実際リリーはロンドンによく馴染んでいる。英語もスピーディーに口から出るし、歩き方に迷いが無い。かっこいいなあとほれぼれしてしまうほど。
「本当はもっとサーヤにロンドン名所とか案内したいんだけど、課題とかあって平日はなかなか時間取れなくって」
リリーは美術大学に通っているのだ。美大というところは毎日何かしらの課題がでるのだろうとはわたしでも想像つく。
「気にしないで。大学忙しいんでしょ。コッヅウォルズ連れて行ってくれただけで充分」
「わたしとしてはもっともっとサーヤにロンドンのお勧めどころを紹介したいんだけど。土日遊ぶためにも平日はあんまさぼってもいられなくって」
こっちの大学は進級するのも大変なんだよ、真面目にやっていないと容赦なく落とされる、とリリーはぼやいた。
「そうそう、フラット生活には慣れた?」
「うん。ロンドンに住んでるって感じがする。かっこいいね」
「みたいじゃなくてサーヤもロンドンの住人の一員だよ」
「だといいなあ」
そんな風に言われるとほわんと心が弾む。
いまはまだ土地勘も無くて観光客丸出しだけどさすがに四週間もいたらもっと颯爽と風を切ってロンドンの街を歩くことができるかもしれない。
「でも、せっかくのヨーロッパなのにロンドンばかりでいいの? 四週間いるのは、もちろん大歓迎だけど、ちょっと勿体ないなって」
「旅行のアレンジしていた時ってまだ働いていたから。なんかもうスペインまでで力尽きた」
普段旅行代理店に任せることを全部自分で手配した。いくらネットで簡単に取れるとはいえ、数が増えるとそのうち面倒になってくるのだ。
「サーヤ、ほんと働きすぎだったよね。ようやく解放されてわたしとしては一安心。ロンドンでゆっくりしなよ。あ、あと。駿人との旅行。これが本題。それで、どうだったの?」
リリーがぐいと体を前に乗り出してきた。
わたしとしては内心、来たかという心境。きっとリリーはずっとうずうずしていたのだ。その証拠に今ものすごく目が輝いている。
「え、ええと……」
わたしは目を泳がせた。
「まあ、ほら。ここはおねーさんに全部吐いちゃいなさい。ていうかさ、昔好きだった相手と三週間も一緒だったんでしょ。うちらだってもういい大人じゃん? 何も起きなかったわけ?」
「あるわけないじゃん。だって駿人はわたしのこと単なる幼なじみくらいにしか思っていないんだよ?」
カフェラテに口をつけながら慎重に言う。ほんの少しだけ低い声になったのは気のせいだと思うことにした。
「でもいまは二十五歳と三十歳じゃん」
「ほんとに無いって」
「でも楽しかったんでしょ?」
リリーがずばり言うから、わたしはうっと言葉に詰まって、もう一度カフェラテのカップを口元へ運ぶ。飲み物が無いと間が持たない。
自分の気持ちがとても複雑で、毛糸がいくつも絡まっているような心地なのだ。しかし自力でほどけるほどわたしは器用ではない。けれども、どこから話せばいいのか分からない。
「そりゃあ、まあ……。最初は仲たがいもしたけど、仲直りしてからは普通に話せるようになったし」
リリーとは旅の途中何度か電話で話していた。だから、話すことはスペインでのわたしの失態と今の整理のつかない気持ちだけ。
わたしは少しだけ長く息を吐いた。気持ちを落ち着けて、覚悟を決める。
どのみち、話は聞いてもらいたいのだ。こういうとき、友だちっていいなあと思う。
「実はね……」
わたしはスペイン最後の日に、勢い余って駿人が初恋だったと本人に暴露してしまったことを打ち明けた。
「うわぁ。時間差で言っちゃったんだ。わたし、墓場まで持って行くものだと思っていた」
当時同じクラスの友人たちによって炊き付けられた側面もあったけど、リリーとは違うクラスだったため事後報告で、休みの日に会ったときに慰めてもらった。
「……あの時に戻れるなら殴ってでも止めさせる」
「で、駿人は何て言ったの?」
「何も言わないでって言ったから、そのことについては何にも。わたしも今更ごめんなさいとか言われても困るだけだし」
「んー、まあ。それは……そうだけど」
リリーが腕組みをして首を横に傾けた。
「それで、婚約は解消?」
「それも分からない」
「どうして?」
「だって、結局駿人何にも言わなかったし。わたしから……念押ししたほうがよかったのかな」
とは言いつつ、わたしの言葉に力はない。飛ばした紙飛行機が途中から徐々に低く飛んで行くように最後はすとんと言葉が小さくなった。自分でもどうして、と思う。
「じゃあまだ脈ありじゃん」
「脈って……」
リリーの声が力強くなる。
「だって、サーヤはまだ駿人のことが好きなんでしょ?」
「ちょ、待って。ほんっとうに違うから!」
「本当はもっとサーヤにロンドン名所とか案内したいんだけど、課題とかあって平日はなかなか時間取れなくって」
リリーは美術大学に通っているのだ。美大というところは毎日何かしらの課題がでるのだろうとはわたしでも想像つく。
「気にしないで。大学忙しいんでしょ。コッヅウォルズ連れて行ってくれただけで充分」
「わたしとしてはもっともっとサーヤにロンドンのお勧めどころを紹介したいんだけど。土日遊ぶためにも平日はあんまさぼってもいられなくって」
こっちの大学は進級するのも大変なんだよ、真面目にやっていないと容赦なく落とされる、とリリーはぼやいた。
「そうそう、フラット生活には慣れた?」
「うん。ロンドンに住んでるって感じがする。かっこいいね」
「みたいじゃなくてサーヤもロンドンの住人の一員だよ」
「だといいなあ」
そんな風に言われるとほわんと心が弾む。
いまはまだ土地勘も無くて観光客丸出しだけどさすがに四週間もいたらもっと颯爽と風を切ってロンドンの街を歩くことができるかもしれない。
「でも、せっかくのヨーロッパなのにロンドンばかりでいいの? 四週間いるのは、もちろん大歓迎だけど、ちょっと勿体ないなって」
「旅行のアレンジしていた時ってまだ働いていたから。なんかもうスペインまでで力尽きた」
普段旅行代理店に任せることを全部自分で手配した。いくらネットで簡単に取れるとはいえ、数が増えるとそのうち面倒になってくるのだ。
「サーヤ、ほんと働きすぎだったよね。ようやく解放されてわたしとしては一安心。ロンドンでゆっくりしなよ。あ、あと。駿人との旅行。これが本題。それで、どうだったの?」
リリーがぐいと体を前に乗り出してきた。
わたしとしては内心、来たかという心境。きっとリリーはずっとうずうずしていたのだ。その証拠に今ものすごく目が輝いている。
「え、ええと……」
わたしは目を泳がせた。
「まあ、ほら。ここはおねーさんに全部吐いちゃいなさい。ていうかさ、昔好きだった相手と三週間も一緒だったんでしょ。うちらだってもういい大人じゃん? 何も起きなかったわけ?」
「あるわけないじゃん。だって駿人はわたしのこと単なる幼なじみくらいにしか思っていないんだよ?」
カフェラテに口をつけながら慎重に言う。ほんの少しだけ低い声になったのは気のせいだと思うことにした。
「でもいまは二十五歳と三十歳じゃん」
「ほんとに無いって」
「でも楽しかったんでしょ?」
リリーがずばり言うから、わたしはうっと言葉に詰まって、もう一度カフェラテのカップを口元へ運ぶ。飲み物が無いと間が持たない。
自分の気持ちがとても複雑で、毛糸がいくつも絡まっているような心地なのだ。しかし自力でほどけるほどわたしは器用ではない。けれども、どこから話せばいいのか分からない。
「そりゃあ、まあ……。最初は仲たがいもしたけど、仲直りしてからは普通に話せるようになったし」
リリーとは旅の途中何度か電話で話していた。だから、話すことはスペインでのわたしの失態と今の整理のつかない気持ちだけ。
わたしは少しだけ長く息を吐いた。気持ちを落ち着けて、覚悟を決める。
どのみち、話は聞いてもらいたいのだ。こういうとき、友だちっていいなあと思う。
「実はね……」
わたしはスペイン最後の日に、勢い余って駿人が初恋だったと本人に暴露してしまったことを打ち明けた。
「うわぁ。時間差で言っちゃったんだ。わたし、墓場まで持って行くものだと思っていた」
当時同じクラスの友人たちによって炊き付けられた側面もあったけど、リリーとは違うクラスだったため事後報告で、休みの日に会ったときに慰めてもらった。
「……あの時に戻れるなら殴ってでも止めさせる」
「で、駿人は何て言ったの?」
「何も言わないでって言ったから、そのことについては何にも。わたしも今更ごめんなさいとか言われても困るだけだし」
「んー、まあ。それは……そうだけど」
リリーが腕組みをして首を横に傾けた。
「それで、婚約は解消?」
「それも分からない」
「どうして?」
「だって、結局駿人何にも言わなかったし。わたしから……念押ししたほうがよかったのかな」
とは言いつつ、わたしの言葉に力はない。飛ばした紙飛行機が途中から徐々に低く飛んで行くように最後はすとんと言葉が小さくなった。自分でもどうして、と思う。
「じゃあまだ脈ありじゃん」
「脈って……」
リリーの声が力強くなる。
「だって、サーヤはまだ駿人のことが好きなんでしょ?」
「ちょ、待って。ほんっとうに違うから!」