「わたしにだって憧れってものがあるんです!」
「だったら駿人とは合わないかもね。あいつ、来るもの拒まず、去るもの追わずっていうか。相手に深入りすることなかったもん」
「よくそこまでわかっててあの男に付き合おうって言ったねー」
 リリーが感嘆した。

「わたしはそこまで重たいの好きじゃなかったし。顔もいいし、頭も悪くなかったし」
「わたしはダニエルくらい重くてもいいんだもん。彼、確かにちょっと重たいけど。けど、ちゃんと愛してくれているなあっていうのは分かるし」

「じゃあさっさと結婚しちゃえばいいじゃない」
 真子さんの声がやや投げやりになった。

「だって、わたしダニエルみたいに、いま熱烈に彼と結婚したいってわけじゃないんだもん。それなのに今ダニエルと結婚してあとあと後悔したらって思うと……。それは嫌。わたし彼のことが好き」

 今度はリリーが顔を歪ませる番だった。彼女なりに葛藤があって、自分の気持ちの間で揺れているのが分かった。
 大切なものがいくつもあって、分岐点に立っていてどっちの方向に足を進めるべきなのか分からない。それはわたしにも言えること。

「じゃあそう言う風に言えばいいんじゃない? 今の気持ちと、ダニエルのことをずっと好きでいたいからまだ結婚は考えられないって」
 わたしの言葉にリリーが目線を上げる。

「そうしたら彼は呆れないかな?」

 リリーがハイボールの缶を手の中でもてあそぶ。心の迷いを現すかのように缶がくるくると回っている。

「ちょっと残念に思うかもだけど、そもそもダニエルがリリーと結婚したいって思うのは、リリーの心が離れていっちゃうって思っているからでしょう。だから、ちゃんと言えばいいんだよ。ダニエルにこれからもずっと好きだよって」
「将来のことなんて誰にもわからないよ」

「今の正直な気持ちを言えばいいんだって。だって、今の時点ではリリーはこれからもダニエルのことを好きでいたいんでしょう?」

 リリーはなおも小さな子供のような声を出す。彼女がここまで弱弱しいのは初めてで、わたしはそんなリリーを包むようにふわりと抱きしめた。
 いつも猪突猛進なのに、恋をすると変わる。

 抱きしめながら、胸の奥でシャボン玉が弾けたような錯覚を覚えた。わたしは、駿人さんにも変わってほしかった。
 恋をして欲しかった。わたしのことをちゃんと好きになって欲しかった。

「好きとか嫌いとか。気が合えばそこから始めればいいじゃない。面倒な子たちねー」
 真子さんが冷めた声を出した。

「ねえねえ、僕も混ぜてよ。女の子たち三人だけで飲んでいたって楽しくないよ。英語で話そう。俺も一緒がいい」

 女子三人の飲み会に、英語の声が割って入った。
 実は初めからリビングルームのソファにはエリックがいたのだ。「今日は女子会だから! 男子禁制」とリリーにしょっぱなに宣言されて、それでも未練がましくワインをちびちび舐めていたのだけれど、ここにきて耐えきれなくなったらしい。

「まあ、あらかた言いたいことも言えたし。いいよ、おいでエリック」

 リリーが英語で許可を出すとエリックは嬉々としてグラスを四人分用意して持っていたボトルから白ワインを注いで回った。

「ボアンソール。美しいあなたと一緒にワインが飲めるなんて、僕はとても幸せだよ」

 エリックが真子さんの手を取り、口元へ持っていった。
 ちゅっと音を立てて映画の中の人のように口づけを落とした。本当にキスをされたのかはわからないが、真子さんの顔が瞬時に青くなる。

「ちょっと! このフランス人誰に対してもこれなの?」

 いや、どうだろう。
 少なくともわたしはエリックと初対面の時にここまではされていない。