エミールは少し不満そうな顔を作ったがダニエルはあらかじめ聞かされていたのかこくりと頷いた。
「わかっている。エミール、僕と話そう」
「ちぇえ、わかったよ」
俺としてはどうしてエミールが今この場にいるのか、未だに理解不明なのだが。
「駿人って、誰かとお付き合いするとき自分から告白ってしたことある?」
突然に斜め八十度くらい曲がった変化球を打ち込まれた俺は「はあ?」と正面を見据えた。一体どういう会話の流れからそんな質問になるというのだ。
「なんだよ、いきなり」
「ないよね~。真子から聞いたよ~。付き合おうって言ったのも真子からだって。駿人って顔もそこそこいいし学歴もあるから女の子の方から寄ってきたもんね。で、その中から自分に釣り合いそうな女の子を選んでつまんでいるって気がする」
「喧嘩売りにフランクフルトまで来たのかよ?」
「んん~、そうとるならどうぞ。わたしはサーヤ派だから」
「ていうかいつのまに真子と知り合ってんだよ」
「真子とは飲み友達なんだよ。ロンドンの日本人社会は狭いよね~。わたしも学外の年上のお友達ができて楽しいんだけど、最近うちのエリックが真子にご執心でね。あんまり遊びに来てくれなくなっちゃった。フランス人の年下男となんて付き合えるわけないでしょーって」
なんだそれは。一体何があってそんな縁に発展したのか。沙綾は一言も言っていなかった。女の友情というのもが計り知れない。
「告らなくても女なんてすぐに手に入るとか思っているってわけ? サーヤのことだって丸め込めば結婚を承諾するって思っていたんだとしたらわたしあんたのこと軽蔑する」
上条さんが鋭い声で俺を糾弾する。そう、彼女はそれをするためにフランクフルトまでやってきたのだ。
いや、ビルの外で待ち伏せされていたときからうっすらと気が付いていた。一緒にビールを飲んでドイツ料理を食べていたから忘れたふりをしていた。
彼女が怒るのも無理はない。俺は、間違えたのだ。だから沙綾は俺から逃げて行った。日本へ帰ってしまった。
彼女が隣にいることを望んでおきながら俺は失敗を犯した。
そのことを認めたくなくて、けれども自分から追いすがることに対してみっともないと感じていて、今自分は動けないでいる。
「なにか、言ったら?」
「……その通りだから何も言えない」
「ずいぶんと殊勝だね」
「俺だって、傷ついている」
「うそでしょ。駿人のばーか」
正直カチンときたが、何も言い返さなかった。沙綾派の彼女に言わせればすべては身から出た錆なのだ。沙綾の分まで彼女は今、俺を詰っている。沙綾が言わなかった分彼女は悔しくて、その感情を俺にぶつけているのだろう。
上条さんが泣きそうな顔をしている。それが沙綾の泣き顔と重なって見えて、俺はひどく動揺した。
「自分の気持ちも言わないでサーヤを手に入れようだなんて、そんなのおこがましい」
泣きそうな顔から一転して、上条さんはテーブルの上の茶褐色のビールをごくごくと煽り、だんっとグラスを置いた。感情の起伏の激しい娘である。そしてその目は完全に据わっている。
「駿人のばかぁぁぁ~。サーヤは……サーヤは……」
うっ、うっ、と目にもりもりと涙を溜め始め、彼女は最後盛大に泣きだした。
「ちょ、ちょっと泣くな。おい、ダニエル、どうにかしろ」
なんだか俺が泣かせたみたいではないか。狼狽して彼女の隣に座るダニエルに助けを求めた。
「すべてはハヤトのせい。愛しているなら逃がさない。自分の手元になんとしてでも置いておく。僕はそうしたいから彼女に伝えた」
「ダニエルはどさくさに紛れて考えがこわいよー」
上条さんは肩を抱く彼氏を非難した。とはいえ本気の拒絶ではないことは見てとれる。
俺はどうなのだろう、とダニエルの言葉を反芻する。
さすがにそこまでの気持ちを俺は沙綾には持ち合わせて……いないのか、と胸の奥の奥に問いかける。
俺はここにはいない年下の幼なじみを思い起こす。これまでの沙綾との距離から考えると、この初夏に二人きりで旅した日々はあまりにも濃かった。
小さいころから知っている幼なじみの女の子。それが沙綾だ。お互いのじいさんたちの仲が良く、よく家を行き来していた。
彼女と初めて会ったのは俺が中学生の頃のことだった。大人たちから沙綾の面倒を押し付けられ、別荘の周囲を散歩させている途中で迷子にさせてしまった。
思えば、あのときの印象が強かったのだろう。異国の地で彼女をまた迷子にさせるわけにはいかずに、口やかましく彼女の行動に干渉した。
沙綾は目に見えて機嫌が悪くなっていき、結果喧嘩になった。
彼女はもう成人した大人になっていた。俺の手をぎゅっと握る女の子は、いつの間にかすくすくと成長して、一人でどこにでも行くことのできる女性へ変貌を遂げていた。
「わかっている。エミール、僕と話そう」
「ちぇえ、わかったよ」
俺としてはどうしてエミールが今この場にいるのか、未だに理解不明なのだが。
「駿人って、誰かとお付き合いするとき自分から告白ってしたことある?」
突然に斜め八十度くらい曲がった変化球を打ち込まれた俺は「はあ?」と正面を見据えた。一体どういう会話の流れからそんな質問になるというのだ。
「なんだよ、いきなり」
「ないよね~。真子から聞いたよ~。付き合おうって言ったのも真子からだって。駿人って顔もそこそこいいし学歴もあるから女の子の方から寄ってきたもんね。で、その中から自分に釣り合いそうな女の子を選んでつまんでいるって気がする」
「喧嘩売りにフランクフルトまで来たのかよ?」
「んん~、そうとるならどうぞ。わたしはサーヤ派だから」
「ていうかいつのまに真子と知り合ってんだよ」
「真子とは飲み友達なんだよ。ロンドンの日本人社会は狭いよね~。わたしも学外の年上のお友達ができて楽しいんだけど、最近うちのエリックが真子にご執心でね。あんまり遊びに来てくれなくなっちゃった。フランス人の年下男となんて付き合えるわけないでしょーって」
なんだそれは。一体何があってそんな縁に発展したのか。沙綾は一言も言っていなかった。女の友情というのもが計り知れない。
「告らなくても女なんてすぐに手に入るとか思っているってわけ? サーヤのことだって丸め込めば結婚を承諾するって思っていたんだとしたらわたしあんたのこと軽蔑する」
上条さんが鋭い声で俺を糾弾する。そう、彼女はそれをするためにフランクフルトまでやってきたのだ。
いや、ビルの外で待ち伏せされていたときからうっすらと気が付いていた。一緒にビールを飲んでドイツ料理を食べていたから忘れたふりをしていた。
彼女が怒るのも無理はない。俺は、間違えたのだ。だから沙綾は俺から逃げて行った。日本へ帰ってしまった。
彼女が隣にいることを望んでおきながら俺は失敗を犯した。
そのことを認めたくなくて、けれども自分から追いすがることに対してみっともないと感じていて、今自分は動けないでいる。
「なにか、言ったら?」
「……その通りだから何も言えない」
「ずいぶんと殊勝だね」
「俺だって、傷ついている」
「うそでしょ。駿人のばーか」
正直カチンときたが、何も言い返さなかった。沙綾派の彼女に言わせればすべては身から出た錆なのだ。沙綾の分まで彼女は今、俺を詰っている。沙綾が言わなかった分彼女は悔しくて、その感情を俺にぶつけているのだろう。
上条さんが泣きそうな顔をしている。それが沙綾の泣き顔と重なって見えて、俺はひどく動揺した。
「自分の気持ちも言わないでサーヤを手に入れようだなんて、そんなのおこがましい」
泣きそうな顔から一転して、上条さんはテーブルの上の茶褐色のビールをごくごくと煽り、だんっとグラスを置いた。感情の起伏の激しい娘である。そしてその目は完全に据わっている。
「駿人のばかぁぁぁ~。サーヤは……サーヤは……」
うっ、うっ、と目にもりもりと涙を溜め始め、彼女は最後盛大に泣きだした。
「ちょ、ちょっと泣くな。おい、ダニエル、どうにかしろ」
なんだか俺が泣かせたみたいではないか。狼狽して彼女の隣に座るダニエルに助けを求めた。
「すべてはハヤトのせい。愛しているなら逃がさない。自分の手元になんとしてでも置いておく。僕はそうしたいから彼女に伝えた」
「ダニエルはどさくさに紛れて考えがこわいよー」
上条さんは肩を抱く彼氏を非難した。とはいえ本気の拒絶ではないことは見てとれる。
俺はどうなのだろう、とダニエルの言葉を反芻する。
さすがにそこまでの気持ちを俺は沙綾には持ち合わせて……いないのか、と胸の奥の奥に問いかける。
俺はここにはいない年下の幼なじみを思い起こす。これまでの沙綾との距離から考えると、この初夏に二人きりで旅した日々はあまりにも濃かった。
小さいころから知っている幼なじみの女の子。それが沙綾だ。お互いのじいさんたちの仲が良く、よく家を行き来していた。
彼女と初めて会ったのは俺が中学生の頃のことだった。大人たちから沙綾の面倒を押し付けられ、別荘の周囲を散歩させている途中で迷子にさせてしまった。
思えば、あのときの印象が強かったのだろう。異国の地で彼女をまた迷子にさせるわけにはいかずに、口やかましく彼女の行動に干渉した。
沙綾は目に見えて機嫌が悪くなっていき、結果喧嘩になった。
彼女はもう成人した大人になっていた。俺の手をぎゅっと握る女の子は、いつの間にかすくすくと成長して、一人でどこにでも行くことのできる女性へ変貌を遂げていた。