昔からわたしにとって駿人さんは年上のお兄さんで、追いかけても手の届かない存在だった。そんな相手とどうやって結婚できるというのか。
「ほら、早く。今日一日しかないから」
何その上からな態度!
カチンとくるも、ここで振り切っても実家に告げ口されるのは必死。
まだ古い考えをする両親と祖父母だ。一人でヨーロッパ周遊なんてチクられたら、帰国した後でもいろいろと面倒だ。おもにチクチク嫌味を言われるあたりで。最悪実家に連れ戻されるかもしれない。
往生際悪く駿人さんを睨みつける。
「そうやって拗ねると、昔の面影あるね」
くっそぉぉぉ! やっぱり腹立つ!
* * *
翌日の早朝。フランクフルト中央駅。
この駅からドイツ各方面への長距離列車が出発しているが今回わたしは利用しない。
わたしが事前にインターネットから予約したのはロマンティック街道バス。これに乗ってローテンブルクを目指す。
わたしの後ろから一緒にバスに乗り込んだのは駿人さん。
本当に来たよ、彼。わたしはげんなりした。
「そういえば俺、南部の田舎町とか初めてだわ」
「へえ、そうですか。せっかくのドイツなのにつまらない生活を送っていたんですね」
ちゃっかりわたしの隣を陣取った駿人さんに、妙に落ち着かなくなる。
今日から二人きりでの旅行なのだ。考えたら、付き合ってもいない男女が一緒に旅行って、それはそれでどうなんだろう。
まあ、ホテルの部屋は別々だけれど。同室は絶対に無理だし、今更部屋変更は面倒だしキャンセル料かかるし、といって黙らせた。
「仕事が忙しかったんだ。一応同僚に引っ張られて北ドイツの方は行ったことあるけど。ハンブルクとかの方」
「へえ、仲良くしてくれる人いるんじゃないですか」
「男だからね。誤解しないように。あ、それともやきもち?」
「違います」
わたしは感情を込めないように注意しながら返事をする。
バスはやがて市街地を抜けて、牧草地帯を走り出す。
ドイツには山がないのか、なだらかな丘陵がどこまでも続いている。ぽつぽつと集落があり、尖塔がつき出している。おそらくは教会だろう。時折道路沿いの原っぱに牛が放牧されていて、のんびりと草を食んでいる姿がほほえましい。
「こっちでも出会いはなくもなかったんだけど、まあ恋愛って難しいよね。仕事をしていると特に」
「……そうですか」
さりげなく、モテなくはないんだアピールをされてイラっとした。だから何だ。
これだから、ちょっと顔がいい男は。
「その点サヤちゃんとなら互いの家庭環境も知っているわけだし、あれで気難しい俺のじいさんも大賛成しているし」
「わたしのどこがよかったんでしょうか」
顔は十人並みだし、学生時代何かに特別秀でていて表彰された経験も無い。
「お嬢様大学付属の小学校からエスカレータで大学まで進学しているし。サヤちゃんしっかり教育を受けてきているから、礼儀正しくうちのじいさんにも接してきただろう? そういうところなんじゃないの。あとは昔から知っているお嬢さん。これが一番かな」
「わたし自身は庶民ですよ。お嬢様学校出身なのは祖父たっての希望だったってだけですし」
祖父は祖母のことが大好きだ。唯一の女の孫である沙綾には是非とも自分の妻の出身校に通ってほしいとのことで、わたしは小学校の頃から都内にある祖母の母校に通うことになった。
普通の会社勤めの父の代わりに沙綾の学費を負担したのは言い出しっぺの祖父だ。
「サヤちゃんも俺にしておきなって。今さら別の男を理臣さんに紹介したら、血圧上がると思うし。どこぞの馬の骨に沙綾を渡すくらいなら駿人くん、きみにわたしの孫を託す。お願いだから貰ってやってくれって言われているから」
「おじいちゃん……」
ナニ勝手に人の嫁入り先を指定しているのだ。
「かわいい孫が心配なんだよ。俺はサヤちゃんとならいい家庭が築けると思うし」
「身近なところで手、打ちすぎなんですよ」
盛大に物申したい。
「育った家庭環境が似ているって重要だと思うよ。あとお付き合いに時間かけなくていいし。この旅行で互いのことを知ったらあとは婚姻届けに判押すだけでいいだろう?」
「んなわけないでしょっ!」
駿人さんは何てことないように言うけれど、色々と間違っている。
「そもそもどうして駿人さんは結婚したいんですか? あなたからは熱意が感じられません!」
「こっちにいると何かの集まりに呼ばれるとパートナー同伴っていうのが自然だし」
「それだけ?」
「あとは、やっぱり三十超えたし、家庭を持ちたいかなって。一人で仕事をして暗い部屋に帰ってきて一人で飯食っていると、最近切なくなってきた。一人寂しく生活をしているよりも、誰かと一緒に人生を歩むほうがいいだろう?」
「ほら、早く。今日一日しかないから」
何その上からな態度!
カチンとくるも、ここで振り切っても実家に告げ口されるのは必死。
まだ古い考えをする両親と祖父母だ。一人でヨーロッパ周遊なんてチクられたら、帰国した後でもいろいろと面倒だ。おもにチクチク嫌味を言われるあたりで。最悪実家に連れ戻されるかもしれない。
往生際悪く駿人さんを睨みつける。
「そうやって拗ねると、昔の面影あるね」
くっそぉぉぉ! やっぱり腹立つ!
* * *
翌日の早朝。フランクフルト中央駅。
この駅からドイツ各方面への長距離列車が出発しているが今回わたしは利用しない。
わたしが事前にインターネットから予約したのはロマンティック街道バス。これに乗ってローテンブルクを目指す。
わたしの後ろから一緒にバスに乗り込んだのは駿人さん。
本当に来たよ、彼。わたしはげんなりした。
「そういえば俺、南部の田舎町とか初めてだわ」
「へえ、そうですか。せっかくのドイツなのにつまらない生活を送っていたんですね」
ちゃっかりわたしの隣を陣取った駿人さんに、妙に落ち着かなくなる。
今日から二人きりでの旅行なのだ。考えたら、付き合ってもいない男女が一緒に旅行って、それはそれでどうなんだろう。
まあ、ホテルの部屋は別々だけれど。同室は絶対に無理だし、今更部屋変更は面倒だしキャンセル料かかるし、といって黙らせた。
「仕事が忙しかったんだ。一応同僚に引っ張られて北ドイツの方は行ったことあるけど。ハンブルクとかの方」
「へえ、仲良くしてくれる人いるんじゃないですか」
「男だからね。誤解しないように。あ、それともやきもち?」
「違います」
わたしは感情を込めないように注意しながら返事をする。
バスはやがて市街地を抜けて、牧草地帯を走り出す。
ドイツには山がないのか、なだらかな丘陵がどこまでも続いている。ぽつぽつと集落があり、尖塔がつき出している。おそらくは教会だろう。時折道路沿いの原っぱに牛が放牧されていて、のんびりと草を食んでいる姿がほほえましい。
「こっちでも出会いはなくもなかったんだけど、まあ恋愛って難しいよね。仕事をしていると特に」
「……そうですか」
さりげなく、モテなくはないんだアピールをされてイラっとした。だから何だ。
これだから、ちょっと顔がいい男は。
「その点サヤちゃんとなら互いの家庭環境も知っているわけだし、あれで気難しい俺のじいさんも大賛成しているし」
「わたしのどこがよかったんでしょうか」
顔は十人並みだし、学生時代何かに特別秀でていて表彰された経験も無い。
「お嬢様大学付属の小学校からエスカレータで大学まで進学しているし。サヤちゃんしっかり教育を受けてきているから、礼儀正しくうちのじいさんにも接してきただろう? そういうところなんじゃないの。あとは昔から知っているお嬢さん。これが一番かな」
「わたし自身は庶民ですよ。お嬢様学校出身なのは祖父たっての希望だったってだけですし」
祖父は祖母のことが大好きだ。唯一の女の孫である沙綾には是非とも自分の妻の出身校に通ってほしいとのことで、わたしは小学校の頃から都内にある祖母の母校に通うことになった。
普通の会社勤めの父の代わりに沙綾の学費を負担したのは言い出しっぺの祖父だ。
「サヤちゃんも俺にしておきなって。今さら別の男を理臣さんに紹介したら、血圧上がると思うし。どこぞの馬の骨に沙綾を渡すくらいなら駿人くん、きみにわたしの孫を託す。お願いだから貰ってやってくれって言われているから」
「おじいちゃん……」
ナニ勝手に人の嫁入り先を指定しているのだ。
「かわいい孫が心配なんだよ。俺はサヤちゃんとならいい家庭が築けると思うし」
「身近なところで手、打ちすぎなんですよ」
盛大に物申したい。
「育った家庭環境が似ているって重要だと思うよ。あとお付き合いに時間かけなくていいし。この旅行で互いのことを知ったらあとは婚姻届けに判押すだけでいいだろう?」
「んなわけないでしょっ!」
駿人さんは何てことないように言うけれど、色々と間違っている。
「そもそもどうして駿人さんは結婚したいんですか? あなたからは熱意が感じられません!」
「こっちにいると何かの集まりに呼ばれるとパートナー同伴っていうのが自然だし」
「それだけ?」
「あとは、やっぱり三十超えたし、家庭を持ちたいかなって。一人で仕事をして暗い部屋に帰ってきて一人で飯食っていると、最近切なくなってきた。一人寂しく生活をしているよりも、誰かと一緒に人生を歩むほうがいいだろう?」