教室に入り自分の座席に座ると、忠之が笑いながら俺のところに来た。
「どうしたんだ?シャツのボタンが破れてるじゃないか?今日は随分と絞られたんじゃないか?」
「まあな。けど、怒られるのは慣れてるさ」
「飛鳥さ、期末試験一ヶ月前にこれ以上サボりすぎるのはまずいんじゃない?」
「そのときは忠之に助けを求めるよ」
「おいおい。僕任せは勘弁だよ…」
そんな談笑をしていると先ほどまでお冠だった斉藤が入って来た。皆が席に着くと同時にチャイムの音ともに朝のホームルームが始まった。
試験が近いから勉強すること。図書委員は昼休みに貸し出しの当番だから忘れないようにすること。といった一通りの連絡事項を伝え終りホームルームを終えようとしたときだった。
「あ、忘れてたけど武蔵。放課後、岡藤先生が社会科準備室に来てほしいとのことだ。忘れないようにな」
またあの作業をしなきゃいけないのか。村田との一悶着があった今、文句を言えるわけもなく渋々了承した。
さすがに朝一番に大目玉を食らったので今日は授業を抜け出しサボろうとは思わなかった。けれども、その授業の一つひとつを集中して聞こうとは思えなかった。教師が教科書の文字をひたすら読み上げる声を聞き流しながらぼんやりと過ごした。
全ての授業を終え放課後、社会科準備室に行くと岡ちゃんがダンボール箱の一つに座って銀色の缶の飲み物を飲んでいた。よく見るとそれが缶ビールということに気づいた。
「来てくれてありがとう。君も飲むかい?」
「学校で何飲んでるんですか」
動揺する俺を岡ちゃんは「落ち着きなよ」と笑うが、目の前の教師の堂々とした不適切な行為に平然としていられるだろうか。
「冗談だよ。君にはこっちを」
岡ちゃんはそう言うとサイダーの缶を渡した。
「あ、ありがとうございます」
と言って、岡ちゃんに倣ってダンボール箱の一つに腰を掛けて渡されたサイダーを飲んだ。古本屋のような匂いのする部屋で飲むサイダーはいつもとは違うなんだか炭酸飲料には不釣り合いな香ばしさのようなものを感じた。
「何でビールなんて飲んでるんですか?」
「こんな面倒な作業だから少しでも楽しみがあるといいかなってね」
そう言うと再び缶ビールを仰いだ。そんなことのためにこんなリスキーなことを学校でしているのか。バレたら処分を食らうのは確実だというのに。意外と岡ちゃんはアナーキーな人なのかもしれない。
「そういえばこれ落ちてたよ。君のだろ?」
岡ちゃんはポケットから今朝、村田に引きちぎられたワイシャツのボタンを取り出し俺に手渡した。
「拾ってくれたんですか!ありがとうございます」
ビールを飲んで酔いが回っているのか岡ちゃんはいつもより上機嫌な調子で尋ねた。
「ボタンを引きちぎられるなんて一体何があったんだい?」
俺は体育館で帰れと言われて帰ったこと。村田が皆の前で俺を叱りつけようという計画を斉藤と話しているのを聞いたこと。それを知って体育をサボったこと。今朝、村田に職員室で怒られたことを正直に話した。岡ちゃんは一連の出来事を聞くと、声を上げて笑いだした。
「反骨精神の塊だねえ。若い。実に若くてよろしい!」
俺に拍手をして、一気にビールを飲み干した。かなり酔いが回っているんだろうな。
「こんなこと岡ちゃんが褒めていいんですか」
「教師の立場からしたらダメだね」
顔をすっかり赤くした岡ちゃんは何だか楽しそうだった。本当に教師として大丈夫なのかと不安になってきた。
「でも、きっと君は自分自身が何で反抗し続けているかはわかってはいるのかい?」
ほろ酔いながらも落ち着いた声で岡ちゃんは尋ねた。
「何かムカついたからですよ」
「そうかい。でも、こう考えてみてはどうだね?先生たちだって一人ひとりの生徒に付きっきりじゃない。必要最低限のことをしていれば目を付けられて怒られることなんてないんだから真面目に生活する方が合理的ってことは君もわかるだろ?」
「それはわかってます」
「それなのに抗い続ける理由を君は答えられるかい?」
岡ちゃんはこの間のアイデンティティの質問のように答えずらいことを尋ねた。決して詰め寄るような聞き方ではなく何かを引き出すような対話をするような聞き方だ。
少しばかり考えたが言葉が出てこない。自分自身がわかっているようでわからない。けれど、この内側にある何かわからないものこそが俺の反抗の原動力のようなものであるということだけは自覚できていた。
「わかりませんでした」
それを聞くと岡ちゃんはいつも通りのうんうんという頷きをした。
「じゃあ、その理由を見つけるのが僕から君への宿題だ」
「宿題!?」
と、驚きの声を上げた。何で俺個人に宿題なんて出すんだ。その動揺が伝わったのか、岡ちゃんはなだめるように言う。
「宿題といっても期限なんてないし、提出する必要はない。なんならわからなくてもいい。ただ、じっくり考えてほしいだけさ」
「そうですか…」
「それじゃあ宿題も出したことだし、今日の作業を始めよう」
この掛け声と共にこないだのような書類の仕分け作業を開始した。今日の岡ちゃんは酔っぱらってて手元がおぼつかずにあまり戦力にならなかった。こんな調子でいつになったらこの移転作業は終わるのだろうか。
「どうしたんだ?シャツのボタンが破れてるじゃないか?今日は随分と絞られたんじゃないか?」
「まあな。けど、怒られるのは慣れてるさ」
「飛鳥さ、期末試験一ヶ月前にこれ以上サボりすぎるのはまずいんじゃない?」
「そのときは忠之に助けを求めるよ」
「おいおい。僕任せは勘弁だよ…」
そんな談笑をしていると先ほどまでお冠だった斉藤が入って来た。皆が席に着くと同時にチャイムの音ともに朝のホームルームが始まった。
試験が近いから勉強すること。図書委員は昼休みに貸し出しの当番だから忘れないようにすること。といった一通りの連絡事項を伝え終りホームルームを終えようとしたときだった。
「あ、忘れてたけど武蔵。放課後、岡藤先生が社会科準備室に来てほしいとのことだ。忘れないようにな」
またあの作業をしなきゃいけないのか。村田との一悶着があった今、文句を言えるわけもなく渋々了承した。
さすがに朝一番に大目玉を食らったので今日は授業を抜け出しサボろうとは思わなかった。けれども、その授業の一つひとつを集中して聞こうとは思えなかった。教師が教科書の文字をひたすら読み上げる声を聞き流しながらぼんやりと過ごした。
全ての授業を終え放課後、社会科準備室に行くと岡ちゃんがダンボール箱の一つに座って銀色の缶の飲み物を飲んでいた。よく見るとそれが缶ビールということに気づいた。
「来てくれてありがとう。君も飲むかい?」
「学校で何飲んでるんですか」
動揺する俺を岡ちゃんは「落ち着きなよ」と笑うが、目の前の教師の堂々とした不適切な行為に平然としていられるだろうか。
「冗談だよ。君にはこっちを」
岡ちゃんはそう言うとサイダーの缶を渡した。
「あ、ありがとうございます」
と言って、岡ちゃんに倣ってダンボール箱の一つに腰を掛けて渡されたサイダーを飲んだ。古本屋のような匂いのする部屋で飲むサイダーはいつもとは違うなんだか炭酸飲料には不釣り合いな香ばしさのようなものを感じた。
「何でビールなんて飲んでるんですか?」
「こんな面倒な作業だから少しでも楽しみがあるといいかなってね」
そう言うと再び缶ビールを仰いだ。そんなことのためにこんなリスキーなことを学校でしているのか。バレたら処分を食らうのは確実だというのに。意外と岡ちゃんはアナーキーな人なのかもしれない。
「そういえばこれ落ちてたよ。君のだろ?」
岡ちゃんはポケットから今朝、村田に引きちぎられたワイシャツのボタンを取り出し俺に手渡した。
「拾ってくれたんですか!ありがとうございます」
ビールを飲んで酔いが回っているのか岡ちゃんはいつもより上機嫌な調子で尋ねた。
「ボタンを引きちぎられるなんて一体何があったんだい?」
俺は体育館で帰れと言われて帰ったこと。村田が皆の前で俺を叱りつけようという計画を斉藤と話しているのを聞いたこと。それを知って体育をサボったこと。今朝、村田に職員室で怒られたことを正直に話した。岡ちゃんは一連の出来事を聞くと、声を上げて笑いだした。
「反骨精神の塊だねえ。若い。実に若くてよろしい!」
俺に拍手をして、一気にビールを飲み干した。かなり酔いが回っているんだろうな。
「こんなこと岡ちゃんが褒めていいんですか」
「教師の立場からしたらダメだね」
顔をすっかり赤くした岡ちゃんは何だか楽しそうだった。本当に教師として大丈夫なのかと不安になってきた。
「でも、きっと君は自分自身が何で反抗し続けているかはわかってはいるのかい?」
ほろ酔いながらも落ち着いた声で岡ちゃんは尋ねた。
「何かムカついたからですよ」
「そうかい。でも、こう考えてみてはどうだね?先生たちだって一人ひとりの生徒に付きっきりじゃない。必要最低限のことをしていれば目を付けられて怒られることなんてないんだから真面目に生活する方が合理的ってことは君もわかるだろ?」
「それはわかってます」
「それなのに抗い続ける理由を君は答えられるかい?」
岡ちゃんはこの間のアイデンティティの質問のように答えずらいことを尋ねた。決して詰め寄るような聞き方ではなく何かを引き出すような対話をするような聞き方だ。
少しばかり考えたが言葉が出てこない。自分自身がわかっているようでわからない。けれど、この内側にある何かわからないものこそが俺の反抗の原動力のようなものであるということだけは自覚できていた。
「わかりませんでした」
それを聞くと岡ちゃんはいつも通りのうんうんという頷きをした。
「じゃあ、その理由を見つけるのが僕から君への宿題だ」
「宿題!?」
と、驚きの声を上げた。何で俺個人に宿題なんて出すんだ。その動揺が伝わったのか、岡ちゃんはなだめるように言う。
「宿題といっても期限なんてないし、提出する必要はない。なんならわからなくてもいい。ただ、じっくり考えてほしいだけさ」
「そうですか…」
「それじゃあ宿題も出したことだし、今日の作業を始めよう」
この掛け声と共にこないだのような書類の仕分け作業を開始した。今日の岡ちゃんは酔っぱらってて手元がおぼつかずにあまり戦力にならなかった。こんな調子でいつになったらこの移転作業は終わるのだろうか。