会社を辞めて一度は東京から河を渡った神奈川の実家に戻ることも考えたが、一人暮らしの自由気ままな生活にどっぷりとつかってしまった身としては今更プライバシー駄々洩れの実家暮らしに戻るのはなやましいところ。
仕事を定時で切り上げ、最寄り駅近くのスーパーで足りない食材を買い足してアパートの部屋に帰って、自炊をする日々。
これだって、前職では考えられなかったことだ。終電間近になって慌ててオフィスを出る日々からしたらとっても健康的な生活を送っている。
夕食を作って、どこか物悲しい部屋にため息を一つ吐いて、わたしはタブレットで動画を再生させながら食事する。
「ふう……」
この部屋がこんなにも広いと思ったことはこれまでなかったのに。せっかくの夕飯もどこか味気ない。
日本に帰ってきて、再就職をしてからすっかり腑抜けになってしまった。新しい会社にもようやく馴染んだから余計に一人であるということを痛感している。
あーあ、つまらない。リリーのフラットは楽しかった。
イギリスにいた時が四人暮らしだった分日本に帰ってきて一人の食卓が堪えた。会話も音も無くてがらんとしている。前はこんなにも寂しいとか思わなかった。
自分の時間を多く使える今になって、わたしは本当の一人暮らしというものを実感している。
駿人さんが言っていたのはこういうことなのだろうな。そんなことを思い出したわたしは慌てて記憶の中の彼を頭の中から追い払う。
手慰みにスマホの操作をしていると、LINEのメッセージが浮かび上がる。母からだ。
『クリスマスはこっちに帰ってくる?』
そっか、もうそんな季節なんだ。
旅行から帰ってきて、あっという間に日々が過ぎ去っていった。そうそう、誕生日だって過ぎてしまった。
そうだ、クリスマスだ。わたしだって二十六歳の女子なわけで、これから何か予定が入るかもしれない。たとえ今日が十二月十一日であっても。
でも、みんな彼氏と過ごすのかな。今さら合コン……、このあいだ誘われたとき断らなきゃよかった。そうしたらわたしだって今頃はクリスマスに予定の一つでも入っていたかもしれないのに。
わたしはスマホをベッドに放り投げて夕食を再開した。
* * *
うだうだしているうちに十二月二十五日がやってきた。社会人をやっているとクリスマスだとて普通の日も同じだ。サンタクロースなんて小学校低学年のころに真相を知って以来我が家には訪れていない。
メーカー勤務だとクリスマスというより年末年始のお休みに合わせて受注が立て込む時期でもあってこのところ慌ただしい。急な注文を受けて各所に電話をして根回ししたり、見積書を作ったりと普段は定時あがりのこの会社にしては最近残業続きだ。
急ぎの仕事を終わらせて会社を出たのが十八時半。なんていうことでしょう。それでもこの時間に帰ることができました! 去年のクリスマスなんて……うん、思い出すのはやめよう。
一人きりのクリスマスだというのに足取りもちょっと軽やかだ。
結局予定は埋まらなかったけれど、せっかくだからケーキを買って帰ろうかな。チキンもいいなあ。いや、ローストビーフも捨てがたい。温玉のせローストビーフドンは正義だ。
よし、牛肉にしよう。わたしの頭の中はローストビーフでいっぱいになって、駅ビルの総菜売り場に寄って返った。
まあ、家に帰れば一人なんだけどね。
クリスマスに実家に顔を出すのも見栄が邪魔をしてやめてしまった。去年就職した弟は名古屋配属で、現在一人暮らし。彼は年末年始にこっちに戻ってくるということだし、それに合わせて顔を出せばいいかと考えたからだ。
さて、食料も調達したことだし、あとはレンチンで温玉を作ろう。
肉のことを考えたらお腹が鳴った。
寒い道のりを少々早足で歩いていたわたしは、アパートの目の前でぴたりと止めた。
日本ではよく見かけるタイプのアパートの入り口付近に、ここにはいないはずの人間が佇んでいる。
「駿人さん……」
わたしは驚きに目を見開いた。呆然と彼の名前を呟くのと、彼と目があったのは同時だった。
記憶通りの彼の瞳が柔和に細められた。
わたしの胸がどきりと高鳴った。
「沙綾。久しぶり」
「どうして、ここが」
駿人さんが一歩足を踏み出した。ゆっくりとわたしとの距離が縮まる。
「うん。幸子さんに聞いた」
「ああそう」
今回もこのパターンらしい。
お母さん、人の現住所を勝手に教えるなんて防犯意識がなっていないんじゃないの。
しかし、だから母はわたしに対してクリスマスの予定は、などと探りを入れるような連絡を寄越してきたのだ。
仕事を定時で切り上げ、最寄り駅近くのスーパーで足りない食材を買い足してアパートの部屋に帰って、自炊をする日々。
これだって、前職では考えられなかったことだ。終電間近になって慌ててオフィスを出る日々からしたらとっても健康的な生活を送っている。
夕食を作って、どこか物悲しい部屋にため息を一つ吐いて、わたしはタブレットで動画を再生させながら食事する。
「ふう……」
この部屋がこんなにも広いと思ったことはこれまでなかったのに。せっかくの夕飯もどこか味気ない。
日本に帰ってきて、再就職をしてからすっかり腑抜けになってしまった。新しい会社にもようやく馴染んだから余計に一人であるということを痛感している。
あーあ、つまらない。リリーのフラットは楽しかった。
イギリスにいた時が四人暮らしだった分日本に帰ってきて一人の食卓が堪えた。会話も音も無くてがらんとしている。前はこんなにも寂しいとか思わなかった。
自分の時間を多く使える今になって、わたしは本当の一人暮らしというものを実感している。
駿人さんが言っていたのはこういうことなのだろうな。そんなことを思い出したわたしは慌てて記憶の中の彼を頭の中から追い払う。
手慰みにスマホの操作をしていると、LINEのメッセージが浮かび上がる。母からだ。
『クリスマスはこっちに帰ってくる?』
そっか、もうそんな季節なんだ。
旅行から帰ってきて、あっという間に日々が過ぎ去っていった。そうそう、誕生日だって過ぎてしまった。
そうだ、クリスマスだ。わたしだって二十六歳の女子なわけで、これから何か予定が入るかもしれない。たとえ今日が十二月十一日であっても。
でも、みんな彼氏と過ごすのかな。今さら合コン……、このあいだ誘われたとき断らなきゃよかった。そうしたらわたしだって今頃はクリスマスに予定の一つでも入っていたかもしれないのに。
わたしはスマホをベッドに放り投げて夕食を再開した。
* * *
うだうだしているうちに十二月二十五日がやってきた。社会人をやっているとクリスマスだとて普通の日も同じだ。サンタクロースなんて小学校低学年のころに真相を知って以来我が家には訪れていない。
メーカー勤務だとクリスマスというより年末年始のお休みに合わせて受注が立て込む時期でもあってこのところ慌ただしい。急な注文を受けて各所に電話をして根回ししたり、見積書を作ったりと普段は定時あがりのこの会社にしては最近残業続きだ。
急ぎの仕事を終わらせて会社を出たのが十八時半。なんていうことでしょう。それでもこの時間に帰ることができました! 去年のクリスマスなんて……うん、思い出すのはやめよう。
一人きりのクリスマスだというのに足取りもちょっと軽やかだ。
結局予定は埋まらなかったけれど、せっかくだからケーキを買って帰ろうかな。チキンもいいなあ。いや、ローストビーフも捨てがたい。温玉のせローストビーフドンは正義だ。
よし、牛肉にしよう。わたしの頭の中はローストビーフでいっぱいになって、駅ビルの総菜売り場に寄って返った。
まあ、家に帰れば一人なんだけどね。
クリスマスに実家に顔を出すのも見栄が邪魔をしてやめてしまった。去年就職した弟は名古屋配属で、現在一人暮らし。彼は年末年始にこっちに戻ってくるということだし、それに合わせて顔を出せばいいかと考えたからだ。
さて、食料も調達したことだし、あとはレンチンで温玉を作ろう。
肉のことを考えたらお腹が鳴った。
寒い道のりを少々早足で歩いていたわたしは、アパートの目の前でぴたりと止めた。
日本ではよく見かけるタイプのアパートの入り口付近に、ここにはいないはずの人間が佇んでいる。
「駿人さん……」
わたしは驚きに目を見開いた。呆然と彼の名前を呟くのと、彼と目があったのは同時だった。
記憶通りの彼の瞳が柔和に細められた。
わたしの胸がどきりと高鳴った。
「沙綾。久しぶり」
「どうして、ここが」
駿人さんが一歩足を踏み出した。ゆっくりとわたしとの距離が縮まる。
「うん。幸子さんに聞いた」
「ああそう」
今回もこのパターンらしい。
お母さん、人の現住所を勝手に教えるなんて防犯意識がなっていないんじゃないの。
しかし、だから母はわたしに対してクリスマスの予定は、などと探りを入れるような連絡を寄越してきたのだ。