「メニューも豊富だよ。枝豆とか揚げ出し豆腐とかサラダもあるし。あ、餃子頼みたいけどいい?」
「もちろん! そろそろ餃子恋しいなあって思っていたの」
写真付きのメニューはどれも醤油味を連想させるものばかり。久しぶりの日本の定番おつまみメニューに二人で盛り上がる。なんだか、日本の居酒屋にいるみたい。
餃子は日本で食べるあの味そのままで、薄い皮はぱりっとこんがり焼けていて、中はとってもジューシー。
「そういえば、沙綾のシェアメイト男がいるんだって?」
「男女ミックスのフラットシェアってこっちでは一般的だってリリーが言っていたよ」
「……そうかもしれないけど……」
今住んでいるフラットの様子を伝えると、なぜだか駿人さんが面白くなさそうな声を出した。
「エリックの英語教師ぶりが厳しくって。いい勉強なんだけど、まだ会話が拙いから毎日心が折れてる」
「俺とも英語で話すか?」
「……それはいい」
それはそれでもっと心が折れそう。
ちょっとだけ拗ねた声を出すと、彼がふわりと口元を和らげた。
「やっぱ、いいな」
なんて、ぼそりと呟くから。わたしは何に対しての「いいな」なのか、その先を訪ねることができない。
でも、隣に駿人さんがいることにホッとしてしまうわたしもいて。
少し会えなかっただけなのに、ただの友だちの距離のはずなのに、こんなにも今、わたしはドキドキしている。
これってデート? などと考えそうになって、いや場所はラーメン店だし、とか慌てて否定をして。でも、ラーメンを一緒に食べて楽しいって思うのも地に足が着いていていいなあとか肯定してしまう自分がいる。
「あーもう。チャーシュー美味しいっ! 餃子も最高。体重増えたのに……って、いまの無し。忘れて」
「そんな変わらないと思うけど」
「わーすーれーてー」
うっかり口を滑らせた台詞に自己嫌悪。
駿人さんは慰めるようにわたしの頭の上にぽんっと手のひらを置いた。
「よし、明日からもっと歩こう。あと腹筋する」
顔を赤くしないように、わたしは敢えて決意表明をする。
「ね、もしかして……駿人?」
隣から半信半疑の声が聞こえたのはそんなとき。つい先ほど隣に客が案内されてきていたな、と思い出した。
わたしは隣に顔を向ける。
そこには、黒髪を顎のラインで切りそろえ、黒のパンツスーツ姿の女性。彼女は身を乗り出して、わたしを飛び越えて駿人さんに視線をやっている。
その瞳がゆっくりと喜色に染まっていくのをわたしは認めた。
「もしかして、真子か?」
駿人さんの声がやけに遠くに聞こえた。
* * *
ソーホー地区の外れにあるバーはまだ時間が早いせいか客もまばらで、三人で窓際のテーブル席に座った途端、真子さんが明るい声を出す。
「久しぶりだね、駿人。いつ以来だろう?」
「最後に会ったのが二十三、四の時じゃないか」
「そっかあ。そんなになるんだあ」
自己紹介によると彼女の名前は安城真子さん。駿人さんとは大学時代の友人でゼミが同じだったとのこと。卒業後は日本のエネルギー関連企業に入社し、今年の四月からロンドンへ赴任してきたそうだ。わたしなんてまだまだよ、なんて微笑み交じりに謙遜をしているけれど、駿人さんにへの近況報告でちらりと話した仕事内容が、なんていうかわたしの知っているそれとはまったく違っていて、世界を股にかけている感が半端なかった。
さすがは駿人さんと同じ大学出身なだけある。男性と肩を並べて順調にキャリアを積んでいるのだと感じさせるオーラをまとっている。
「まさか駿人とロンドンで会えるとは思わなかったなー。フランクフルトにいるって、ゼミ仲間が話していたから。落ち着いたら連絡とってみようかなって思っていたんだよ。ロンドンとフランクフルトなら近いじゃない」
ラーメン屋での再会のあと、せっかくだからと誘ってきたのは真子さんのほうだった。
駿人さんはわたしに気を使ったのか、一度は断ろうとしたけれど、彼女が「お連れさんも一緒でいいし」と気を回してくれたため、どうしてだかわたしも一緒に同じ席に着いている。
別に二人の仲が気になるから、とかいうわけではない。
というか、さすがにわたしでも察するものはあるわけで。
同じゼミの友人という間柄にしては駿人さんの態度はどこか素っ気ないというか、よそよそしい。反対に真子さんの方は駿人さんともっと話をしたいという気持ちを隠しきれていない。
「四年過ごして、今五年目。移動の話、そろそろ出るかもな。俺勤務地限定してないから」
駿人さんは真子さんの連絡云々に触れずに返事をした。
「さすが外資系。わたしはさ、日本企業だし、古い体質も残っているからなかなか外(かいがい)に出しては貰えなくて。やっとよ。やっと順番が回ってきたの」
「もちろん! そろそろ餃子恋しいなあって思っていたの」
写真付きのメニューはどれも醤油味を連想させるものばかり。久しぶりの日本の定番おつまみメニューに二人で盛り上がる。なんだか、日本の居酒屋にいるみたい。
餃子は日本で食べるあの味そのままで、薄い皮はぱりっとこんがり焼けていて、中はとってもジューシー。
「そういえば、沙綾のシェアメイト男がいるんだって?」
「男女ミックスのフラットシェアってこっちでは一般的だってリリーが言っていたよ」
「……そうかもしれないけど……」
今住んでいるフラットの様子を伝えると、なぜだか駿人さんが面白くなさそうな声を出した。
「エリックの英語教師ぶりが厳しくって。いい勉強なんだけど、まだ会話が拙いから毎日心が折れてる」
「俺とも英語で話すか?」
「……それはいい」
それはそれでもっと心が折れそう。
ちょっとだけ拗ねた声を出すと、彼がふわりと口元を和らげた。
「やっぱ、いいな」
なんて、ぼそりと呟くから。わたしは何に対しての「いいな」なのか、その先を訪ねることができない。
でも、隣に駿人さんがいることにホッとしてしまうわたしもいて。
少し会えなかっただけなのに、ただの友だちの距離のはずなのに、こんなにも今、わたしはドキドキしている。
これってデート? などと考えそうになって、いや場所はラーメン店だし、とか慌てて否定をして。でも、ラーメンを一緒に食べて楽しいって思うのも地に足が着いていていいなあとか肯定してしまう自分がいる。
「あーもう。チャーシュー美味しいっ! 餃子も最高。体重増えたのに……って、いまの無し。忘れて」
「そんな変わらないと思うけど」
「わーすーれーてー」
うっかり口を滑らせた台詞に自己嫌悪。
駿人さんは慰めるようにわたしの頭の上にぽんっと手のひらを置いた。
「よし、明日からもっと歩こう。あと腹筋する」
顔を赤くしないように、わたしは敢えて決意表明をする。
「ね、もしかして……駿人?」
隣から半信半疑の声が聞こえたのはそんなとき。つい先ほど隣に客が案内されてきていたな、と思い出した。
わたしは隣に顔を向ける。
そこには、黒髪を顎のラインで切りそろえ、黒のパンツスーツ姿の女性。彼女は身を乗り出して、わたしを飛び越えて駿人さんに視線をやっている。
その瞳がゆっくりと喜色に染まっていくのをわたしは認めた。
「もしかして、真子か?」
駿人さんの声がやけに遠くに聞こえた。
* * *
ソーホー地区の外れにあるバーはまだ時間が早いせいか客もまばらで、三人で窓際のテーブル席に座った途端、真子さんが明るい声を出す。
「久しぶりだね、駿人。いつ以来だろう?」
「最後に会ったのが二十三、四の時じゃないか」
「そっかあ。そんなになるんだあ」
自己紹介によると彼女の名前は安城真子さん。駿人さんとは大学時代の友人でゼミが同じだったとのこと。卒業後は日本のエネルギー関連企業に入社し、今年の四月からロンドンへ赴任してきたそうだ。わたしなんてまだまだよ、なんて微笑み交じりに謙遜をしているけれど、駿人さんにへの近況報告でちらりと話した仕事内容が、なんていうかわたしの知っているそれとはまったく違っていて、世界を股にかけている感が半端なかった。
さすがは駿人さんと同じ大学出身なだけある。男性と肩を並べて順調にキャリアを積んでいるのだと感じさせるオーラをまとっている。
「まさか駿人とロンドンで会えるとは思わなかったなー。フランクフルトにいるって、ゼミ仲間が話していたから。落ち着いたら連絡とってみようかなって思っていたんだよ。ロンドンとフランクフルトなら近いじゃない」
ラーメン屋での再会のあと、せっかくだからと誘ってきたのは真子さんのほうだった。
駿人さんはわたしに気を使ったのか、一度は断ろうとしたけれど、彼女が「お連れさんも一緒でいいし」と気を回してくれたため、どうしてだかわたしも一緒に同じ席に着いている。
別に二人の仲が気になるから、とかいうわけではない。
というか、さすがにわたしでも察するものはあるわけで。
同じゼミの友人という間柄にしては駿人さんの態度はどこか素っ気ないというか、よそよそしい。反対に真子さんの方は駿人さんともっと話をしたいという気持ちを隠しきれていない。
「四年過ごして、今五年目。移動の話、そろそろ出るかもな。俺勤務地限定してないから」
駿人さんは真子さんの連絡云々に触れずに返事をした。
「さすが外資系。わたしはさ、日本企業だし、古い体質も残っているからなかなか外(かいがい)に出しては貰えなくて。やっとよ。やっと順番が回ってきたの」