その直後、リリーは再起動したロボットのようにぴくりと指を動かし、ダニエルに目線で座りたい旨訴えた。縦一列ソファ席のためダニエルが一度席を立ち、わたしの隣にリリーが座った。

「とりあえず、アイス食べよう」

 リリーは抹茶アイスにスプーンをぶっ刺して、一定のリズムでせっせと口の中に入れていく。
 なし崩し的にデザートタイムになってしまった。

 わたしもリリーに倣ってデザートを食べながら、こっそりダニエルを窺った。彼は後悔しているようには見えない。成り行きだったけれど、彼はちゃんと自分の気持ちを凛々衣に伝えたのだ。直球過ぎる言葉と共に。

 いいなあ……。
 それはわたしの無意識な気持ちだった。誰かからストレートに想いを伝えられること。
 リリーはいったい、どんな答えを出すのだろう。

 * * *

 会計を済ませて店の外に出たとたん、リリーは「ちょっと頭冷やしていくー」と走って行ってしまった。ダニエルがそれを追いかけ、一行は自然解散の流れになった。

 アーサーが真子に向かってどこかパブにでも行かないかと誘っているのが聞こえた。
 わたしは駅に向かって歩き出した。足を進めていると後ろから声が聞こえた。

「いいわね、さっきみたいなの」
 真子さんだ。
「え……?」

 てっきりアーサーと飲みなおすのかと思っていた。顔に出ていたのか真子さんが「明日も会社だし、まだロンドンの夜に慣れていないから暗くなる前に帰るわよ」と言った。太陽はようやく地平線のすぐそばまで移動をしていた。ここから一気に暗くなる。

「直球でプロポーズ。アイラブユーなんて初めて聞いた。わたし、ロンドンに来る前に振られたんだよね。俺より仕事を取るのかって。しかも、そのあと元カレったらすぐに別の女性と婚活で知り合って結婚したんですって」

 真子さんは乾いた声を出した。
 わたしはなんて返していいものか迷い、結局聞き役に徹した。

「あなた、駿人とこのまま結婚する気ないのなら、わたしに譲ってよ」
「なっ……」

 これまたドストレートな言い方に、わたしは絶句するしかない。

「なんとなく察していると思うけど、駿人とは大学時代に付き合っていたの。このタイミングで再会したんだもの。実際元さやに納まって結婚するカップルも多いし」

 わたしに同意を求めないでほしい。確かに駿人さんから彼女と付き合っていたことは聞いていたけれど、何だろう、元カノからも言われるともやもやする。
 それはおそらく、彼女が駿人さんのことが欲しいとはっきり口にしたからだ。

「駿人さんと結婚したいんですか?」
「彼となら、知った仲だし、結婚するにはちょうどいい相手だと思うのよ。お互いに独身なのも、何かの縁じゃない?」

 真子さんはわたしに答えを求めていなかったようで、ふふ、と勝気な笑顔を作ってそのまま早足で歩いて行ってしまった。

 * * *

 金曜日の夜、わたしは駿人さんの電話に出てしまった。自分がつまらない意地を張っていることは分かっていた。それに、彼の出張は一週間だと聞いている。ということはもしかしたら明日にでも帰るのかもしれない。

 このまま彼とお別れするのは嫌だと思った。
 電話越しの駿人さんの声がどこか安堵しているようにも思えて、申し訳ない気持ちになった。

 彼からの用件は、明日土曜日にどこかに出かけないかというものだった。
 そのお誘いにわたしは少なからず安心した。ということは真子さんとの約束は入っていないのかもしれない。

 明日の待ち合わせ時間は以外にも早朝で、わたしは通話後急いで寝支度をしてベッドに入った。

 翌日は薄曇りで少し肌寒いくらい。せっかくだから可愛い格好がしたかったが、それでブダペストでは失敗した。
 無難に厚めのニットにパンツというこの旅行の定番でリビングダイニングへ向かうとリリーから服を押し付けられた。寝る前に明日の予定が決まったと報告したから、気になっていたらしい。

 リリーはあれからも変わらない日々を送っている。今日は締め切り間近の課題政策のため早起きなのだそうだ。

 凛々衣が貸してくれたニットワンピースとライダースジャケットを着たわたしにエリックがこっそりと話しかけてきた。彼もなにか用事があるのかもしれない。

「ねえ、リリーってば最近センシティブだよね」
「うーん……」

 わたしは必殺、曖昧スマイルでごまかした。先日の件はまだ彼女自身が受け止め切れていないのだ。

「だって昨日もとても怖い顔をして野菜を切り刻んていた」

 ちなみにその野菜は今朝スープになって提供された。エリックは両腕で己を抱きしめる仕草をして「リリーが変」と訴える。あくまで小声で。

「そのうち、元に戻るから」
「そのうちっていつ?」
「そのうち」