。後ろを振り返るとやはりニヤニヤと俺のことを見つめていた。あいつ舐めやがって。そのとき俺は目にものを見せてやろうと思った。
リターンラックにボールが戻ってくると今度は穴に親指を入れずに二本の指だけを入れ、一投目よりレーンの左側から両手で抱え上げたまま投げた。ボールはレーンを右斜めにガターに向かって転がっていった。彼女の方を振り返ると勝者の笑みを浮かべていたが、すぐにその笑顔から驚きの表情に変わっていた。
よし、成功したか。再びレーンに目を戻すと先ほどまで右側に向かって転がっていたボールはガターには入らずに残ったピンを捉えたかのように転がりそのまま最後の一本を弾き倒した。そして頭上のスクリーンは俺のこの投球を祝福するかのように大きく「SPARE」と表示された。
「ほらな。スペア取れた」
「すごい!」
鼻で笑いながらアプローチから降りると、彼女は拍手をしながら入れ替わるようにアプローチに登った。リターンラックから彼女のボールを手に取ると先ほど俺が見せた投球法のように二つの穴だけに指を入れ出した。そしてあの技をどのように再現しようかと抱えたり持ち上げたりとフォームの試行を繰り返しだした。
「いきなり初心者がサムレスなんかできるわけねえぞ。やめとけって」
彼女はこちらを振り返って不満気な顔で言う。
「いいからそんなこと言わずに見ててよ」
俺の言葉を無視してレーンの方に向き直ると彼女は俺が先ほどやった投球のフォームで投げた。そのフォームの形は俺のものとは微妙に異なっているけれども見様見真似なのに整えられてはいたように見えた。
サムレス投法のフォームの筋は悪くはない。けれど所詮は素人だ。さすがに失敗するだろうと高を括っていたのも束の間ボールは小さな弧を描いたように思えた。
「嘘だろ!?」
と思わず声が出た。ボールはそのまま真ん中のピンにぶつかった。捉えどころは良かったが、フォームがそこまで安定していない投球で勢いが足りなかったせいか十本に並べられたピンの中心部分だけがえぐれるように倒れ、左右両端のピンだけが残ってしまった。
「ああー。これスプリットってやつだよねえ。これじゃあスペア取れないなー」
「いや、普通にすげえよ。俺が見せたあの一回で習得するなんて…」
アプローチ上であいつは悔しがっているけれども俺は開いた口が塞がらなかった。何度も通い詰めて練習したサムレスをいとも簡単にできてしまうことのできる才能に嫉妬すら覚えた。
彼女の二投目のサムレスは先ほどよりもレーンの左側から投げられ、右端のピンを正確に狙い当てた。しかも一投目のときよりも安定したフォームであった。天才か。
あいつはその後の投球も初心者の癖にストレートとサムレスを使いこなし順調にスコアを稼いでいった。俺もこいつよりはベテランという意地から負けじと一球一球をかつてないほど真剣に投げるようにした
結局このゲームは彼女がスコア一八三。俺が二五二。あいつに勝つことはできたが初心者、ましてや初めてのボウリングにしてはバケモノじみたスコアだ。
「あーあ。飛鳥くんに勝てなかったあ。もしかしたらいけると思ったのになあ」
「初めてボウリングしてそのスコアはやべえよ。才能の塊だろ」
「でも、今日の目標までは程遠いんだよね」
「目標?」
「スコア三00取りたい」
あどけなくそう言うが彼女はこの数字の意味を理解しているのか。
「は?それってパーフェクト。つまり全部ストライク取るってことだぞ?」
「もちろん知ってるよ。今の私ならいけるかなって。パーフェクト取れたらきっと私も満足するよ。だからそれまで付き合ってね」
「冗談だろ。おい」
結局その後はひたすらに投球を続け、気付けば十七ゲーム目まで投げていた。八ゲーム目を越えたあたりから右腕が痛くなり始めスコアは右肩下がりに落ちていった。それに対して彼女は疲れ知らずなのか、俺とは対照的に投球の度にフォームは洗練されて右肩上がりにスコアを伸ばしていった。
最後の十七ゲーム目では俺がスコア一二五であいつがスコア二三四の大差をつけられて負けてしまった。このゲームを終えたときにボウリング場のスタッフから次のグループの順番待ちが発生しているからということで俺たちは帰ることになった。
ボウリング場から出ると外は暗くすっかり夜になっていた。その帰り道の住宅街で、俺が投球しすぎて痛めた右手の感覚を確かめようと握っては開きを繰り返しているときだった。
「今日は楽しかったよ」
一切の疲れを見せずに元気そうに彼女がそう言った。
「それは良かったな」
「何かすごい他人事だね」
「あんだけ投げて腕が痛いんだよ」
「私はまだまだ全然平気。もっとやりたかったなあ」
彼女は手をブンブン振り回して見せた。一体この華奢な体形のどこにそんな力が宿っているのだろうか。俺はもう右手を上げるのさえきつかった。
明日はひどい筋肉痛だろうな。そんなことを考えながら歩いていると彼女との別れ道の丁字路に差し掛かった。
「今日は目標スコア達成できなかったけど満足できた。ありがとうね」
その満足できたという言葉に俺は食いつくように言う。
「ということは写真を消してくれるのか?」
「それはまだお預けだよ」
「期待しなきゃ良かったよ」
「ごめんって。ごめんね」
そう言って並んで歩いていた彼女は俺の前に出て両手を合わせて謝ってきた。
「代わりにとっておきのプレゼントあげるから許してよ」
「何くれるんだよ?」
「手を出して目を瞑って。絶対開けちゃダメだよ」
薄目を開けておこうと思ったがバレたら何をされるかわからないから素直に目を瞑って手を出した。手に虫のおもちゃでも乗せてからかうのだろう。少し待っても何も渡されない。焦らして怖がらせるつもりか。早くしろよ。どうせ子ども騙しのいたずらなんだから手短でもいいだろ。
腕の疲れも重なり苛立ちから文句を言おうとしたときだった。額が温かく柔らかいものが押し当てられた。直感的にそれが唇だとすぐに気づいた。身体が熱くなった。胸が締められるような感じだ。思わず目を開けると彼女は遠くに走って立っていた。薄暗い街灯の光が彼女の姿を微かに照らすが顔は暗く表情は読み取れない。驚きで言葉が出ない俺に彼女は大きな声で言う。
「それじゃあ、またね!」
溌剌な声を張り彼女は手を振って再び走っていった。彼女が見えなくなっても俺は呆然としていた。
「え?」
斜め上のいたずらに俺はそれしか言葉が出なかった。そしてそのまま再び無言になり彼女とは反対方向に歩き始めた。
「カフェの次はボウリングかよ」
「いやあ。生まれてから一度も経験したことなかったからやってみたかったんだよねえ」
彼女がアプローチから降り、俺の座っている椅子に近寄り両の掌を挙げてハイタッチを促してくるので喉にまで出かかったさらなる抗議の言葉を押し戻し、渋々にこやかに笑う彼女にハイタッチをした。
「次は飛鳥くんの番だね。学年一の遊び人の腕前を見せてもらおうかな」
彼女は意地の悪い笑みを浮かべ、俺の隣に座るとペットボトルのコーラをラッパ飲みした。
「あー。うまい」
「俺のことバカにしすぎだろ。あと授業をサボってはいるけども決して遊び人じゃねえからな」
そうやってあいつに対して反論はするけども実際内心では自信に満ち溢れていた。ボウリングは中学時代よく友人とやっていて人並み以上に上手い自覚はある。小遣いが足りずに計画は頓挫してしまったけれども、マイボールの購入も検討していたぐらいにはボウリングは好きだし得意だ。彼女の先ほどの投球を見る限り、筋は良いかもしれないけれどもフォームは素人丸出しであった。あのストライクも所詮ビギナーズラックだろう。
制服のワイシャツの袖をめくり、ネクタイを外しアプローチに上がった。リターンラックからボールの三つの穴に指をかけて持ち上げ、助走をつけレーンへ投球した。レーンの中心を真っ直ぐ突き進み、先頭のピンに当たった。
ストライクだ。そう確信したのも束の間なぎ払われたピンを見ると一番右後ろのピンだけが残っていた。その場で地団駄を踏みたくなるようなミスであったが動揺を悟られるとまた彼女にからかわれると思い平静を装った。後ろを振り返るとやはりニヤニヤと俺のことを見つめていた。あいつ舐めやがって。そのとき俺は目にものを見せてやろうと思った。
リターンラックにボールが戻ってくると今度は穴に親指を入れずに二本の指だけを入れ、一投目よりレーンの左側から両手で抱え上げたまま投げた。ボールはレーンを右斜めにガターに向かって転がっていった。彼女の方を振り返ると勝者の笑みを浮かべていたが、すぐにその笑顔から驚きの表情に変わっていた。
よし、成功したか。再びレーンに目を戻すと先ほどまで右側に向かって転がっていたボールはガターには入らずに残ったピンを捉えたかのように転がりそのまま最後の一本を弾き倒した。そして頭上のスクリーンは俺のこの投球を祝福するかのように大きく「SPARE」と表示された。
「ほらな。スペア取れた」
「すごい!」
鼻で笑いながらアプローチから降りると、彼女は拍手をしながら入れ替わるようにアプローチに登った。リターンラックから彼女のボールを手に取ると先ほど俺が見せた投球法のように二つの穴だけに指を入れ出した。そしてあの技をどのように再現しようかと抱えたり持ち上げたりとフォームの試行を繰り返しだした。
「いきなり初心者がサムレスなんかできるわけねえぞ。やめとけって」
彼女はこちらを振り返って不満気な顔で言う。
「いいからそんなこと言わずに見ててよ」
俺の言葉を無視してレーンの方に向き直ると彼女は俺が先ほどやった投球のフォームで投げた。そのフォームの形は俺のものとは微妙に異なっているけれども見様見真似なのに整えられてはいたように見えた。
サムレス投法のフォームの筋は悪くはない。けれど所詮は素人だ。さすがに失敗するだろうと高を括っていたのも束の間ボールは小さな弧を描いたように思えた。
「嘘だろ!?」
と思わず声が出た。ボールはそのまま真ん中のピンにぶつかった。捉えどころは良かったが、フォームがそこまで安定していない投球で勢いが足りなかったせいか十本に並べられたピンの中心部分だけがえぐれるように倒れ、左右両端のピンだけが残ってしまった。
「ああー。これスプリットってやつだよねえ。これじゃあスペア取れないなー」
「いや、普通にすげえよ。俺が見せたあの一回で習得するなんて…」
アプローチ上であいつは悔しがっているけれども俺は開いた口が塞がらなかった。何度も通い詰めて練習したサムレスをいとも簡単にできてしまうことのできる才能に嫉妬すら覚えた。
彼女の二投目のサムレスは先ほどよりもレーンの左側から投げられ、右端のピンを正確に狙い当てた。しかも一投目のときよりも安定したフォームであった。天才か。
あいつはその後の投球も初心者の癖にストレートとサムレスを使いこなし順調にスコアを稼いでいった。俺もこいつよりはベテランという意地から負けじと一球一球をかつてないほど真剣に投げるようにした
結局このゲームは彼女がスコア一八三。俺が二五二。あいつに勝つことはできたが初心者、ましてや初めてのボウリングにしてはバケモノじみたスコアだ。
「あーあ。飛鳥くんに勝てなかったあ。もしかしたらいけると思ったのになあ」
「初めてボウリングしてそのスコアはやべえよ。才能の塊だろ」
「でも、今日の目標までは程遠いんだよね」
「目標?」
「スコア三00取りたい」
あどけなくそう言うが彼女はこの数字の意味を理解しているのか。
「は?それってパーフェクト。つまり全部ストライク取るってことだぞ?」
「もちろん知ってるよ。今の私ならいけるかなって。パーフェクト取れたらきっと私も満足するよ。だからそれまで付き合ってね」
「冗談だろ。おい」
結局その後はひたすらに投球を続け、気付けば十七ゲーム目まで投げていた。八ゲーム目を越えたあたりから右腕が痛くなり始めスコアは右肩下がりに落ちていった。それに対して彼女は疲れ知らずなのか、俺とは対照的に投球の度にフォームは洗練されて右肩上がりにスコアを伸ばしていった。
最後の十七ゲーム目では俺がスコア一二五であいつがスコア二三四の大差をつけられて負けてしまった。このゲームを終えたときにボウリング場のスタッフから次のグループの順番待ちが発生しているからということで俺たちは帰ることになった。
ボウリング場から出ると外は暗くすっかり夜になっていた。その帰り道の住宅街で、俺が投球しすぎて痛めた右手の感覚を確かめようと握っては開きを繰り返しているときだった。
「今日は楽しかったよ」
一切の疲れを見せずに元気そうに彼女がそう言った。
「それは良かったな」
「何かすごい他人事だね」
「あんだけ投げて腕が痛いんだよ」
「私はまだまだ全然平気。もっとやりたかったなあ」
彼女は手をブンブン振り回して見せた。一体この華奢な体形のどこにそんな力が宿っているのだろうか。俺はもう右手を上げるのさえきつかった。
明日はひどい筋肉痛だろうな。そんなことを考えながら歩いていると彼女との別れ道の丁字路に差し掛かった。
「今日は目標スコア達成できなかったけど満足できた。ありがとうね」
その満足できたという言葉に俺は食いつくように言う。
「ということは写真を消してくれるのか?」
「それはまだお預けだよ」
「期待しなきゃ良かったよ」
「ごめんって。ごめんね」
そう言って並んで歩いていた彼女は俺の前に出て両手を合わせて謝ってきた。
「代わりにとっておきのプレゼントあげるから許してよ」
「何くれるんだよ?」
「手を出して目を瞑って。絶対開けちゃダメだよ」
薄目を開けておこうと思ったがバレたら何をされるかわからないから素直に目を瞑って手を出した。手に虫のおもちゃでも乗せてからかうのだろう。少し待っても何も渡されない。焦らして怖がらせるつもりか。早くしろよ。どうせ子ども騙しのいたずらなんだから手短でもいいだろ。
腕の疲れも重なり苛立ちから文句を言おうとしたときだった。額が温かく柔らかいものが押し当てられた。直感的にそれが唇だとすぐに気づいた。身体が熱くなった。胸が締められるような感じだ。思わず目を開けると彼女は遠くに走って立っていた。薄暗い街灯の光が彼女の姿を微かに照らすが顔は暗く表情は読み取れない。驚きで言葉が出ない俺に彼女は大きな声で言う。
「それじゃあ、またね!」
溌剌な声を張り彼女は手を振って再び走っていった。彼女が見えなくなっても俺は呆然としていた。
「え?」
斜め上のいたずらに俺はそれしか言葉が出なかった。そしてそのまま再び無言になり彼女とは反対方向に歩き始めた。