「お待たせ。ごめん、待たせて」

 トッテナムコートロード駅近くの指定された場所で待っていると、スーツ姿の駿人さんが急いた足取りでこちらに向かってきた。
 英語だらけのロンドンで、日本語が聞こえると普段よりも余計に耳がキャッチしてしまう。

 そう思うことにして、わたしは彼の声だから余計に反応したわけではないと心に言い聞かせる。

「別に。わたしの授業は午後の早い時間に終わるから」
「どっかで時間潰していた?」
「うん。大英博物館に行った」

 よかった。普通に話せている。平常心は大切……なのだけれど、駿人さんのスーツ姿に早くも視線が迷子になってしまいそう。

 フランクフルトからスペインまで、彼の私服ばかり眺めてきたから、ビジネススタイルは初めて見る。いや、日本で一度くらいは見たことがあったかもしれない。

「どうした?」
 駿人さんが怪訝そうな声を出してわたしの顔を覗き込む。
「べ、べつに。何でも」
「じゃあ行こうか」

 駿人さんが歩き出したため、わたしもすぐ隣に並んだ。
 一昨日、駿人さんと電撃再会をして、彼から夕食でも一緒に、とお誘いがLINEに届いたのが昨日の晩。

 待ち合わせ場所が地図とともに送られてきて、わたしは、まあ暇だしという体でやってきた。

「今日の沙綾の格好は、俺初めて見る?」

 クリーム色の足首丈のワンピースはロンドンで買ったものだ。

「ロンドンで買ったの。さすがに日本から持ってきた服ばかりじゃ飽きちゃって」

 こうして気が付いてくれるのは嬉しいけれど、駿人さんのために買ったのだと思われそうで気恥ずかしい。
 歩きながらわたしは駿人さんの出張に水を向けてみる。

「出張ってしょっちゅうあるの?」
「そんなしょっちゅうでもないけど、ロンドンとかアムスには定期的に。オンライン環境が整っているんだから、時間の無駄だと思うけど。今回はそのおかげで沙綾とも会えたし、それを思うと悪くないな」
「ふうん……」

 出張が入っていたのに、ヨーロッパ旅行に付き合わせてしまって、なんとなく申し訳ないなと考えた。旅行から帰って一週間後に再びビジネストリップだなんて、けっこうしんどいと思う。

「それはそうと、どうしてエミールと繋がっていて、俺にはアカウント教えてくれないんだよ」
「え?」
「え、じゃなくて」

 それから駿人さんから愚痴を聞かされた。どうやらインスタでエミールとオリヴィアと繋がったことを言っているらしい。そもそもわたしは駿人さんがインスタにアカウントを持っていること自体知らなかった。

 それを言うと「いや持ってない」と言い放ち、フェイスブックなら持ってると主張を始めた。

 なんてことを話しているとあっという間に目的地へ到着した。

 トッテナムコートロードの駅からほど近い場所にあるガラス張りのスタイリッシュなレストラン。ガラス越しに見えるのはカウンターとテーブル席。店内はそう広くはないが、そこそこの人でにぎわっている。

 ロンドンには、いや、ヨーロッパにはそれこそ世界中の国の料理店がある。

 ここは何料理を出す店のだろう。
「……なんか、日本語っぽいのが書いてある」

 なんと、書かれていたのは日本で名の知れたラーメン店の店名。

「俺、ロンドンに来たとき絶対一回はここに来るんだよ。この店がロンドンに進出してきたときはマジでうれし泣きしたね。こっちでもうまいラーメン食えるって」

「うわあ。ラーメンだ。すごいおしゃれな店だけどラーメン店だ。豚骨ラーメンもある。あ、味玉も。やばい、この写真だけでお腹空いてきた。ああああ、餃子食べたい……」

 ロンドンでなぜにラーメンという突っ込みはどこかへ消えてしまった。
 いや、ラーメン最高ではないか。だって、ラーメンと餃子もある。

 お腹が急激にラーメン色に染まっていく。
 店内に入るとテーブル席は満席だった。昨今の日本食ブームのお陰でラーメンの認知度も高いらしい。

 カウンター席に並んで座ると、何となく距離が近くてくすぐったくなる。
 座るなり、駿人さんが何かを取り出してわたしに手渡した。

「フランクフルト土産」
「え、いいの?」

 反射的に尋ねると、彼は笑いながら「もちろん」と頷いた。中から出てきたのはお菓子だった。駿人さんの説明によると、フランクフルトの人気店とのこと。

 ドイツに帰ってからもわたしのことを考えてくれていたのかなと思うと、むず痒くて、でも頬が緩むのを止められなくて。

「ありがとう」

 ぱっと明るい顔を作ったら、駿人さんが一瞬呆けて、それからすぐに視線をメニューに移した。
 わたしたちは旅行中と同じようなテンションでオーダーするものを決めていく。

「なんか、日本のラーメン店なのにそうじゃないみたい。おしゃれだし」