わたしはここがカフェの中ということも忘れて叫んだ。がたんとテーブルも叩いてしまい、店員と目が合った。わたしは申し訳なさから体を小さく竦ませた。

「でも、沙綾は駿人のことずっと気にしていたでしょう?」
「どうしてよ」

「んん~、なんていうか。沙綾の作る彼氏ってどこか駿人みたいな、年上で自分のことを引っ張ってってくれそうな人っていうか。とりあえず年上でえらそうな人が多かったから」

 リリーの駿人さんへの評価が多大に現れた言葉だ。
 わたしとしては無自覚だったため、納得できかねる。これまで、二人の男性と付き合った。確かに二人とも年上だったけれども。わたしは彼らを駿人さんに重ねたことは無かったと思う。

 大学生の頃付き合った彼氏とはどちらも続いて一年くらいだった。なんとなく波長が合わなくて別れを切り出されたり、自然消滅したり。
 周りも似たようなもので、別れたり出会ったりしていたから、わたしは男女交際とはそういうものだと思っていた。

「なんかさ、今の駿人とならいい友達になれるとは思うんだよね。一緒にご飯食べに行ってお酒飲んで、それで仕事の愚痴とか言い合って。昔はわたしのほうばかり追いかけていたけれど、大人になって世代間の差があんまりなくなったっていうか」

「友達って……。友達でいいの?」
「うん。楽しいもん。それに、わたしドイツには行けない」

 遊びに行くのはいいけれど、暮らすための移住はできない、という意味だ。

「ドイツも楽しいと思うよ。海外生活だよ」

「日本でもう一度再就職したいんだよね。わたし新卒で入った会社でそれはもう一生懸命働いて、他の友達が会社のあとに自分磨きをとか恋とか、飲み会をしていたのに、わたしだけ取り残されて。今度はちゃんとワークバランスを考えて生活してみたい」

「でも、会社辞めてドイツまで飛行機乗って会いに来ようって思うくらいには駿人のこと心の隅っこでずっと気にしていたんでしょう?」
「そりゃあ、勝手にこの人と結婚すれば万事オーケーとか決められちゃったら、というか期待されちゃったらね。ここをクリアにしておかないと次の機会も無くなっちゃう」

 わたしはあえておどけた声を出した。
 リリーは小難しい顔をしたままルイボスティーをごくごくと飲む。話に夢中になっていてカップの中にはすっかり冷めてしまっていた。

「それにさ、結婚と恋愛は違うとか言われるとさ……。わたしと結婚すればお互いの両親を紹介する手間も省けるし、おじいちゃんも喜ぶ、とか。そういうことばっかり言うんだもん」

 結局そこなのだ。
 彼の態度が冷めているから、わたしはそんな駿人さんのためにドイツで暮らすイメージがわかない。語学に自信が無いというのもあるけれど、それを何とかしてやるという情熱を燃やす気持ちが湧いてこない。

 バルセロナで会ったオリヴィアに突っ込んだ質問をした。違う国で、遠距離恋愛をしている彼女に聞いてみたくなったのだ。
 どちらか一方の拠点に移動することになったらどうするのかと。

 彼女はあっさりと、エミールが移動する選択肢を乗せた。
 わたしには、たぶんその選択肢を駿人さんに突きつけることはできない。彼は別にわたしじゃなくてもいいのだ。ただ、身近に手頃な女性がいた。それだけでわたしを選んだのだから。

「あの年になったら割り切って結婚する人も多いんじゃない? こっちにも多いよ。そういう人」

 リリーが割り切ったように言う。彼女も案外にさっぱりしている。
 わたしは少しだけ眉間にしわを寄せてリリーに尋ねる。

「例えば?」
「アジア人が好きな男性とイギリス国籍の人と結婚したい日本人女性とか」
「なにそれ」
「イギリスに永住したいならイギリス人と結婚するのが一番手っ取り早いから」

 住みたくてもビザが無いと外国には住み続けられない。労働ビザの取得条件は年々厳しくなっていくばかりだから、とリリーは続けた。

「なるほど」

「だからわたしもたまにほかの日本人に会うと言われたりするんだよね。芸術家ってビザ取るのが難しいから。ダニエルと付き合ってるのってようするにそういうことでしょうって。ムカつくから、わたし顔が可愛いからもてるんですぅとか言ってやるけど。ダニエルは別にアジア人専門でもないし」

「それをしれっと言っちゃうリリーもすごいよね」

 目鼻立ちのはっきりしていて美人な彼女だから言えることだ。二人は共通の友人が主催するハウスパーティーで知り合ったと以前聞いた。

「だいたい、リリーはどうなのよ。彼氏と同棲してるっておばさんもおじさんもちゃんと知っているの?」
「わたしのは同棲じゃなくてフラットシェアだって。現にベッドルームは分けてるもーん」

  互いにプライベートは大事だということで、リリーとダニエルはベッドルームを分けて借りている。