リリーは美大の課題を夜遅くまですることもあるから会社勤めをしているダニエルと微妙に生活時間が違うらしい。
「結婚とか大学を卒業した後のこととか、考えているの?」
今度はわたしがリリーに話を振ると、彼女は唇を引き結んだ。
「……うーん、どうだろう。わたしは別にイギリスに住むことにこだわってはいないし、実はベルリンもいいなって思っているんだよね」
「ベルリン……またどうして?」
「んー、なんかいまベルリンが面白いって良く聞くし。アートな雰囲気なんだって。まだ行ったことはないんだけどね」
そういう情報って大学で仕入れてくるのだろうか。
それに、と彼女は悩まし気な顔を作る。
「両親も大学を卒業したら一度は帰って来いって言っているし。そのことでダニエルと喧嘩することは多いかな。彼、わたしみたいな子と付き合ったことなかったみたいで」
「リリーみたいな子って?」
「風船みたいな子」
「自分で言うんだ」
「うん。たぶんこれからもそんな感じだと思う。だからダニエルとも最近喧嘩ばっかり。正直どうしよっかなって感じ。彼はまじめな勤め人だし。そもそもカムデンに住むのも嫌みたいだし。イーストエリアはもっと嫌みたいだし」
リリーも色々溜まっているらしい。ふうっと長い溜息を吐いて「イーストエリアに引っ越したいって言ったら大げんかになった」と漏らした。
「ダニエルは住むところにこだわりある人なの?」
「生粋のイギリス人には色々とあるみたい。ま、日本でもそうじゃん。下手に東京で生まれ育つと東京でもどこそこには住みたくないとかそういうの」
「あー、なるほど」
「サーヤはさ、わたしみたいに面倒な女じゃないんだから、もうちょっと素直に自分の気持ち見つめた方がいいと思うよ。今、イギリスに一人でいて、駿人と会いたいって思わない?」
「友達としては会ってもいいけど……」
とはいえ、スペインでお別れしてから一度もメールが来ていない。いや、一度は来た。無事にロンドンに到着したと報せたら「了解」とめちゃくちゃ簡潔な二文字のみ。それはどうなのよ、とあのとき思ったくらいには寂しくなった。
「ちゃんと会いたいんじゃん。素直じゃないなぁ」
知らずに渋面を作っていたらしい。
「別にそういうわけじゃ……」
その後もわたしたちはガールズトークに花を咲かせた。
* * *
その週末はカンタベリに日帰り旅行をして、週が明けた月曜日からわたしは語学学校に通うことにした。せっかくの長期滞在だし、この機会に英語に触れてみようと思った。オリヴィアやエミールとはSNSで繋がっていて、もっとちゃんとコミュニケーションを取りたいと思ったのだ。
リリーに相談すると、彼女の留学仲間に色々聞いてくれて、エンジェルにある語学学校を紹介してくれた。
こちらの学校は週単位で料金設定がなされており、短期でも通いやすい。午前中の文法の授業と午後の会話の授業を取ることにしたため、しばらくの間規則正しい生活を送ることになった。
正直、会話の授業にまったくついていけずに初日から心が折れそうになったけれど。
つい話す前に頭で文法を考えてしまうわたしとはちがって、他の国の生徒たちはまず話す。とにかく話すのだ。そのためあっという間に話題が移ってしまい、わたしは余計にわたわたするばかり。
先生にも「サーヤ、もっと話して」と言われてしまう始末。
わたしは日本食材店に所狭しと並べられているお馴染みの製品にうるっと来てしまう。
気分転換にカレーでも作ろうと思って寄ったそこで納豆まで見つけてしまい、つい懐かしくて買ってしまった。
ロンドンセントラルからわたしの滞在先フラットのあるカムデンタウンまで戻って、駅近くの大きなスーパーで野菜と肉を調達。
パンクファッションのお店やマーケットが有名な観光地だけれど、にぎやかさに慣れれば住みやすい。それにカムデンマーケットをぶらぶらと冷やかすのも楽しかったりする。
ただし、夜は酔っぱらい含めてのにぎやかさなので、一人では出歩かないようにしているのだが。
カレーを作っているとリリーとエリックが帰宅した。
リビングダイニングルームの扉を開けたとたんにエリックが「いい香り! カレー?」と尋ねてきた。
「日本風のカレーを作ってみたの。食べる?」
「いいの?」
「もちろん」
「ありがとう! サーヤ、きみはなんて素晴らしい女の子なんだろう」
そこまで大げさにお礼を言われるほどのものはつくっていないはず。味の決め手は大手メーカーのルーなわけだし。
「サーヤ、わたしも? わたしも食べていいの?」
テーブルの上に両手をついてぴょんぴょん飛び跳ねるのはリリー。
もちろん、とうなづくと「わぁい!」と万歳した。エリックと二人でハイタッチをしている。なんか、一気に二人の子持ちになった気分。
「結婚とか大学を卒業した後のこととか、考えているの?」
今度はわたしがリリーに話を振ると、彼女は唇を引き結んだ。
「……うーん、どうだろう。わたしは別にイギリスに住むことにこだわってはいないし、実はベルリンもいいなって思っているんだよね」
「ベルリン……またどうして?」
「んー、なんかいまベルリンが面白いって良く聞くし。アートな雰囲気なんだって。まだ行ったことはないんだけどね」
そういう情報って大学で仕入れてくるのだろうか。
それに、と彼女は悩まし気な顔を作る。
「両親も大学を卒業したら一度は帰って来いって言っているし。そのことでダニエルと喧嘩することは多いかな。彼、わたしみたいな子と付き合ったことなかったみたいで」
「リリーみたいな子って?」
「風船みたいな子」
「自分で言うんだ」
「うん。たぶんこれからもそんな感じだと思う。だからダニエルとも最近喧嘩ばっかり。正直どうしよっかなって感じ。彼はまじめな勤め人だし。そもそもカムデンに住むのも嫌みたいだし。イーストエリアはもっと嫌みたいだし」
リリーも色々溜まっているらしい。ふうっと長い溜息を吐いて「イーストエリアに引っ越したいって言ったら大げんかになった」と漏らした。
「ダニエルは住むところにこだわりある人なの?」
「生粋のイギリス人には色々とあるみたい。ま、日本でもそうじゃん。下手に東京で生まれ育つと東京でもどこそこには住みたくないとかそういうの」
「あー、なるほど」
「サーヤはさ、わたしみたいに面倒な女じゃないんだから、もうちょっと素直に自分の気持ち見つめた方がいいと思うよ。今、イギリスに一人でいて、駿人と会いたいって思わない?」
「友達としては会ってもいいけど……」
とはいえ、スペインでお別れしてから一度もメールが来ていない。いや、一度は来た。無事にロンドンに到着したと報せたら「了解」とめちゃくちゃ簡潔な二文字のみ。それはどうなのよ、とあのとき思ったくらいには寂しくなった。
「ちゃんと会いたいんじゃん。素直じゃないなぁ」
知らずに渋面を作っていたらしい。
「別にそういうわけじゃ……」
その後もわたしたちはガールズトークに花を咲かせた。
* * *
その週末はカンタベリに日帰り旅行をして、週が明けた月曜日からわたしは語学学校に通うことにした。せっかくの長期滞在だし、この機会に英語に触れてみようと思った。オリヴィアやエミールとはSNSで繋がっていて、もっとちゃんとコミュニケーションを取りたいと思ったのだ。
リリーに相談すると、彼女の留学仲間に色々聞いてくれて、エンジェルにある語学学校を紹介してくれた。
こちらの学校は週単位で料金設定がなされており、短期でも通いやすい。午前中の文法の授業と午後の会話の授業を取ることにしたため、しばらくの間規則正しい生活を送ることになった。
正直、会話の授業にまったくついていけずに初日から心が折れそうになったけれど。
つい話す前に頭で文法を考えてしまうわたしとはちがって、他の国の生徒たちはまず話す。とにかく話すのだ。そのためあっという間に話題が移ってしまい、わたしは余計にわたわたするばかり。
先生にも「サーヤ、もっと話して」と言われてしまう始末。
わたしは日本食材店に所狭しと並べられているお馴染みの製品にうるっと来てしまう。
気分転換にカレーでも作ろうと思って寄ったそこで納豆まで見つけてしまい、つい懐かしくて買ってしまった。
ロンドンセントラルからわたしの滞在先フラットのあるカムデンタウンまで戻って、駅近くの大きなスーパーで野菜と肉を調達。
パンクファッションのお店やマーケットが有名な観光地だけれど、にぎやかさに慣れれば住みやすい。それにカムデンマーケットをぶらぶらと冷やかすのも楽しかったりする。
ただし、夜は酔っぱらい含めてのにぎやかさなので、一人では出歩かないようにしているのだが。
カレーを作っているとリリーとエリックが帰宅した。
リビングダイニングルームの扉を開けたとたんにエリックが「いい香り! カレー?」と尋ねてきた。
「日本風のカレーを作ってみたの。食べる?」
「いいの?」
「もちろん」
「ありがとう! サーヤ、きみはなんて素晴らしい女の子なんだろう」
そこまで大げさにお礼を言われるほどのものはつくっていないはず。味の決め手は大手メーカーのルーなわけだし。
「サーヤ、わたしも? わたしも食べていいの?」
テーブルの上に両手をついてぴょんぴょん飛び跳ねるのはリリー。
もちろん、とうなづくと「わぁい!」と万歳した。エリックと二人でハイタッチをしている。なんか、一気に二人の子持ちになった気分。