最後にまともな答えが返ってきて、わたしはうっかり共感しそうになった。
 わたしも一人暮らしをしているから、なんとなくわかる。一人きりの部屋で義務感でご飯を食べて眠って起きて仕事に行くを繰り返す日々。下手するとネット動画が話し相手。

 休日だって家事をしているとあっという間に時間が過ぎていく。一人きりのどこか冷たい部屋も誰かと一緒に住めば温かな空間に生まれ変わるだろう。

 けれども。彼の結婚の基準には同意しかねる。
 それなりに知った相手だから結婚までの段取りが楽、という理由で選ばれたらたまったものではない。

 結婚て、そういう身もふたもない理由でするもの?

「だったらこっちでいい人探してください。わたしはちゃんと日本に帰って再就職して、恋していい人見つけます」

「世間では海外駐在妻って一定の需要があると思うんだけど」
「だったら駐在妻に憧れている人と結婚したらいいじゃないですか」
「それはそれで嫌だな。俺の肩書目当てじゃん」

「ああもう、面倒な人ですね。結婚したいなら肩書の一つくらいで文句言わないでください」
「大丈夫。一年ドイツに住んでみたら今度は日本に帰るのがいやーってなるから」

「人の話を聞け! 誰があんたなんかと結婚するか」

 つい言葉遣いが乱暴になってしまう。

「そう結論を急ぎすぎるのもどうかと思うよ」

 わたし渾身の主張は駿人さんに躱された。
 わたしたちの微妙にかみ合わない会話をBGMにバスは一路ローデンブルクを目指し、ロマンティック街道を走っていった。

 * * * 

「ようやくドイツに来たって実感した」

 目の前に盛られたソーセージ。それからプレッツェル。ついでに昼間なのにビールまで。

 目をキラキラさせてスマホで写真を撮ってると、前から「そんなにソーセージが好きならこっちに住めばいいのに」という声が聞こえてきた。

 わたしはその台詞には返事をしないで、両手を合わせて「いただきます」と呟いた。

 目の前の男のことは……深くは考えない。

 黒いフライパンで提供されたソーセージは、盛り合わせで太さや色がそれぞれ微妙に違う。

 ここはローデンブルクの旧市街の外れにあるレストラン。
 お昼近くにこの可愛い街に到着したわたしたちは今夜泊まるホテルに荷物だけ預けた。

「うん。いけるな。でも、さすがに毎食ソーセージは飽きるから夜はカレーか中華が食べたい」
「さすがに毎食ソーセージはわたしだって食べませんけど、ドイツ料理は食べたいので、カレーと中華がいいならおひとりでどうぞ」

 だいたい、フランクフルトだってこの人のせいでゆっくり堪能できなかったのに。

 昨日は駿人さんの旅行手配でほぼ時間が潰れてしまった。
 わたしから旅行日程を聞き出して、できるだけ同じホテルを取ろうとしたためだ。あとは途中の列車と飛行機の予約とか。

 おかげでフランクフルトで行きたかった美術館は夕方近く、駆け足で見学することになったし、夜ご飯だってホテル近くのアメリカンなお店でハンバーガーだった。

「ドイツ料理ねえ」
「飽きたならさっさと日本に帰ってくればよかったのに」
「そんなに俺に会いたかった?」

「いいえ! ドイツで仕事をしているのなら、もっとドイツ料理にも愛を持てばいいのにって思っただけです」

「いや、外国に来て思ったけど、俺ってやっぱ日本人なんだなって」
「なんですか、それ」

 わたしはザワークラウトとソーセージを一緒に食べながら眉根を寄せた。

「育った食習慣って簡単には変えられないっていうのをこっちに来てから痛感したって話。ドイツに住んでいても米は恋しいし、唐揚げ食いたくなるし、ビールのあとはラーメン行きたくなるってこと」

 駿人さんがしみじみをした声を出した。

「おかげで割と料理はうまくなったよ」
「へえ」

 彼はソーセージを食べながら、一人生活の中でカレーやら空揚げやらみそ汁やら、日本食のレパートリーを増やしていったことを話し出す。そして、日本のコンビニのすばらしさを懐かしがったので、余計にだったら日本に帰ってくればいいのにと思った。

「……もしかして遠巻きに、わたしに日本食作れって言ってます?」

 単なる料理人が欲しいのなら、わたしはお断りだ。

「いや。俺だって料理くらい作れるし」

 ちょっと誇らしげに言うものだから、言外に俺の方が料理の才能あるし、とか言われている? と深読みをして、勝手にムカッとした。こいつ、わたしの料理の実力だって知らないくせに、そっちには期待していないなんて、それはそれで悔しい。

 なんて考えて、わたしは慌ててしまう。
 これでまるで、わたしが駿人さんに料理を振舞ってあげたいみたいだ。

 そんなことは無い。一応わたしだって一人暮らし歴はそれなりだし、レパートリーだって、と考え始めて愕然とした。