それぞれが軽く自己紹介して、その流れでわたしと真子さんは互いに顔見知りであることを明かした。ダニエルとアーサーが驚き、リリーはわたしに目配せをして来た。

 わたしはそれに対して小さく首を振った。今ここで、彼女こそが駿人さんの元カノです、と言うわけにもいかない。説明がややこしすぎる。

「じゃあ、何頼もうか」

 すぐに切り替えたリリーがメニューを取り出し場を盛り上げる。それぞれ頼みたいものをオーダーして、雑談をしつつお好み焼きが到着するのを待つ。

 ちなみにこの雑談がわたしには敷居が高くって、この中で一番英語力が低いのが分かっているため、聞き役に徹している。
 さすがというか、真子さんはきれいな発音と流麗な英語を披露して、わたしの引け目を強くさせた。

 お好み焼きは出来上がったものを店員が運んできて、鉄板の上に置くという仕様になっている。

「んま! やっぱりお好み焼きって大人数で食べるのが一番だよね~」
「俺、お好み焼きは初めて食べるよ」

 アーサーはしげしげと眺めている。寿司や天ぷらといったメジャーな日本食よりもマイナーなお好み焼きを彼は、少し慎重に口の中に入れた。

「ダニエルは食べたことがあるよねー」
「ああ。リリーが作ってくれた」

 ダニエルがほんのりと口の端を持ち上げる。リリーは彼と目を合わせ、同じように微笑む。

 六人掛けの席で、わたしとリリー、ダニエルという並びで座っていて、その正面にアーサーと真子さんが座っている。
 仲睦まじい二人の様子にアーサーもにこにこ顔を作っている。

「アーサーとマコはよく二人でごはんとか行くの?」

 英語での会話のため、先ほどからリリーは年上の真子さんに対してもファーストネーム呼びだ。英語はこういうときフランクだな、と思う。

 ちなみにロンドンでは日本人同士初対面であってもファーストネームで自己紹介することのほうがほとんどだという。リリー曰く「なんかそういう感じなんだよね。だからわたし、友だちの苗字知らない」とのことだった。

「俺がロンドンを紹介してあげているんだよ」

 アーサーが笑みを深めたが、真子さんは普段通りの声と顔で「ただの同僚よ」とだけ返した。
 二人の間に微妙に温度差が感じられた。実際、アーサーの顔がみるみるうちに沈んだ。リトマス試験紙のようにパッと変わって、なんとなく彼の気持ちを察してしまった。

「わたし、まだこっちにきて日が浅いから、日本人の友達ができるかもって言われて誘いに乗ったの。まさか、サアヤと再会するとは思わなかったけど」

 英語でわたしの名前を呼びつつ、彼女はちらりと視線を寄越した。

「それで、二人はどういう知り合い?」

 アーサーが改めてといった風に尋ねてきた。

「わたしとサアヤの共通の友人を介して知り合ったの」
 真子さんが初対面の人間にも分かりやすく説明をした。

「ああ……なるほど」

 リリーは共通の友人が誰なのか、すぐに察したようだ。確かに、わたしとマコさんのロンドンでの共通の友人など、駿人さん以外にはいない。

 リリーの訳知り顔に、わたしは曖昧に微笑んだ。ちょっと片方の頬が引きつったかもしれない。
 数ある話題の一種だとアーサーは考えたのだろう、その話はすぐに流れていった。

 それぞれがお好み焼きを食べ終える頃には適度に酒が入り、和やかな空気が流れていた。

「ねえねえ、デザートどうする? わたし抹茶アイス食べたいなあ」
「抹茶アイス、いいね」
「へえ、ロンドンにも抹茶アイスなんてあるのね」

 リリーの元気な声にわたしと真子さんも食い付いた。日本にいるときよりも抹茶系スイーツに反応してしまう不思議。やはりここが海外だからだろうか。

「あれマコ、ロンドンで抹茶アイス食べるの初めて? 日系スーパーにも売ってるよ」
「わたしはまだこっちにきて日が浅いもの。ジャパニーズレストランに来たのは今日が初めてだし、仕事が忙しくってわざわざ日系スーパーにまで足を運ぶ暇なんてなかったの」

「なるほど。セントラルで一番おっきなところといえば、あそこでしょ。何でも売っているよ」

 メニュー表を眺めながらリリーが真子さんに先輩風をふかせつつ、ロンドンにある日本食材店の有名店の名前をあげた。

 それぞれが食後のデザートを決めたところでリリーが席を立った。
 お手洗いに立った彼女を見送って、少ししたのち、ダニエルが話しかけてきた。

「サーヤとリリーは子供のころからの友達だと聞いている」
「はい」

 妙に改まった顔と声だ。自然とわたしも背筋を伸ばしてしまう。

「僕はリリーのことが好きだ。でもリリーはほかにも好きなものがたくさんある。結婚を申し込んだら彼女はイエスと言うだろうか」

 なにやら重たい相談事をされてしまい、わたしは別の意味で冷や汗をかいてしまう。