そういえば昨日LINEに『メリークリスマス』ってトナカイのスタンプが送られてきた。どうやらこれが原因か。あとで絶対にいじられると思うと何やらズキズキと頭痛がしてきた。

「立ち話も何だし……俺を沙綾の部屋の中に入れてくれる気……あったりする?」

 人に連絡一つ寄越さないでいったい今更何なのだ。
 わたしは黙秘を貫いた。我ながら子供っぽい。

 しかし、今更どうしたらいいのかもわからない。一体、彼は何しに来たというの。何を話したらいいの。

「そう……」

 わたしがいつまでたっても口を開かないから、駿人さんは肩を落としてとぼとぼと立ち去ろうとする。
 え、なに、帰っちゃうの? 何か話があって来たんじゃないの?

 どうしてだかわたしのほうが慌て出す。
 大体、一人暮らしの女性の家に男性を招き入れるのがあれなわけで。ていうか、どうしてあっさりと引き下がるの。

 駿人さんてそんなに殊勝な人間だった? もっとぐいぐい来ればわたしだって……と頭の中がぐるぐると回り出す。

「ちょ……っとだけなら……別にいいけど」

 気が付くと、彼の背中に向かって声を掛けていた。
 すると、ゆっくりと振り返った駿人さんが安心したようににこりと笑った。
 あれ……。策に嵌った気がするのは気のせい?

 けれども、承諾してしまったものは仕方がないし、外は寒い。
 わたしは覚悟を決めて彼を部屋に招き入れた。その前に「五分だけ待って!」と懇願して、部屋の中に散らばる色々なものをクローゼットの中に押し込んだけれど。

 突貫で片づけた部屋に駿人さんがいる。
 もてなさないのもあれなので、インスタントコーヒーを入れて彼の前に差し出した。

 彼は「ありがとう」と言った後、ゆっくりと飲み始める。もしかしたら、相当に冷えてしまっていたのかもしれない。

 なんとなく、手持ち無沙汰になったわたしは買ってきたものを冷蔵庫に入れて、そのあと、気のない声を出した。

「それで……何しに帰ってきたの?」
「沙綾に会いに」
「はあ?」

 思いのほか酷い声が出た。けれど、仕方がない。だって、本当に今更なんだから。
 まさか、この期に及んでまだ条件だけで嫁に来いとかいうつもり?

「日本には昨日着いた。クリスマス休暇でこっち帰ってきた。まあ、いろいろあってだな。その……沙綾に振られてから俺にも考えることがあったわけで」
「わたしは結婚をお断りしただけで振ってはいないけど」

 わたしはつい揚げ足を取ってしまう。
 どちらかというと、わたしのほうが駿人さんに振られ……いや、別にもうどうでもいいことなんだけれど。

「振っただろ。俺の渾身の告白を一蹴しただろ」
「あれのどこか告白よ? 馬鹿じゃないの?」
「俺にとっては最大限の告白だったんだよ。あとは空気で分かるだろ。三週間も一緒に旅してきたんだから」

「分かるわけないでしょ! 条件とか言ってくれちゃって」
「だから、俺も考えたんだよ」
「何が、よ」
「移動願いだした」

 わたしは目を見張った。
 言葉を失くしたわたしを見つめたまま、駿人さんが続ける。

「沙綾と結婚したいなら、沙綾の気持ちもちゃんと考えないと、と思ってこの数か月色々と考えた。沙綾が仕事を続けたいっていうなら、俺のわがままだけで俺についてこいなんて言えないし」

「当たり前でしょうっ」
「だけど今日本にポジションが無くて。上司と話し合った結果上海に移ることになった。早くて来年の夏」
「へ、へえ……」

 だからなんだというの。移動くらいでわたしは駿人さんにほだされたりはしない。

「しばらくは遠距離になるけど。それでもフランクフルトと日本よりは近いし時差もほぼない。俺は結婚するなら沙綾がいい」

 静かな声に駿人さんの真摯な声が響く。
 わたしは泣きたくなった。そういうのが聞きたいのではないのに。この馬鹿。こいつは最後までわたしの欲しい言葉をくれないのだ。

 そんなんで絶対に結婚なんてしてやるものか。
 わたしは彼を睨みつけた。
 駿人さんはその瞳を真っ向から受け止めた。

「沙綾のことが好きだ」

 直球の言葉に、わたしの心臓が跳ね上がった。

 ずっと、欲しかった言葉。じっと見つめる彼の瞳にはわたしの姿が映し出されている。

 わたしのためにドイツから移動までしてくれた駿人さん。彼は本当にわたしと結婚したいの? わたしのことが好きだというの?

「ふ、ふん。そういえばわたしがほだされるとでも思っているの? いっておくけど、わたしが駿人とのことを好きだったのは高校生の時であって、そのあとわたしにだって彼氏の一人や二人くらいいたんだから」

 でも、散々彼に失望してきたわたしは、たった一度の言葉では彼を信用できない。

「今は?」
「……いないけど」
「じゃあ俺のことを、まずは彼氏候補にして」